第三十五話〜ヨルムンガント〜



 ブワァアアアアア!!

凄まじいプレッシャーは、大地と周りの空気をも震わせ、リルムに襲い掛かっていた。

こうなるまで、数秒とかからなかった。

レオンが、自らの腕に装着した“ヨルムンガント”、

ただそれに魔力を送り込んだ瞬間、彼を重力場がつつみこみ、大地と空気を震わせているのである。

「はぁ、、、しゃれなんないね、これ。」

冷や汗どころじゃない、恐怖で支配される寸前である。

圧倒的に巨大な力が目の前に、そしてこちらを殺すために蠢いている。

 でも、蛇に睨まれたかえるなんかじゃないんだから!

もう一度、自分のナックルを締めなおす、意味があるのかはわからないが。

「ハハハ、すげえ。 これがこいつの力か・・・最高ジャン。」

重力場の中心で、宙へ浮きながら、レオンはこの光景を見ていた。

そして理解する、これを用いてなにができるのかを。

「今までおかえしじゃん? くたばれ!」

少年が手を彼女にかざした瞬間だった。

ドゴゴゴゴゴゴ、地響きとともに、足元から巨大で鋭い岩の槍がのびてくる。

「わっ!?」

リルムはそれに気がつき、あわてて違うところへ飛び移るも、
着地した瞬間に足元にまた岩のやりは出現してくる。

「んもう。 ハッ」

 ドゴゴゴゴゴゴゴ・・・

岩が無数に突き出してくる音が響き渡り、そのたびに彼女はそれを飛んでよける。

 もう、足の踏み場が・・・

「アハハハ、いつまでもつかな〜?」

余裕の笑みをうかべて、少年はそれを楽しんでいるようにも見える。

「ん? いない?」

ちょっと目を放した隙に、彼女の姿が彼の視界から消えていた。

見回すも、発見することができない。

「ばかね! 上よっ!」

少年が真上をみあげると、リルムが拳に炎を上げながら足を下にしておちてくるのが見えた。

もう炎の龍のアギトは大きく開かれ、発射された後。

 “炎の拳”

「はん、よけるまでもないじゃん!」

“グラビティ・コア”

「えっ!?」

なんと、彼女の体が空中で静止していた。

炎の龍もかきけされ、小さな黒い球体にとじこめられたまま少年の頭上で完全に止まっていた。

「な、なによ〜? これ。」

黒い球体を拳で叩いてみるもビクともしない。

だんだんと表情が焦ってゆく…

「重力よ、収束せよ! 2G 」

グラッ、彼女は体に強烈な重みが全体にふりかかってくるのを感じた。

「きゃああ! 押しつぶされる!?」

彼女は耐え切れず、体を丸くして膝を両腕でだくような形で空中で浮かんでいた。

体に2Gの圧力がかかるということは、単純に体重の二倍の圧力がかかることになる。

恐ろしいほどの苦痛を与える技。

「まだ喋れる余裕あんのね、ならば3G!」

ズンッ・・・、さらに体に負担がかかる。

ミシミシと体がきしんできていた。

呼吸すらもはやほとんどできない、、、このままでは確実に死ぬ。

「ぅ、、、うううぅ、、、」

声にならないうめきがもれる。

 やばい…ほんともうだめかも…。

「ハハハ、いい気味! そのまま苦しみながらしんじゃえ。」

残酷な笑みを浮かべながら、彼女を閉じ込めている黒球のよこ彼女の表情を楽しんでいるレオン。

みていると、彼女の腕が弱弱しく伸びてきて、彼の目の前に差し出された。

そして握りしめた拳から、中指だけが上をむく・・・

彼女はくちの両端から血をたらしながら、最後に微笑んで見せた。

最後まで抵抗した証として…

「なっ!? このバカ女、もう今すぐしんじゃえ! 4…」

「させん!!」

急にしたから声が響いた。

レオンが驚いて振り返るとそこには・・・

バリィィィン!!

彼女を包んでいた黒球が、木っ端微塵に砕ける!

四方八方に黒い半透明の破片を飛び散らしながら落ちてゆくその中に、彼女はいなかった。

かわりに地上にいたのは、傷ついた彼女を片手で抱き、右手には白く光る剣、そしてゆれる黒い髪…。

「ヘブン・・・助けてくれたんだ。」

弱弱しくだが、彼女がこえをかけた。

「ああ、よくがんばった。 あとは俺に任せろ。」

ヘブンはやさしく彼女の手をにぎりしめて、うなずいて見せた。

「なんだよあんた。 また邪魔なんかしてくれて・・・上等ジャン。」

空中に静止した少年が、苛つきながら彼を睨んでいた。

「ふ、あの晩の小僧か、すこし道具で強くなったくらいでいい気になるな。」

リルムに投げかけた視線とは打って変わって、刺し殺すような殺気を放つ瞳がにらみかえす。

「ふん、なんであろうと強けりゃいいのさ、弱いやつは黙って逝って来い!」

“ガトリングロックニードル”

ガグガガガガ、地面に生えていた何十もの岩の槍が根元よりきれて、宙へうかびあがってくる。

その切っ先は、ヘブンと、かかえられているリルムに標準をあわせている。

「いけや、槍ども!」

少年が手をおおきくふりかざした瞬間、それはものすごい勢いで彼らに突進してゆく!

が、それらが彼らに当たることはない。

ガキィン、グシャ、ヘブンの片手より白い光が飛び出て、球状の白い防御壁をまわりに展開する。

それに岩の槍達は衝突し、粉々に砕けてゆく。

「ふん、その程度か?」

少年の苛立つ目と、ヘブンの冷静な目が、視線上で交差する。

だが、覆面の下の表情はそうとう険しいものになっている。

 とはいったものの、、、さてどうするか。

 リルムを抱えたままだと剣技は危険だな。

 それに相手はあの魔法武具をつかっている・・・

ズキィ、、、またあの頭痛を感じながらも、ヘブンは勝利の方程式を組み立てようと試みる。

左腕にはぐったりとしたリルムが辛うじてつかまっているだけで、戦うことなどできなさそうだ。

「ヘブン、うちを降ろして、闘えないでしょ?」

弱弱しい声が、思考をめぐらせている彼の頭に届いた。

「無理だ。 下ろせばあんたは死ぬぞ? 俺がどうにかしてやるからちゃんと掴まっていろ。」

「でも・・・」

「大丈夫だ、俺を信じろ。」

「・・・わかったわ。」

前よりもぎゅっと、彼女は彼にしがみ付いた。

今までとは少し違う感情を抱きながら・・・

「おしゃべりしてる暇なんてねぇぜ? 今度こそ大地の底に眠ってもらう!」

少年の高い声が響いた瞬間。

明らかに異質な気配が彼らの周りを包んでゆく。

そして・・・

 バガァアアアアアア

大地が激しく揺さぶられ、地表の岩や小石などが宙たかく舞い上がられる。

そして次の瞬間には彼らの足元に巨大な亀裂が生じ、アギトを広げて二人を飲み込んでゆく。

「グッ・・・」

苦しそうな声がヘブンからももれる。

とっさに先ほど岩の槍を防いだ防御壁を発生させるものの、

回りから包み込んでくる大地の圧力に球体が歪み、端から徐々に押しつぶされてゆく。

このままでは防御壁が砕け散り、二人は崖のような大地に四方から押しつぶされて圧死である。

「チッ、このままじゃヤバイ。 上に跳ぶぞ! しっかりつかまれ!」

「うん!」

 バリィィィン! グシャアアアアアアアアア・・・

白い球体のような防御壁が砕け散り、地の割れ目に飲み込まれるとともに、

彼ら二人は地上に飛び出していた。

「はん、読んでるっての!」

さらに頭上から勝ち誇ったような声。

“グラビティ・コア”

その場で二人は、半透明の黒い球体の中に閉じ込められてしまった。

「ふん、こんなものぶち破る!」

ヘブンの剣が目にも見えない速度で何百回と重力の壁を叩く。

が、それはビクともしない。それどころか、、、

バキィン、軽い金属音を残し、彼の剣“ファインヒュージョナ”は根元から折れてしまった。

「なっ・・・!?」

彼はきっと驚いた表情で折れてしまった剣の柄をみていただろう。

もっとも、黒い覆面で目いがいはわからないが・・・

「前のようにはいかないじゃん、今度はさらに圧力をかけているからな。」

ヘブンの目の前に少年が、重力を操り浮かんでいる。

「そっこーで逝かしてやるから覚悟しろよ! 10G!!」

グニャアア〜

目の前の視界がグニャグニャになってうつる。

そして痛覚が飛んだのかもしれないが、痛みなく体が意に反して折りたたまれてゆく。

10Gの圧力が、体重の十倍の圧力が、全身へ圧迫してゆく。

鍛えられているといってももはや即死レベルの攻撃。

「がぁああああ」

「きゃあああああ」

二人の口からもはや断末魔の叫びといもいえるような叫びがあがる。

「・・・ちょいやりすぎたか。 お、俺を挑発するからジャン!」

あまりの光景に、少年は背を向けてしまった。

 せめて、リルムだけでもまもって・・・

おぼろげな意識の中、もう動かない手足に命令するも外の圧力から彼女を守る手立てはない。

 ふ、まあいい、俺もどうせ一度は死んでいる。 旅たつ時期がおくれた、それだけのこと。

だんだんと意識は闇に吸い込まれていった・・・






「死んじゃいやあああ!!」






声が聞こえた気がして、彼は瞳を開けた。
一瞬うつる、赤い髪の女性。

 誰なんだ・・・? あんたは・・・

そしてまたあの頭痛が頭の中をかき乱す。

 ふ、肉体は朽ちてもこの頭痛だけは感じるのか?

それでいて、やはり懐かしさと、いとしさがなぜか浮かんでくる。

 死ぬ前に最後に教えてくれ、あんたはいったい俺のなんだっていうんだ・・・?


『それをもわからずに死に行くなら、それはお前がその程度の人間だったということだよ。』


「!?」

『だが宿主にしなれては困るな。 不甲斐ない宿主に代わって俺が敵を滅してやろう・・・』