WILD CRUSHERS 〜雪降る夜の夢〜


日が落ちて、急激に気温が下がってきた。

ちらほらと頼りなげな雪が降ってくる。

ルアスに雪が降るのは、とても珍しいことだ。

それだけ、今年の冬は厳しいということだろうか・・・・・・。

そんな冬を迎えたルアスに、とても不機嫌な青年がいた。

短い銀髪の、その青年の名前はシーザーという。

最近、彼の家には二人も厄介者がやってきた。

正確には一人と一匹だ。一人は弟子。

弟子といっても、彼が募集したわけでもスカウトしたわけでもない。

俗に言う、押しかけ弟子というやつだ。一匹はペット。

だがこれも成り行きで飼うことになった押しかけペットというやつだ。

世間的には極悪盗賊と呼ばれ、

評判もさぞかし悪いであろうシーザーの元に押しかけてくる彼らはいったい何なのだろう。

しかし、今彼が不機嫌なのはそのことではなかった。

彼は、雪の日が嫌いだった。
橋の上から流れる河を見る。

真っ暗な空から真っ白な雪がしとしとと河に吸い込まれていく。

何時間も、嫌と言うほど見た光景だ。

こんな日は、寒くて・・・・・・。



結局寒さに耐えきれず、さっさと家に帰ってしまったシーザーを毒舌が服を着て迎えた。

押しかけ弟子は奥の部屋で夢の中だ。

「なんだ、今日はもう帰ってこないんじゃなかったのか」

と、言いながら服を着た毒舌、もといジャックはシーザーがいつにも増して不機嫌なことに気づく。

「雪が降ってきてな」

適当な相槌を返すのも、らしくない。

「ああ、珍しいな。初めて見る」

「おれは二度目だ」

「そりゃ初耳だ。で、お前さんが振られたのも雪の所為か?」

「なわけあるか。おれがそういう気分にならなかったんだよ」

ぶっきらぼうにそう言うと、シーザーはテーブルの酒を勝手に飲み始めた。

俺の酒だ。と、言っても無駄なことをジャックはよく知っていた。

空のグラスを取ってきて、自分の分を注ぐ。

そこへシーザーがもう一杯自分のグラスに注いだ。

人の酒を勝手に飲んでいるくせに、ちっとも遠慮というものがない。

「道理で雪が降るはずだ」

予定外に減りの早くなった酒瓶を恨めしそうに見ながら呟くジャック。

もっとも、ルアスの花園を寡占してやまないシーザーがあぶれて帰ってくることなど、

雪が降る以上にあり得ないのだが。

「順序が逆だ。おれが女と寝なかったから雪が降るんじゃなくて、

雪が降ったからおれが帰ってきたんだ。おれは降雪機じゃない」

「えらく不機嫌だな」

「・・・・・・」

「出がけのことでも気にしているのか?」

「出がけ・・・・・・?ああ・・・・・・あの動物のことか」

「動物じゃない。ポチョムキンだ」

「〜〜〜〜〜ッ」



 あれは、今日の夕方頃だった。

突然ハーレーが、先日シーザーが拾ってきた(くっついてきた)動物に名前を付けようと言い始めたのだ。

確かに、いつまでも動物では気の毒だ。

「ポチ、タマ、ミケ・・・・・・」

「太郎、花子、太一・・・・・・」

「家来、下僕、召使い・・・・・・」

どれが誰の発言かはあえて明記しない。

とにかく三人がう〜ん、と考え出したときだった。

突然動物が何かを主張し始めたのだった。一生懸命ジャンプしている。

「なんだ? ぺちぺち?」

シーザーの問いに首を横に振り、一生懸命跳んでみせる動物。

着地音が・・・・・・

「・・・・・・?・・・・・・ぽちょ?」


ジャックの返事に首を縦に振り、次はとても怒った顔をしてみせる。

「む・・・・・・?」

ハーレーの答えに拍手して、最後にグロッドを指さした。

「きん」

半眼でやけっぱちに言ったシーザーに、『ぴんぽんぴんぽーん』という音が流れる。



「そのことじゃない!」

結局、動物はポチョムキンという名前になったのだが・・・・・・。

シーザーとしては動物の名前がどうなろうと知ったことではない。

だが、だからといって

「じゃ、なんだ」

と、返されれば返答に窮してしまう。

実のところ、シーザーの不機嫌は彼自身にも理由がよくわからなかった。





シーザーは、ルアスの生まれではない。

何処の生まれかは彼も知らない。

でも、物心が付いたときからルアスにいた。

一番古い記憶は、おそらく五、六歳の頃、母親(だと思う)人に手を引かれて雪の降るルアスを歩いていた。

どうしてそんな事になったのか、彼は今も知らない。

知ろうという気もない。

そして、あの橋の上で母親は静かに、笑顔で何かを言った。

やはり、何を言ったか覚えていない。

そのあと、淡々と、夕飯でも作るような手際で自分の体に灯油をかけ、火をつけた。

シーザーはそれを、ただ黙って見守った。

母親の記憶はむろん、それだけだ。顔も思い出せない。

だが別に悲しくもなかった。いや、悲しかったのかもしれない。

やはり、覚えていない。

シーザーは、その後、世間一般で言うところの苦難の人生を強いられたが、

彼自身、苦悩とは思っていなかった。

彼曰く、「この生き方しか知らないのに、他の生き方と比べて不幸だの幸福だの、わかるわけないだろ」

とのことだが、シーザーという人間には悲劇の主人公などという役柄は似合わない事も確かだ。

彼には、母親を恨む気持ちもなかったし、

他の、彼より遙かに優れた境遇にいる人間を羨望する気持ちもなかった。

彼は彼の人生を彼自身の手で作っていくことにかけて誇りを持っていたし、

マイナスの感情にとらわれることを人生の無駄遣いだとしか思っていない。

鋼の神経・・・・・・ジャック曰く、ただの無神経・・・・・・は、

彼が生きる上で大いに役立ったにとどまらず、

彼の傍若無人な人格を陶冶していく上でも大変役に立ったのであった。



翌日、シーザーが目を覚ますと、頭がずっしり重く、鈍く円を描きながら回っている。

青い顔をしたシーザーを不思議そうに見つめるポチョムキン。

窓の外に見える太陽はもうかなり高い。

この分だとハーレーはもう出掛けているだろう。

情けない師匠もいたものだ。

シーザーは一生懸命思い出した。

昨夜は確か・・・不機嫌なまま帰宅して・・・ついつい飲み過ぎて・・・その後・・・よく思い出せない。

相当酔っていたらしい・・・・・・きちんとベットで寝たいたことが奇跡に思える。

そういえば昔の夢を見たような・・・シーザーがそこまで考えたとき、炊事場から聞き慣れた声がした。

「ずいぶん遅いお目覚めだな」

「お前・・・・・・二日酔いは?」

平衡感覚があやしい。今にも倒れそうだ。

「残念ながらこの通りぴんぴんしている。お前、酷い顔色だな」

「どうしてお前は酔わないんだ?」

耐えきれず椅子に座るシーザー。

「酔わないんじゃない、酔えないだけさ。ホレ、飲め。少しはマシになる」

「すまん」

それだけ言うと、シーザーはジャックが出したコップを飲み干した。

「いいから今日はおとなしくしてろ。狩りには俺一人で行ってくる」

「・・・・・・えらく優しいな」

「悪かったな。誰かさんが昨夜相当うなされてた所為じゃないのか?」

人の痛いところをつくことにかけて、ジャックの右に出る者はいない。

「じゃあな。明日には帰る。戻ってくるまでにそのアホ面を何とかしておけ」

「・・・・・・何処に行くんだ?」

「スオDにでも行ってくるさ。ま、お前がいないんだ。

あまり奥へ行くつもりもないし、適当に狩ってくる」

ジャックはそう言い残すとさっさとゲートで飛んでいってしまった。

どうやらシーザーが起きるのをわざわざ待っていたらしい。

シーザーにとっては不愉快きわまりない展開だが、それもこれも全て自分が悪い。

「どうも最近暗くなってるなぁ・・・・・・」

両手で頬を軽く叩く。彼は自分が暗くなるのが一番嫌いだ。



「お師匠様! おはようございます」

と言っても、もう昼だが。

「お前、まだモス叩いてたのか」

ルアス森のモス群生地に現れた青い顔の師匠を、弟子は元気に出迎えた。

「はい!マイナーヒールもついさっき覚えました」

「お、そりゃ助かる。たまにポムにかけてやってくれ」

結局狩りに行けそうになかったシーザーは、ポチョムキンの修行をすることにしたのだ。

「僕でお役に立てることならッ!でもお師匠様大丈夫ですか?具合悪いって聞きましたが」

間違ってはいないのだが、具合が悪いと言ってもこの場合病気や怪我などでは断じてない。

「お前に心配されるほどやわじゃない」

「・・・・・・そうでした」



快調にぺちぺちとモスを落とすハーレーとポチョムキン。

たまにポイズンをかけるだけで良いシーザーはホントに楽だ。

夕方頃になるとすっかり二日酔いも良くなり、彼はいつもの調子を取り戻しつつあった。

そう、いつもの調子を・・・・・・。






夜のルアス民家に怒鳴り声が響く。

昼間体力を使わなかったシーザーはすっかり調子付いて、

残っていた体力を使うべく、妙齢のご婦人を口説いて寝室にお邪魔していたのだが、

なんと途中でご亭主がお帰りになられたのだ。

慌てて最低限の服を着て、窓から残りの服と靴を持って飛び出すシーザー。

後ろでは旦那の怒鳴る声、婦人の制止を嘆願する声。

そしてナイフがたくさん飛んでくる。

「殺してやるッ。」などと聞こえたが、

シーザーはおそらく一度や二度殺された程度では死なない。

「そんなに殺したきゃいつでもかかって来な。逆に殺されても文句言うなよ」

などと、聞こえるはずもない捨て台詞を吐きながら彼は走り去った。

やはり彼は、多少のことでめげる人ではない。



シーザーが身なりを整えてうちへ帰ろうかと歩いていたら、

頭にポチョムキンを乗せ、あきれた顔でこちらを見ているハーレーに出会った。

「具合、すっかり良くなられたようで何よりです」

「まぁな、おれの具合が悪いと世のご婦人方に気の毒だからな」

普段、毒舌王とコンビを組んでいるだけあって、

ハーレーごときの嫌みではびくともしない。

さらりと言い返して、ポチョムキンがシーザーの方へ跳んでくるのを受け止める。

「ところでお前、こんな時間に外で何してる?」

「あ、そうだった。お師匠様を捜していたんですよ。至急のお客さんが見えて」

「至急の客〜? 誰だ?」

「広場で何でも屋をやっているお姉さんです」

「ルエンか・・・・・・」

 ルエンがこんな時間に至急の用があって来るという事は、

 何かよほど急いで伝えねばならない情報があったって事か・・・・・・。

シーザーはまっすぐに家へと帰った。


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続く(・・・・・・と見せかけて終了。 /嘘です(汗)