WILD CRUSHERS 〜雪降る夜の夢U〜


時間は少しさかのぼって、昼頃。

スオDについたジャックはエレベーターで最下層に降りた。

テズモを狩りながら、徐々に奥へと進んでいく。

このとき、ジャックは不思議な感覚にとらわれていた。

何か、砂を噛むような嫌な感じがする。

それは、数々の修羅場を抜けてきた者の持つ、直感のようなものであったかもしれない。

だが、彼はそのまま進んでいった。

そうしたいと思った理由は彼自身にもよくわからない。



ゴッドハンドを通り越し、カタツムリの群生するあたりへ着いたときだった。

時間的にはそろそろ夜になったろうか?

ダンジョンの奥ではそれもよくわからないが、

不意に人の声が聞こえたような気がして、ジャックは足を止めた。

今日は何故か人が少なく、ここまで来る途中も誰ともすれ違わなかったのだが・・・・・・。

声は短い悲鳴となってダンジョンにこだまする。

インビジブルをかけて、ジャックは声のする方向へと走っていった。



声のした場所に行くと、中年の騎士らしき人物が困っている。

としか、表現のしようがなかった。

困っているというよりは、何かに怯えていると言った所か・・・・・・。

次の瞬間、ジャックはとんでもない光景を見てしまった。

この辺りには、なにやら青い液体の入ったクレーターのような物がそこら中にあるのだが、

そこから液体が上に逆噴射している。

他にも赤ん坊の頭ほどの石が宙に浮いて、騎士に向かって飛んでいく。

彼は悲鳴を上げながら一生懸命避けているが、いくつかあたっている。

壁の顔のようなものが高々と笑う。

カタツムリたちも怖がって逃げてしまっている。

これが噂に聞くポルターガイスト現象か・・・・・・と、ジャックは思った。

石だけならばインビジ賊の仕業とも考えられないことはないが、

基本的にインビジは人やモンスターを攻撃すると効果が切れてしまう。

それにしても、あの騎士は相当恨まれているようだ。

次から次へといろいろなものが彼めがけて飛んでいく。

助けてやろうにも、ジャックは陰陽師ではない。

見なかったことにして立ち去ろうとしたときだった。

ジャックの方にも石の一つが飛んできた。

むろんあっさりかわしたが。

どうやら霊にはインビジブルは通用しないらしい。

インビジの効果が切れると共に、騎士はすかさず叫んだ。

「そこの人ッ!私を見捨てんでくれ〜ッ!!」

かなり情けないが、騎士はこの際とばかり、恥も外聞も捨て去ってしまった。

「あんた一体この霊に何したんだ?」

片手で顔の半分を覆いながら呆れ顔で一応訊いてみるジャック。

「そ、それは・・・・・・」



ルエンの情報によると、最近スオDに幽霊が出るという。

アホか。と、一蹴しようとしたシーザーだが、

ルエンが詳細を語り始めると、次第に嫌な予感がするのを押さえられなかった。



先日、ルアスの騎士団で不祥事があったという話は有名だ。

「確か・・・・・・団員の一人が無実の民間人を罪人として処刑したんだよな?」

そして処刑後、罪人の無実が証明され、誤って有罪にした団員は自刀をやむなくされた。

「う〜ん、それなんだけどね。どうもその団員も無実だったみたいなんだよ」

「は?」

「つまり・・・・・・」

つまり、事実はこうであった。

民間人の犯罪容疑者を騎士団上層部が有罪と確定。

逮捕、処刑に至ったのだが、

その課程に携わった団員の一人が有罪判決に疑問を持ち、単独捜査を開始。

そして無罪であることを証明したのだが、

上層部はその事実を隠匿したばかりか、その騎士を騎士団から追放しようとした。

仕方なく、騎士は処刑された罪人が無実であったことを街頭で公表しようとした。

さすがに焦った上層部は騎士が公表した事実を認めたが、

誤って有罪としてしまったのは、騎士団全体の責任ではなく、

その騎士一人の独断であるとし、事実を公表した騎士は、

自身のミスを上層部に責任転嫁しようとしたという汚名まで着せられた上、ダンジョンの奥深くで自害。



「そりゃ恨まれて当然だ」

騎士から事情を聞き、鋭い視線で言い捨てるジャック。

「うう・・・・・・だからこうして懺悔しに来とるではないか」

ジャックが出会った騎士は、自害した騎士の、直接の上官だったという。

「相手が生きてる間にすべきじゃなかったのか」

こうして話している間にもポルターガイスト現象は続き、物が二人めがけて飛んでくる。

「き・・・・・・貴様に何がわかるッ!私だってこんなことしたくなかったんだッ!

だがな、上層部の命令に逆らえば私だって・・・・・・」

そこまで言ったとき、ぼこッという音がして騎士の頭に避け損ねた石が当たる。

「命令に逆らってでも部下を守るのが上官ってやつじゃないのか?」

要するに、悲しい中間管理職というやつだ。

「五月蠅いッ!ルアス騎士団に傷が付いてはいかんのだ。

騎士団は常に潔癖でなくてはならん。その為には一人の犠牲も仕方なかったのだ!」

「ご立派なマキャベリズムだな。自分は絶対に犠牲になんかならない癖に」

「私が喜んで部下を犠牲にしたとでも思っているのか!?

私だって部下を見捨てたという汚名を着てでも騎士団を守らなければならないと思ったからこそ」

「断腸の思いでってか?そりゃあ部下見捨てるのは辛いだろうな。

だが、見捨てられた部下はもっと辛いんじゃないのか?

結局あんたのした事は、自分の安全のために部下を見捨てておいて、それを正当化しただけだ・・・・・・。

いくら涙をのんで部下を切り捨てたと言っても、

自分が犠牲にならずにすんだと喜んで泣いているようにしか見えんさ」

ジャックの毒舌はこういう相手に対して最も辛辣に、そして有効に発揮される。

「くッ・・・・・・」

もはや何を言っても自己正当化にしか過ぎないことを悟った騎士は、この場から逃げようとした。

が、不思議なことにゲートを使おうとしても作動しない。

仕方なく、彼は走って逃げた。

彼が走り去ると同時にポルターガイストも彼について行ったらしい。

ようやく静かになりジャックがため息の一つでもついたとき、シーザーからWISがかかってきた。

(注:PHSのような物のこと。二文字違うだけ。

人の精神力を飛ばす石を利用した通信機器のことで、むろん圏外はない。)

『おい、お前まだ生きてるか?』

「二日酔いのついでに元々悪い頭が更に悪くなったか?

死んでいたらどうやってWISにでるんだ・・・・・・」

『ということは生きてるんだな』

「残念ながらな。何かあったのか?」

『ルエンから妙な事を聞いてな。今そっちに向かってる。さっきからWISもかからなくて・・・・・・』

それで仕方なく、わざわざ出向きつつ、WISを繰り返していたのだ。

「ああ、あのポルターガイストのことか」

ゲートも作動しなかったところからして、WISが通じなかったのも霊の仕業だろう。

『見たのか?』

「見た。だが問題はない。せいぜい石を投げてくる程度だ」

『そいつはその程度じゃない。今までに見たやつによると・・・・・・いや、今はとにかく引き返せ!』

「珍しく真面目じゃないか・・・・・・やれやれ。それじゃ、素直に帰るとす―――何ッ?!」



突然大きな音がした。後に続くように、地響きがなる。

ダンジョンの何処かが崩れたらしい。

それと同時に、ジャックからの応答が途絶える。

シーザーは何度も呼びかけ続けるが、応答はなかった。

「まずいな」

「お師匠様・・・僕のことはいいです。先に行ってください。

もともと無理を言って着いてきたのは僕ですし」

ハーレーはかなり息を切らしている。

おそらく、ハーレーの体力は限界に近いだろう。

シーザーが少しスピードを緩めているとは言っても、ハーレーはついていくことすら苦しい。

「確かに、今日はほとんどモンスターもいないが・・・・・・」
いつも際限なく沸くはずのかたつむりが、今日は少ない。

シーザーは、ポチョムキンを連れて先に行くことにした。

いざとなれば、ハーレーには強制帰還がある。



気がつくと瓦礫の中だった。

視界が真っ暗で、おまけに下半身が動かない。

腕の力を込めて動かせる瓦礫を動かしていく。

往生際悪く逃げ続ける騎士に業を煮やして、霊は強硬手段に出たらしい。

ジャックが自分の上に乗った瓦礫をできる限り全てどかせたとき、

彼の視界にはたくさんのカタツムリがいた。

「おいおい」

さっきまで霊に、自分たちの巣を占領されていた恨みを俺にぶつけることはないだろう・・・・・・

とでも、ジャックは言いたかったに違いないが、とにかくこの状況はまずい。

半瞬後、右鎖骨の下を槍が貫通する。

痛みはまだない。熱いだけだったが・・・・・・。

本当にまずい。と思った彼の前で、カタツムリが一掃されていく。

「疾風の癖に・・・・・・遅かったじゃないか」

「これでも早かった方だ」

間一髪で間に合ったシーザーがカタツムリを一掃していく。

その間に、ジャックはとにかく身動きをとるべく岩をどかし始める。

しかし、カタツムリ達はどんどん沸く。

シーザーのスピードで倒していっても追いつかなくなってくる。

その時だった。

戦っているカタツムリの影から槍が飛んでくるのを左にかわした瞬間、

正面と右後方から槍が飛んできた。

更に左に避ければいいのだが、この位置で避けるとジャックに当たる・・・・・・。

一瞬の逡巡が彼に致命傷を負わせた。

右脇腹に熱い感覚が走る。

しかし、この程度で死ぬほど彼はやわではない。

通常ならとっくに気を失っている一撃に、全く怯むことなく動き続けるシーザーに、

むしろ怯んだのはカタツムリたちの方であったかもしれない。

シーザーは根性だけで普段とほとんど変わらない動きを続け、

更に全身の傷を増やしながらカタツムリをほとんど一掃し、倒れた。

視界が暗転していく。

名前を、絶叫された・・・・・・気がした。

そして、シーザーの耳に懐かしい声が聞こえた。

そうだ・・・あの時、母親はそう言っていた・・・・・・。











           いい? これはね、全部夢・・・・・・







           そうだな・・・永い・・・嫌な夢だ・・・・・・










 シーザーはあの時、人の魂の燃える瞬間を・・・綺麗だと・・・思った・・・・・・。

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続く(ここで終わっちゃまずいでしょ^^;)