第三十四話〜生ける屍〜 シーン… 妙に静まり返る空気、そして音さえ響かない沈黙の空間。 今、周りと明らかに違う、重圧がその場を支配していた。 その中で対峙する3人、一人の黒衣の剣士と、 大きいマントの下にチェインメイルを着込んだ戦士と、紺と白の高等法衣をきた聖職者。 「…クロス、おまえは他の人の支援にまわれ。」 ヘブンがちょっと後ろを振り返り、覆面をつけた顔が見つめる先には震え気味に杖を構えるクロス。 「そりゃあ無理な話さ。あんさんが強いのはようわかっとるけど、こいつも異常な空気を感じるねん。」 体中から出る冷や汗を感じながらも、クロスは黒衣の剣士を睨んでいた。 「まぁ、確かにこいつは一番…邪悪だ。」 黒いフードとマントを脱ぎ去った後に表れたもの、 それは、腰まで届きそうな長い銀髪に、氷のように冷たい瞳。 そして血のように紅く染まった鎧をみにまとい、手にはとても異常な形をした剣をもっていた。 細い刀身を芯にして、左右両側に鋭い刃がとびでた、 鋸のような形状の大剣、フランベルジュと総称される剣の一種。 全身を氷のように凍てつく気が覆い、感情のかけらもないような表情をしている。 顔は子供のようでもあり、綺麗な顔つきだが、 まったくの無表情がそれをまるで操り人形のようにみせている。 「我はハギト・・・命により、主らを殲滅する。」 ゆっくりと一歩前に踏み出たそれは、剣を軽く振り上げる。 ブンッ そしてその場でそれを横に振り払った。 彼とヘブン、クロスとの距離はおよそ十数メートル。 「クロス、引け!」 何かを感じ取ったかのように、ヘブンはその瞬間バックステップをして後退する。 「あわ?!」 驚きながらもクロスも従った。 ズガァアアアアアア!! 彼らの立っていた床が大きく抉り取られ、木片が宙をまう。 その場にいたら、一瞬で足をやられるどころか、下半身が吹っ飛んでいただろう。 「あっちゃ〜、なんやその剣、仕込み刀かい。」 恐怖を感じながら、クロスはその男の大剣が鞭のように伸びているさまをみた。 刃と刃のつなぎ目がどうやら伸びる物質で作られているのだろう。 それは鞭のように伸び、長さは十メートルほどになっていた。 「ふん、その剣といい、攻撃の速さといい、かなりできる。 油断するな。」 ヘブンは、自らの持つ剣“ファインヒュージョナ”をきつく握りなおした。 白いオーラが激しく燃え盛る。 「いくぞ!」 ダンッ、床を強く踏み抜き、弾丸のような速さで男へと飛び出してゆくヘブン。 風をさき、マントをたなびかせる姿はまるで隼のよう。 「…“斬骸の舞”」 それを表情を変えることなくみていたその剣士は、 鞭のように伸びた剣を目に見えないほど高速で、 自分を中心に急を描くように剣をうねらせ、剣の結界を作り出す。 ガキィイン、ガキィイイン ヘブンの剣をなんども押し返しながらそれは、 隙あらば容赦なく貫き殺そうと突きを繰り出してくる。 「チッ、らちがあかんな。」 ヘブンは、左右に跳躍を繰り返しながら、剣撃をすべて叩き落していた。 しかし、それでも流石に近づくことはできず拮抗状態となっている。 このままでは先にヘブンの体力が尽きるのは目に見えている。 「打ち破る。“瞬光”」 彼は自らの剣を音速を超える速さで結界めざして打ち出した。 剣がはなつ白い光が残像となって過ぎ行くほどの速く、体ごと前へ走りこんでゆく突進力のある突き。 ザギィイン!! 高い金属音を響かせながら、相手の剣を大きく弾いた。 そして中心へいる男へと一直線に突きの軌道は延びている。 男は何も表情を変えず、その冷たい目でヘブンの目を見つめていた。 なんだこいつ!? 焦りも諦めもない…なぜこんな目ができる? 彼は少なからず、恐れを感じた。 死を目前にして、このような表情ができるものなど、いないはずだ。 死とは全ての生きるものにとって絶対的な恐怖なはず・・・ そんな思考が頭を交錯するなか、ヘブンの剣先は・・・ グチャッ・・・ 鈍く、そして生々しい音を立ててその男の紅い鎧をも突き破り、 腹に大きな穴を開け、背中まで貫通していた。 トンッ ヘブンは男のまん前に着地していた。 今はもう、目を閉じて頭を下げている男、そして心臓を深々と貫いた剣。 もう生きているはずはない、なのになんだこの不安感は…? 彼は覆面の下ではどんな表情していたのかわからないが、静かに突き刺さったままの剣を抜こうとした。 が! ガシッ ハギトの両腕が、刀身を強く握り締める! ゆっくりと上げられた頭、瞳には先ほどの冷たい青い光をやどしている! 「なっ、貴様なぜ・・・」 グチャッ 今度はヘブンの腹部に強烈な痛みが走る。 鎧をも突き破り、血の気ない青い腕が突き刺さっていた。 「愚かな…我は不死なり。」 男はその瞳でヘブンをみつめ、もう片方の腕を上げた。 「グッ…“ファイアーストーム”」 ブォォオオオオオオ!! 腕が腹部に刺さったまま、ヘブンの体の回りに急激に熱風が発生し、広がってゆく。 広がるとともに炎を纏って、その疾風は男を吹き飛ばしていった。 「ヘブンはん! “リカバリー”」 すぐさまクロスがヘブンに駆け寄り、腹に治癒の力を注ぎ込む。 徐々に血が引き、くっついて直ってゆく細胞。 「不死…だと? ありえん、貴様何者だ!?」 彼はゆっくりと立ち上がりながらその男へと語りかけた。 その男もちょうど今、立ち上がろうとしているところだった。 「フ、我は既に死したもの。 地上にて我らが捕らえた神の魔力により、偽りの身をわが魂の入れ物としている。 その際に我は一度死んだ。しかしその魔力を我のものにし、我はもう一度この世に戻ったのだ。」 「なっ!? 神様やって? おまえみたいなのが神様を倒したなんてうそくさいわ!」 クロスもそれに叫び返していた。 しかし、ヘブンの表情は深刻そうな顔をしている。 「それで、おまえはその体を持って何をなす…? この世にいる意味があるのか?」 「知れたことを。 もう一度生身の体を得る。 そのために我は組織のために動いておるのだ、そして今度こそ真の復活を得るためにな・・・」 真の復活? アポカリプスと関係があるのか? ち、意味がわからん・・・が。 「お前の野望も、組織も興味はない。しかし、俺の仲間の大切な人のため俺はお前を倒さねばならん!」 そういって、また剣をその男に向けた。 どうすれば倒せるかなんかはわからんが、それでも止まってるわけには行かない! 「そうさ、あんさんの野望もここでおわりさ」 クロスがヘブンに補助魔法をかけおえ、杖を構えた。 「我が使命はぬしらの殲滅。 遂行させてもらおうぞ。」 フランベルジュを元の大きさまで戻し、構えるハギト。 「「「いざ!!」」」 三人は同時に駆け出した。 が… ズァアアアアアアアアアン!! 突然の轟音と鼓膜が破れるほどの空気の激しい振動によって、立ち止まることになる。 「こ、これは??」 視線の先には、リルムと、巨大な漆黒の球体。 「チッ、この波動“ヨルムンガント”」 大地と重力の強大な力の波動がこちらを突き刺すようなプレッシャーを与えている。 どうする? あれはリルムでは危ういが、こちらもクロス一人では… 「ヘブン! リルム助けにいくんや!」 クロスが振り返らずに空気の共鳴にまけない大声を出す。 「しかし、お前…」 「ワイは大丈夫や! はやくいったれや。 女の子は守ったるもんや!」 「・・・わかった。 死ぬなよ、クロス」 シュン、空気を裂いてヘブンが宙を跳ぶ。 「マテ、我の獲物はにがさん!」 男も飛び出そうとしたときだった。 “プレイア” ピカァアア!!、強烈な黄金の十字の光が男を射抜き、吹き飛ばした。 「むぅうう」 男が砂埃のなかからゆっくりと立ち上がる。 「へ、死者は聖職者の神“イア”の名において、冥府におくりかえしちゃるさかい、覚悟せえや!」 「・・・まずは主から遂行する。」 今、震える空気とヨルムンガントの力の余波が降りしきる中、クロスと生ける屍の戦いがはじまった。
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