第三十九話〜悪夢の夜は終わらない〜



フゥ〜ッ 大きなため息をつきながら、彼女はルアスの草原に腰を下ろした。

古びた石がひしめき合いながら、隙間なく積み上げられた城門にもたれかかり、

目の前に広がる大草原をなんとなくみつめる。

月に照らし出され輝く草原の草を夜風が波立たせ、

その風は彼女の長い赤髪をもなびかせる。

もう鎧は着ていなかった。薄い黒のアンダースーツと一振りの剣のみを背負っていた。

ふぅ〜 大きなため息をつき、私は空を見上げた。

風にあおられてすごい勢いですぎていく白く輝く雲に、大きな二つの月。

今までの惨劇が嘘のよう・・・

 あれから、すぐにスルトさんが入ってきて、私達から事情を聞いていた。

 むごい怪我をしていたリルムを治療室に運んで、王宮騎士団が全員召集されて守りにつかされたり・・・

 結局、私達はまたもあいつ達を逃がしてしまった。

 それも、王宮に保管されていた魔法武具を全てもちさられて・・・
 
思わず手元の草を強く握り締め、引きちぎった。

手の隙間からはみ出た草が、夜風にあおられ飛んでいく。

 ママ・・・
 はやく声が聞きたい・・・ もう一度あのころに戻りたいよ・・・
 二人だけだったけど、幸せだった日常に・・・

涙が出そうになるのを、必死にこらえて月を見ていた。

昔、家の屋根に上ってママと見ていた月とかわらず、煌々と光り輝いていた。

 ポンッ、その時誰かの手が私の肩を叩いた。

「いたいた、やっとみつけた。」

銀色の髪の毛を風に巻き上げられながら、シリウスがそこに立っていた。

いつもの優しい声・・・。

「別に・・・。 貴方はどうしてここに?」
私は腰を上げ、彼と向かい合った。

「もちろんティアさんを探しにきたんですよ〜また一人で悩んでそうだからさ。」
屈託のない笑顔を浮かべる。

「・・・ありがとう。 何でもお見通しのようね。」

不意に彼が歩み寄ってきて、きつく抱きしめられた私。

冷たい体に温かみが押し寄せてきて包み込む。

「何でも背負い込むのは悪い癖だね。
僕も一緒に背負う、だから一人で考え込まないでいいから。」

「・・・うん。」

月明かりが抱き合う二人を照らし出し、夜の闇に浮かび上がる神秘的な光景。

時間を忘れて流れていく時間。

それはもう既にお互いにわかっていたことなのかもしれない、この人しかいないと・・・。

「ティアさん、そんなカッコじゃ冷えるから続きは部屋の中で・・・なんちゃって。」
照れた顔をして彼はゆっくりと離れ、また向かい合った。

「フフ、そうね。 戻りましょうか。」

「それにしても明るい夜だね〜。あ! 二つの月が重なってる!」

見上げる先には、アスガルドの夜を交互に照らし出す双子の月がかさなり、
ひときわ強い光を地に降り注いでいた。

「あら、さっきまで重なってなかったのに。」

「月が重なる夜って、“運命が交わる夜”って、きいたことあります?
変化の兆しっていうらしいですけど。 」

彼は月を見上げながら、後ろのティアに声を投げかけた。

「へ〜、初めて聞いたわ。 なかなかロマンテックな夜なのね。」
彼女は彼の横に寄り添いながらそれを見上げた。

「きっと、僕達の運命も・・・ね。」

 そうであって欲しい、と彼は願っていただろう。
 運命の交わり、それはお互いの運命を共有し、生きていくというある意味恋人にとっての夜。
 しかし、それは・・・

 『フ、“運命の日”がきたようだな。 シリウス・ヴィンハルト』

心のそこから響いてくるもう一つの声。

「なっ!?」

 『お前の役目は終わりだ。 永遠の心の闇に沈むがよい。 我、レクスが今よりこの体を支配する・・・』

その瞬間、シリウスの視界は暗転し、暗い闇のそこへ落ちていった。

バタッ 草の上に崩れ落ちるシリウス、いや、シリウスの体。

「どうしたの?! シリウス?」
パッとティアがかけより、彼の体を揺する。

「なんでもない。 心配しないで、ティア・・・さん?」
彼はゆっくりと起き上がった。

「ほんと、突然倒れるんだから・・・早くなかへ戻りましょう。」

「いや、待って。 連れて行きたいところがあるんだ、ついて来て。」
そういって、彼はティアの手を握ると草原へと歩き出した。

「え? ちょっと・・・」

「いいからいいから、ついてきて・・・」

困惑する彼女の手をひいて、グイグイと引っ張っていく彼。

彼女は気がつかなかった、シリウスの瞳に赤い光がやどっていたことに・・・