第三十三話〜静かなる舞〜



 ─シュンッ シュンッ

耳元を風が裂け、弾ける音が響く。

 ─トンッ トンッ

そして床を叩く、音楽のリズムのような足音。

その音は途切れることはなく、延々と続いていく。

周りの戦いの爆音、金属音、そして叫び声。

そしてここには、ただ静かな音が響くのみ。

静かな、それでいて激しいダンスのようであり、それは紙一重の攻防。

他の空間と時間の流れが違うような感覚が二人を包んでいるようだ。

その世界は時に激しく早く、ときに止まったように遅く感じる。

それは感覚の世界なのかもしれないが、たしかにそれは存在し、

その変化の激しい世界の中で、二人はお互いの攻防を行っている。

振り上げた拳は空を切り、ただ風きり音をのこし、

力を込めて踏み込んだ足は、つよく、そして軽やかに床の上を移動する。

髪をかする熱く、焦がすようなオーラ。

そして獰猛に迫りくる獣のようであり、それでいて不利なところは迷わずひく、臨機応変な打ち込み。

熟練された修道士を相手にするようなプレッシャーを感じていた。

それでも、ただ静かな舞がつづく理由は?

腕の動き、相手の視線、そして相手の体内の氣の動き。

それらを元に、相手の攻撃を、動きを全て予測し、一歩先を行く。

これが、彼女の力、リルム=バークライツが母方からうけついだ、天賦の闘いの能力。

しかし、それでも防戦一方なのは、相手がよほど強いのだろう。

 っ、読み違えたっ!

バックステップを繰り返し、相手の猛攻を紙一重で避けていたリルムだったが、

そのリズムが急激に変化し、後ろから不意に回されてきた左回し蹴りを読むことはできなかった。

 バァアンッ!!  ズズズ…

少女の体に空中で男の足が横腹にえぐりこみ、鈍い音を立てながら男の左前方へ叩き落された。

床に蓄積された砂埃がもうもうと吹き上がるなか、彼女の青い髪が不機嫌そうに左右に揺れる。

「んもぅ、いったいな〜。」

パンパン、黒い胴衣を両手で払いながら、彼女は立ち上がる。

地面へ転がるほどの蹴撃をうけても、あまりきいていないようにも見える。

一方、対峙するは全身黒ずくめの男、背が小さいほうである。

「ん〜、全然効いてるように見えねえ。なんだこのアマ、すげえタフじゃん。」

呆れたようにフードの上から頭を掻く男。

「うるさいわね! いたいに決まってるでしょ。あなただって、闘うときまで顔隠してるなんて。
あ〜、みせれないほどよほど××なんじゃないの〜? クスクス。」

「なっ!? このアマ、レオン様をなめんじゃねぇ!」

慌てたようにそういって、男は黒衣を脱ぎ去った。

フードより表れるのは、紅く、根元から天に向かって逆立った毛。

おもったとおりだが童顔、そして明るい茶色の瞳。

そして体には全体的に黒く、そして黄土色の縁取りがなされた現在最強の胴衣、フィスタマスタータイツ。

「あら、やっぱりガキね〜。 向きになっちゃってかわゆいわ〜」

フフフ、口元で笑みを作りながらも、どこか馬鹿にした表情。

もちろんそれは彼女にしては計算しつくした行為。

「っ…てめぇ。 潰す。 らぁああああああああ」

彼は両腕を目の前で交差し、雄たけびを上げた。

“パワーランバー”

ブォォォォォォォ…

彼の肉体の周りを、目にも見えるほどのオーラが取り巻き、肉体を活性化して…

ムキムキ、、、彼の腕、脚、そして胸板、すべての筋肉が異常に発達してゆき、一回り大きくなってゆく!

ッーツ。一筋の冷や汗が、彼女の額から零れ落ちる。

それは今まででも押されていた彼女にとって、絶望すべき光景だったのかもしれない。

 …上等よっ。 これで貴方はうちの感覚の網から逃げられない。 こいっ!

 ダンッ!!

床を打ち抜くような衝撃が走った後、彼は消えた。

そして次の瞬間、瞬きほど次には、彼の拳はリルムの目の前に唸りを上げて迫ってきている。

しかし、彼女にはそれは“見えて”はいない、

あまりの速さについていけないのか?否、彼女の目は自ら閉じられている。

 バチィィィン!!

「!?」

彼女の拳は、確実に高速で迫ってきていた男の手首を捕らえていた。

まるで全ての位置を把握できていたかのような的確な攻撃。

そう、彼はパワーランバーで気を纏っているため、

気を読める彼女にとってみれば、より戦いやすくなったことになる。

「グッ、くそ。」

男は右腕の手首を庇いながら、また間合いをとるために後方へ飛んだ。目には留まらぬほどの高速で。

いくら筋力をつけ、鋼のような鎧と化そうとも、関節だけは鍛えようがない、弱点ともいえる。

しかし、男が驚くのもこれからだった。

“マシンガンキック”

男が着地したと同時に、後方からマシンガンのようにはやく、無数の蹴りを背中に叩き込まれた。

「ぐっ…」

しかし、男が振り向いた先に彼女はいない。 超高速のヒットアンドアウェイ。

「まだまだだよっ!」

目の前の空間から急に彼女が表れたように見える。

両手を背中に押し当てた、それだけの隙が、この戦いでは致命的な遅れ。

? それは彼女を止める[すでをはなつ]手段を失うから。 ?

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“画龍点睛”

スライディングするように足を先にして滑り込み、

懐に飛び込むと同時に地を踏み砕くほどの威力で地を蹴り、

自らの体を真上へ飛び上がらせながら強烈なアッパーを仕掛けた、

技の由来どうり、龍が天に昇る様子を体で表すような技。

「がぁああああ」

その拳は男の顎を直撃し、彼女の体とともに天に舞い上がらせる。

 これで、きめるっ。

彼女は宙を上がりながら右腕に全ての氣をかき集める。

集中した氣は、全てを燃やし尽くす炎となって彼女の腕に巻きつく。

そして、彼女より高く舞い上がった男が落ちてくるのを待ち構えるまっている。

「チィィ、これでもくらえじゃんよ!」

口のきわからは血がにじみ、頭に強烈なダメージをのこしたまま、

彼は空中で頭から落下しながらも構えを取る。

“爆”
空中、上下逆な姿勢のままで異国の拳の構えを取る。
リルムの位置まであと10数メートル。

“閃”
そして目標を見定め、腕を引き締め、全身の氣を上半身に集中させる。
彼女が待ち受ける地点まであと、5メートル。

時間にして一秒も満たない。

そして、二人は空中で時がとまるのを感じた。

落下が止まり、空中で静止する二人。

それは現実では瞬きの間ほどの時間だが、二人には、それは決着をつけるには十分な時間として写る。

「はぁあああ“炎の拳”」

「くらえや!“連衝拳”」

空中で交差した瞬間に、二つの技はぶつかり合った。

ブゴォォォォォォォォ、彼女の右腕の炎が龍の姿となって、アギトを大きく開いて男へと向かう。

「しゃらくせえええ!!」

男の上半身はまるでそれだけ、
そのスローペースに流れる時間を抜け出し、超高速に何百発も拳を打ち出した。

それは彼女の炎の龍を霧散させ、彼女のからだを容赦なく貫通して…

「!?」

スゥゥゥ、二人だけの引き伸ばされた時間の中、彼女の体がゆっくりと消えていく。

残像か・・・、知らないうちに男には笑みが浮かんでいた。


ビュン 風を切る音とともに彼女が後ろへ表れ、炎の龍の巨大なアギトが男をくわえ込む!

「くそがぁあああ!!」

 ドゴォォォォォン!!

ゆっくりと進んだ時間が、急にリアルタイムに戻るとき、

視界がかすむほどの急速な速度で全てが展開し、
男は巨大な龍の炎に壁に叩きつけられ、彼女は静かに床へ着地していた。

「あら、貴方も相当頑丈みたいね〜、もう、嫌になっちゃう。」
彼女は額の汗をぬぐいながら、目の前に立つ男へ視線を投げかける。

傷だらけになりながらも、その男はまた立ち上がっていた。

瞳に怒りと、そして絶対的な自信を写して。

「もう、切れたぜ。 本気でやってやろうじゃんよ。」

彼は懐にてをつっこみ、二つのナックルを取り出した。

全体的に緑褐色な、鱗のような模様が金の縁取りで描かれたボディに、

鉤爪のように内側にまがった四本の爪。

それはまさに蛇のアギトを思わせる…魔法武具“ヨルムンガント” 大地と重力を操る武具。

「あ〜、うちのママのよそれ! いいわ、返してもらうからねっ。」

魔道武具の肌を刺すようなプレッシャーを感じながらも、彼女は臆せずに飛びかかった。

二人の舞は、まだまだ終わらない──!