WILD CRUSHERS 〜雪降る夜の夢V〜 ようやく動けるようになったジャックに、 残ったカタツムリが更に攻撃しようとする。 彼も重傷だったが、今死ぬわけにはいかなかった。 彼の後ろには、瀕死の重傷人がいる。 ジャックがすべての力を振り絞って応戦しようとした時だった。 突然瓦礫が意志を持ったかのようにカタツムリたちにあたり、彼らを倒していった。 ジャックがしばらくあっけに取られていると、 緑のマントを付けた騎士がうっすらと浮かびあがった。 騎士はジャックの方へ寂しそうな視線を向けた後、静かに消えていく。 黙ってその騎士を見送った後、ジャックは刺さったままになっていた槍を、左手で力任せに引き抜く。 とたんに真っ赤に染まる両手。 自分の血をこれだけ大量に見るのは久しぶりだ。 そこへハーレーがやってきて、小さく悲鳴を上げ、ジャックの方へとやってきた。 「ジャックさんッ!それ・・・・・・」 ハーレーは大きな声で叫んだ。 痛々しそうな顔を向けるハーレーに、ジャックは普段と変わらない声で言った。 「そんな痛そうな顔をするな。怪我をしたのはお前じゃないだろ?」 「でもッ!でもッ・・・・・・」 「俺よりシーザーの方がやばい」 「二人とも早く帰って医者に診せないと」 「いや、俺はともかく、シーザーはルアスまではもたないな。さっきからゲートも使えないようだし」 ジャックの右鎖骨下の傷口からは、大量の血が流れている。 ジャックはそこに手を当て、焼け石に水程度だがセルフヒールをかけ止血する。 たとえゲートが使えたとしても、意識のない相手をリンクで飛ばしてやることは出来ない。 したがって、眠っている相手などもこれに該当する。 「そんな・・・・・・」 「とにかく、リバイブのかけれる聖職者を捜すしかない」 リバイブは重傷者にしかかけられないが、 逆にリカバリすら効かなくなった重傷者にはこれしかない。 「もし間に合わなかったら・・・・・・」 「その時は、俺もシーザーも共倒れさ」 「すみません・・・僕がリバイブを使えたら・・・・・・」 「思い上がるなよ。無駄な後悔をしてもはじまらん」 この状況に置いてもやはりジャックの毒舌は質を落とすことはない。 シーザーならまだしも、ハーレーに彼の毒舌は少々酷であった。 「でも・・・でもッ・・・・・・」 半泣きで言うハーレーに、ジャックは容赦がなかった。 「泣いてどうにかなるならそこでずっと泣いてろ。俺は捜しに行く」 ぐっと腕で両目を拭ってハーレーは言った。 「泣いてるだけなら・・・子供にだって出来るから・・・・・・」 「お前はお前にしかできないことをしろよ。こいつのためにもな」 ハーレーがジャックの指さすところを見ると、 ジャックの足下で、ポチョムキンが大きな目に一杯涙をためている。 ためていることができずに、ぼろぼろとこぼしながら、一言言葉を話した。 「ますたぁをたすけて」 「ところで、動かせないお師匠様を一人ここに放置するの、危険じゃないですか?」 ポチョムキンを頭の上に乗せ、ジャックに訊ねるハーレー。 「こういう時のためにコレがある」 そう言うと、ジャックは何かを組み立ててシーザーの上に置いた。 「墓ッ?!」 墓の形をしたそれは、WISと同じように、強制帰還の効かないレベルになった者は必ず持っている物だ。 「正確にははりぼてだな。下の部分が底の抜けた箱のようになっていて、人が入るようになっている」 しかも荷物にならないコンパクト収納設計だ。 「でも・・・こんなのでごまかせるんですか?」 それも疑問だが、縁起が悪いこと甚だしい。 「張りぼてだが、聖なる力で守られている・・・・・・らしい」 なるほど。と、ハーレーは納得したが、やはり嫌な感じである。 そして、彼らの聖職者捜しがはじまった。 だが、もともと幽霊騒ぎで人の少ないダンジョンでは、見つかる可能性は皆無に等しい。 しかも、時間もない。 シーザーもあの様子ではあと三十分が限界と言ったところであろう。 もうどれくらい経ったろうか。 ジャックは相変わらずしっかりした足取りで、たまに沸くモンスターを斬りながら普段通り進んでいく。 だが、その顔から次第に血の気が失われていくのが明らに判った。 セルフヒールを少しかけただけの彼の体が限界に近いことはハーレーにもわかる。 それなのに、全く普段と変わらない・・・・・・。 真っ青な顔で・・・・・・でも、いつもと変わらない。 ハーレーの目に映る彼は、強かった。 その時だった。 聖職者の格好をした男がいた。 レクタソールと呼ばれる服を着て、ケインスタッフをもっている。 茶髪で短髪。 素早く事情を説明して瀕死人の蘇生を頼むジャック。ついでにポチョムキン。 「そうだな・・・蘇生してやらない事も無いけど・・・・・・」 しかし、聖職者の頭の中でこのとき、打算が働いた。 話によれば、このまま三十分まてばこの黒髪男の相棒の遺品が拾える・・・・・・。 彼は守銭奴であった。 考え込む鬼畜聖。 結局、守銭奴聖職者は、遺品を諦めることにした。 さすがに後ろめたかったことも一つの要因だが、 一番大きな要因は、頼みに来た黒髪の盗賊の異様とも言える様子であった。 右鎖骨の下あたりから流れている血の量からして、彼も相当な重傷人だ。 にもかかわらず、わざわざ別の重傷人を助けるためにこんな所まで走ってきている。 今すぐにでも死にそうな真っ青な顔をして、 恐ろしく真剣な眼で、それでいて全く普通に立って、普通に会話している。 この男は一体・・・・・・。 断れないものがあった。 「わかった。ただし条件付きだ」 「何だ?」 「蘇生を行っている間・・・・・・これを全て鑑定してくれ」 そう言って聖職者が取り出した物は、剣、槍、ポーション、斧、盾、大量の指輪・・・・・・ などなど、出てくる出てくる、四つくらいあるバギバックパックの中からどんどん出てくる。 ジャックは頭も痛くなった。 「よくこれだけため込んだもんだな」 しかも持ち歩いている。 確かに銀行では未鑑定品は預かってくれないが・・・・・・ だからといって、なかなかこれだけの量を持ち歩けるものではない。 ある意味ジャックは感心した。 「まぁな。どうも私は人付き合いが苦手でね。 そこらにいる盗賊に頼むのが煩わしくて、気がつけば・・・・・・」 この有様というわけだ。 人付き合いの苦手な聖なんて、何のために聖職者をやってるんだか。 まぁ・・・・・・世の中いろいろな人間がいる。 ソロ専門の聖もいないわけではないのだろうが・・・・・・。 とにかく、このときのジャックに選択の余地はなかった。 「・・・・・・わかった。鑑定するだけでいいのなら」 「では契約成立だな。墓まで案内してくれ」 墓・・・・・・嫌な言い方である。 まだ死んでないのに。と、ハーレーは思ったが口には出来なかった。 シーザーの十分の一ほどでも尊大さがあれば本当に口にしたに違いない。 そして、「言い忘れていた」と前置きをして、聖職者はレックスと名乗った。 「それにしても」 よくこれだけの大怪我をして死ななかったもんだ。と、シーザーにリバースをかけながら言うレックス。 「そう言う奴だよ。そいつは」 壁に背中を預け、両足を前に投げ出して座り、ひたすら鑑定を続けるジャック。 心配そうな眼でリバースを見守るハーレーとポチョムキン。 しばらく続く沈黙・・・・・・そして、リバースが終了する。 「こっちの仕事は完了だ。そっちは?」 と、言って振り返ったレックスの前で… 「・・・・・・これで・・・・・・さい・・・・・・ご・・・・・・」 ファイアサークルを鑑定し終えるや否や、ジャックは意識を失った。 「やれやれ、そっちのにもリバースが必要だな」 誰の所為でそうなったかはあえて考えないようにして、レックスはジャックにもリバースをかけた。 死とは、夢を見ずに眠ることだ。 ・・・・・・と、昔・・・・・・誰かが言っていた。 なら、生きるとは、夢を見ることが出来るということなのかもしれない。 目を開けたまま・・・見続ける夢は・・・死ぬまで覚めることがなく・・・・・・ シーザーは思った。 どちらにしても、眠ったまま死ねる方が、楽だろうな。 シーザーが目を覚ますと、ダンジョンの中だった。 どうも最近妙なことばかり考えてしまって困る。 そういえばダンジョンに来ていたんだった。 ふと、そんな事を思い出す。 上半身のみを起こし、何がどうなったのか冷静に考える。 そういえば何だかまずいことになっていたような・・・・・・と思い、あたりを見渡す。 すると、ジャックにリバースをかけている聖職者と、 それを見つめるハーレーとポチョムキンが目に入った。 シーザーは何となく状況を理解した。 そして、理解したと同時に、倒れるように横になった。 右腕を額の上に置いて、手の甲で、薄くかいた冷や汗を拭う。 胸のあたりでポチョムキンが上に乗って嬉しそうに跳ねている。 「なぁ、ポム。お前は夢を見たことがあるか?」 小さな独り言は、誰にも聞こえなかったようだ。 ポチョムキンが頭の上に「はてなマーク」を付けているのが見える。 シーザーは小さく笑って、立ちあがった。 向こうのリバースも終わったようだ。 ジャックには、謝って、そして礼を言わねばなるまい。不愉快だが・・・・・・。 助けに来ていて死んだのでは、情けないにもほどがある。 調子の不良は理由にならない。 調子を整えるのも実力のうちだ。と言っても、シーザーとジャックのことだ。 シーザーが嫌みの百回でも聞いてやればそれで済むだろう。 そんなシーザーの覚悟は杞憂に終わった。 何故か家に引き上げた後、シーザーは覚悟を決めてジャックに「すまん」と頭を下げたのだが・・・・・・ 「気にするな。これで借り貸しなしだ」 と、それだけですんだ。 どうやらジャックはジャックで一応シーザーが助けに来たことに感謝しているらしい。 むろん不愉快だろうが。 シーザーの調子は翌日から完全に復活し、いつもの調子でジャックの怒りを買っている。 幼い力で初めてシーザーが前進を始めたあの日・・・・・・風を切り、走り始めたあの日、 あるいはあの日から、彼はとてつもなく永い夢を見ているのかもしれない・・・・・・ 彼は時々奇妙な感覚にとらわれる。 ただ、ひとつだけ見えている真実、彼は今、生きている。 そして・・・・・・後日発覚したことだが、 レックスはルアスの、それも彼らの家のかなり近くに住んでいるらしい。 レックスはその後もちょくちょく彼らの家へやってきては、鑑定を頼んでいる。 むろん、無料で。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 続く(ヘル死はホントに辛いです(涙 彼らの50ヘルもまだまだ続く)
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