第三十六話〜開放された過去の力の一端〜 ドガアアアアアン!! 轟音とともに、グラビティ・コア、重力の集中する結界は砕かれた。 四方八方に半透明の黒い破片がとびちり、邪悪な気が爆心地より肥大し、周りの空間を飲み込んでゆく! その中心に、俺は立っていた。 いや、正確には俺じゃない、俺の中に棲む何者かが体を動かす。 「な、なんだこれは!?」 レオン、あの少年が驚いた表情をこちらに向けていた。 体中をめぐる明らかに質の違う魔力、そして体を覆い隠す闇。 そして桁違いの殺気が空間を歪ませる。 その本人が体の中から自分を見ている、不思議な感覚。 俺は透明なおりに閉じ込められたかのように、自分の体が動くのをみているしかなかった。 「それが本気かい? 上等じゃんよ。」 少年は、重力を制して宙へ浮きながら、俺を見下していた。 そして彼の両腕の魔法武具に、莫大な魔力が吸収されてゆくのがわかる。 「おい! くるぞ!」 俺は身のうちにすくむ何者かに語りかけていた。 『・・・』 しかし何の反応も示さず、“俺”は少年を感情のない目でみつめるだけ。 「おらぁ!! 大地の脈動を聞け! “アースクエイク”」 少年は一気に地面へと飛び降り、深々とそのナックルの刃を地に刺した。 その瞬間! ドゴォォォォォォォ!! 地面が激しく揺さぶられ、大津波のような岩や土砂の波が天井をも削りながら四方から押し寄せてくる。 「おい! 逃げ場が・・・遅い、間に合わないぞ!」 俺は焦りを隠さず、体に動くように命令をしていたが、まだ別の人格にのっとられている。 ピクリとも動かずに波に飲まれるのをまっているかのようだ。 ゴォォォォ 爆音が耳もとまできて、 もう飲まれるとおもった瞬間、体は高速に魔力を一点に集中させ、解き放った。 ピトッ… 四方から押し寄せた波が、ヘブンとリルムの直前で止まっている。 「これは・・・?」 「な、なんで波が止まる!?」 少年もその光景に唖然としてみていた。 しかし、拳にオーラを集中させ、その岩壁に突っ込んでいった。 ドゴオオン ヘブンの後ろの岩壁が木っ端微塵に砕かれ、そこから少年が飛び出してきた。 二つのナックルの刃は、確実に彼の頚動脈を捉えている。 「死にさらせや!!」 完全に後ろを取った少年が勝ち誇った叫びをあげ、腕をふりおろ・・・せない!? またもや岩波と同じように、自らの意思でなく空中で静止している。 「なっ!? 何でうごかな・・・」 「そうか、これは・・・“Zone of Control”(支配する空間) あんな一瞬で成し遂げたというのか? この空間魔法を。」 そう、今ヘブンは理解した、岩波が衝突する前に“俺”が放った魔法は、 支配する空間の“創造”のクリエイトマジックだったということに。 ヘブンももちろんこれを扱うことはできる。 ミルレスの混沌の魔方陣をうちやぶったのも“Zone of Control”の魔法だが、 精神の集中から、魔方陣の展開までに、すくなくとも3分はかかる。 それを彼に巣食う人格は、わずかに1秒程度もかからずに成し遂げた。 なんていう実力の差だ・・・。 “俺”はゆっくりと後ろを振り返り、空中で驚愕の表情をうかべたまま停止している少年に手をかざした。 その瞬間、少年の体は宙を舞う。 ドゴゴゴゴゴゴ!! 「うわぁああああ!!」 彼の体は勢いよく後ろの壁に激突し、壁に徐々に沈んでゆく。 いや、強い圧力で壁にねじ込まれてゆくといったほうが正しいだろう。 『爆ぜろ・・・』 “俺”が言葉を口にした瞬間、少年の体の周りが大きく爆発して、 少年は力なく瓦礫の上に仰向けに余暇たわった。 もはや戦う気力も体力も残ってはいない。 「ヘブン・・・」 足元からリルムの声が聞こえる。 ─ドクンッ ひときわ大きく脈打った瞬間、 俺を包んでいた魔力や闇は消えうせ、俺は自分の体の支配権を取り戻していた。 「リルム!」 俺は彼女を優しく持ち上げた。 先ほどの戦いでも、彼女にダメージは受けていないようだ。 「あいつは・・・? うちたち、いきているのよね?」 「あぁ、終わった。 やつなら瓦礫の上で伸びてるよ。」 俺は視線をそれに一瞬むけたが、また彼女に戻した。 「よかった・・・やっぱヘブンは強いね。 うちもすこし、休ませて・・・」 そういい終わらないうちに、俺の腕の中ですこやかな寝息が聞こえる。 「なぁ? お前はいったい何者なんだ?」 俺はもう一度心の中に語りかける。 もう返事がないともおもわれたが・・・ 『俺は闇。 そう、“深淵”の闇。 もう一人のお前にして、お前に作られた人格。』 声が返ってきた。 「何!? 俺に作られた・・・?」 『お前は戦うことに常に甘さと躊躇いがあった。それゆえに俺は創造の魔法でつくられたのだよ。 甘さ、躊躇、罪悪感、すべての感情を消し、ただ目に映るものを滅ぼすためにな。』 「なっ・・・解らない。 なにも思い出せない・・・」 『いずれ思い出そう。 答えは自らの中にしかない。 さらばだ・・・』 「おい! まて、まつんだ闇!」 『・・・』 返答はもう聞こえない。 ただ疑問と動転で錯乱した俺の心に響くのみであった・・・。
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