第四十二話〜俺の名は…〜 全てが白い光に包まれていた。 ヘブンは瞬時にファインヒュージョナで、彼女のセルティアルを受け止めようとした。 しかし、膨大な魔力がこもったセルティアルをとめることはできず、彼の剣は粉々に砕け散った。 そして、セルティアの剣先は彼のクビ元を掠っていった。 ギンッ かすかにきこえた金属がこすれるおと、そして鎖が切れたネックレスがおちる。 一瞬のうちに暗転し、体に感じるのは吹き飛ばされる感覚と、背中に当たった壁の衝撃。 彼は壁に激突し、めりこんでいた。 「ねぇ、おきて。 おきてってば!」 声が聞こえる、懐かしい声。 俺はゆっくりと目を開けた、そこにはただ闇が広がるのみ。 幻聴だったのか…? いや、違う。 横に誰かが膝をついて座っていた。 よくでてくる彼女。長い赤毛の、ぱちくりとした大きい目、そして笑みを作る唇。 あんたは・・・! 「おかえりなさい、レヴン。」 その女性は俺に微笑んでいた。 今なら理解できる、俺は、彼女は・・・ 「ただいま、ミレィ」 ピカァアアアアアア!! 黄金の光が体からあふれ出し、瓦礫の山を吹き飛ばし立ち上がった。 「ヘブン…! もういや、もう闘いたくない。 おとなしくねててよ…!」 悲痛なティアの叫びが上がる。 「もう私に傷つけさせないで!!」 『ほう…この魔力は…』 “創造の魔力”か、我と対を成すもの…。 神妙な顔つきで、レクスは彼をみつめていた。 「違う…俺はヘブンじゃない。 俺は…!」 ビッツ、彼は自らの顔半分をおおっていた覆面を引きはずした。 それと同時にショートだった彼の黒髪が伸びてゆき、肩ほどまで伸びる。 そして服までも黒くかわってゆき、黒衣と化す。 「…!? ヘブン…?」 その変化を、唖然とした表情でティアは見つめていた。 明らかに違う、今までの彼とは。 外見も、魔力の質も、気質さえも…。 「全て思い出した、俺は…俺の名はレヴン、レヴン・クレイツァー!」 凛とした強い視線が向けられる。 その眼光は以前にも増して輝いているように見える。 全ての記憶を忘却の彼方から引きずり出し、 己の不安定な要素がぬけたことで、さらに彼の気は上がっているように見える。 これが本当の彼・・・。 「「!?」」 時間が止まったかのようにしばしの沈黙が彼らを包んだ。 「パパ…? ねぇ、ほんとにパパなの?」 彼女は驚愕の表情をうかべてすこしレヴンにゆっくりと歩み寄ろうとする。 私を戻そうと揺さぶりをかけているのかもしれない。 けど、私には写真にうつったパパの記憶がある… 私が赤ん坊で、両側にパパとママがいて抱き上げてくれている写真。 そのパパに…今の彼はそっくりなのである。 もっと近くでよく見てみたい・・・ 『レヴン・クレイツァーか。ククク…死んだことになっていたはずだが?亡霊とでもいうきか?』 レクスは吸い寄せられるように近づいてゆこうとするティアを片手で制止し、不敵な笑みをなげかけた。 彼女をまた連れ戻されると面倒なので、一番矛盾するところを突こうという魂胆だろう。 ・・・レヴンと名乗る男は、どうみてもまだ若い。 ティアの親だとしたらもう30後半もいいところなのにあのナリ、あれではまだ子供に近い。 「・・・俺は黒死病で死に掛けた瞬間に、時を越えたのさ。 運命の女神の導きにより、死をも克服し、妻と子ともひきはなされ、記憶をも奪われていた。 ただ、破壊者、お前を倒すためにな…!」 するどい殺気が、レクスへと注がれる。 「そんな…そんなことが…」 彼女はどうしていいかわからなかった。 それでも確信していた、彼は本物のレヴン・クレイツァーだと。 ママが起きれる状態ならどんなに喜ぶか…。 そう思うと涙が流れてきた。 『我を倒す…? 不可能だ。』 それでもレクスの笑みは崩れない。 「…ティア、お前のいるべきところへ戻ってくるんだ。」 レクスの言葉を無視して、ティアのほうへ視線を戻した。 困惑しきった表情のティア。 「でも…。 もう惑わさないで! 私は決心したのよ。 シリウスとともに行くって、何処までもついてゆくつもりだって!」 彼女は泣きながら叫んでいた。 「パパ…、今の貴方ならママの病気も治せるとおもう。いってあげて…私の代わりに、はやく!」 グズ… 声にならない声で彼女はそういうと顔を背けた。 「ティア!!」 レヴンが彼女へ走りよろうとしたとき、真上から声が響いた。 『久方ぶりの親子の時間もそこまでだ。 くたばれ…!』 みあげると、レクスが巨大な揺らめく黒い炎を束にして火球としている。 『邪悪なる地獄の火炎で燃え尽きろ! “インフェルノル・ブレイズ”」 ドゴォォォォォォ!! まるで全ての空間を埋め尽くすかのような、 桁違いの質量と熱量をもって、それはレヴンめがけて放たれた! 全てを燃やし尽くす炎の限界熱量をこえた地獄の黒い炎は、 邪悪なる黒い魔力によってつくられ、その対象を焼き尽くす! 「パパ、逃げて!!」 轟音の向こうからかすかにティアの叫ぶ声が聞こえる。 それも炎の爆ぜるとおとにすぐにかき消されてしまった。 顔に熱量を感じ、爆風が黒い髪をかき上げる。 それはレヴンのわずか十数メートル先まで迫ってきていた。 「フン…、こい!“バムルンク”」 彼は焦りもせず、右手を天高くかざした。 ビキビキビキ…、右手の先の空間に黄金の亀裂がはいり、 空間が我ながら中から一振りの大剣が滑り落ちてきた。 神が使う神具のような・・・そんな華麗な装飾と、残酷なほど鋭い刃を併せ持った剣だった 銀色に光る両刃に、黄金の装飾、そして黒い文字で描かれた古代文字。 彼の愛刀の一つ、“バムルンク” その能力は… 「ハッ!!」 彼はその巨大な剣を片手で空を切るように振り下ろした。 バァアアアアアアアア、その瞬間に向かってきていた炎は全て消え去ってゆく…! 後に残ったのはただ薄い水蒸気の煙が立ち上がるのみ! 『なっ… あれを一瞬でか。』 流石にレクスもその余裕そうな表情を崩し、驚愕していた。 「すごい…」 ティアも言葉を失って腰が抜けたように床に手をついていた。 「“バムルンク”…能力は全てを還す剣。 全て炎は分解した。」 煙の向こうから、ゆっくりとレヴンが歩いてくる。 『この場はひく。 ゆくぞ、ティア。』 チッ、彼は舌打ちをした。 我が力が完全になれば有無を言わさず消し去れるものを… いまだシリウスとの人格交代のばかりでこの“破壊の力”をつかうには不安定すぎる… 「あ、ウン…」 二人は足元から徐々に薄れて、空間へ溶け行くようにきえてゆく! 「まて! ティア、もどるんだ!」 レヴンがあわてて駆け寄るも、もうティアの体はほとんど消え、 首から上がういているかのように、のこっていた。 「ごめんなさい、わがままな娘で…。 さようなら…。」 そう涙を浮かべて言い終えると、彼女の全身は消えていた。 ただ、美しいほど、決意に満ちて、そして寂しい笑顔を浮かべて・・・。
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