第四十話〜選択〜



二人は無言で歩いていた。

何処までも続く、暗い空気のこもった長い回廊を。

ここは王宮資料館、大戦時ガルフラントの居城“ミルレス城”であったものの中である。

墜落した場所の周りを塀で囲み、常時王宮騎士団が監視している場所である。

「ねぇ・・・やばいんじゃない?」
流石に不安になったのか、彼を引きとめようとするが、それでも彼は無言でティアの手を引いてゆく。

 ギィ・・・

埃をかぶった巨大な扉が軋みながら押し開けられると、そこは広いホール状になっていて、

真ん中に豪華に装飾された椅子が一つあった。

“元ミルレス城最深部、玉座”

「ここは・・・?」

彼女はきょろきょろと周りを見回した。

見たこともない古代文字と魔方陣が数多く描かれ、用途不明な機械のような代物が散乱している。

『ここは玉座さ、哀れなこの城の主のな・・・。 そしてここは我らの本拠地でもあった。』
いつもの彼とは想像もつかないような、低くダークな声。

「!? シリウス・・・? どうした・・・ !!」
ゆっくりと彼が振り返ったとき、ティアは強烈な邪気を感じた。

「貴方・・・その目。 いったい・・・」
彼の瞳は血のように紅くそまっており、纏う魔力も邪気を帯びている。

『ククク・・・もうシリウスはいない。彼は我の副人格にすぎなかったのだよ。
 我が名はレクス。 全てを破壊する者 ククク・・・』

「!?」

突然のことに驚きながらも、
本能的に彼女は後ろへ飛びのいて、剣をかまえた。

「なんなの? 貴方シリウスじゃないわね? 本物のシリウスは何処?」
高い叫び声がシンとした城内に響いた。

『ククク・・・だから奴は俺の副人格。
俺がでてくると同時に、この体の奥底に封印されたのさ、ククク・・・』

まるで困惑するティアを嘲るように、瞳以外はシリウスそのものの顔を歪ませ、高笑いを上げる。

「なっ・・・嘘よ! そんなの信じない!」

『信じようが信じまいが勝手だ。
だが我をよくみろ、この体、この顔、全てお前が愛したシリウス・ヴィンハルトそのもののだ。』

「クッ・・・」
 本当なの・・・? けど私が彼を見間違うはずない。 彼は・・・シリウスの体をのっとっている!

「目的は何? シリウスの体をのっとって・・・なにをするつもりよ!」

『フ、聞き分けが悪いな、女。
我はここ、ミルレス城の実験室でかっての大戦のさいに作られていたのだよ、最高傑作としてな・・・』

「!? 大戦時にですって・・・?」

『そうだ。 “全てを破壊する力” それを宿して我はこの世に生を受けた、培養水槽のなかでな・・・』
シリウス、いやレクスは顔色一つかえず語りだした。

「全てを破壊する力・・・?」
彼女の声が上ずる。

『クリエイトマジックというものを知っているな? 無から有を創造する力・・・“クリエイトマジック”
我はそれとまったく対極の力を宿している。
有から無を作り出す・・・“エクステンクションマジックとでも呼ぶか。
全てを無に帰す力だ、ククク・・・』

「なっ!?
そんなものを得て何をなすつもり・・・?
黒ずくめの男達が貴方を探してた理由もそれなのね?」

『いかにも。
彼らは我が忠実なる僕として作られたのだよ。
我は全てを我が力で支配する、恐怖、絶望、暗黒にこの世界、
そして天界をも支配するのだ。 ククク・・・クハハハハッ!」

「・・・そんなことさせないっ! 今、私がお前を斬って捨てる!」

大剣“セルティアル”を構え、レクスをにらめ付けるティア。

それでもレクスは余裕そうに笑みをうかべたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 コンッ、コンッ・・・
足音が徐々に近づいてくる。

「よるな! それ以上よったら斬る!」

 コンッ、コンッ・・・

「よ、よるなぁあ!!」

不意に、彼女の目から涙が流れてきた。

どうしても彼を斬れない、体が動かない。

そうしているうちにレクスは、彼女の目の前でとまっる。

『お前は我を斬れない・・・
シリウスはまだ我の中のなかで生きているからな、それもわかっているだろう?』

「クッ・・・」

何もできなかった。ただその紅い瞳を睨んでいるのが精一杯だった。

『我と来い、お前の力は必要なのだ。 全てを支配するのにはお前とその剣がな・・・。』

「なっ!? みすみすお前になんて手を貸してたまるかっ!」

震えた声で彼女は叫び返した。

 こいつに力を貸せば間違いなく世界を破滅させることになるだろう。

 けど・・・私はこいつを斬れない。

 まったくの別人だとわかってるのに・・・それでも体がうごかない・・・ シリウス・・・

 私は貴方を失うことなんてできない! 貴方とともに生きるって誓ったから・・・。

ツーッ、頬を一筋の涙が通った。

そして彼を睨み返しながらも・・・

「わかったわ…シリウスを、シリウスを出してくれるなら…」

『フ、よかろう。 お前と逢瀬の時間くらいは与えてやろう。クハハハハッ』

全てを見通していたように、彼にまた高笑いが浮かぶ。

『ゆくぞ… ついて来い』

レクスは背を向け、奥へと歩き出した。

「・・・」

無言でセルティアルを鞘に収め、彼にティアはついてゆく・・・

が、その時。

 バァーーン!!

勢いよくその扉が吹き飛ばされ、一人の男が飛び込んできた。

「話は全て聞いていた。 お前達を行かせるわけにはいかん!」

男は剣を引き出し、構えた。

『ほう・・・お前か。』

「ヘブン!!」