第七話「反撃の狼煙」


キズタ山での戦で勝利を収めたマイソシア連合軍は、
本格的な反撃に出るための作戦会議を開いていた。

占領した町の一室に臨時で作られた会議室の机の上に地図が広げられている。

「これは占領した町で手に入れたこの世界の地図よ。
この地図によると、この町はちょうど島の東端にあたるわ。

ここから軍隊を進められそうな道は、西に一本と南に一本、
西に行くと敵の本拠地ガナッサ、南に向かうと神殿があるようね。

もちろん敵の本拠地の前には防衛用の拠点があるわね」

そこまで言ってレティシアは、ミリアのほうに視線をやった。
それを受けて、ミリアは軽くうなずいて説明を始める。

「ここからはミリアが説明しますね〜。
この本拠地前の防衛拠点というのは三箇所に等距離・・・
つまり正三角形型に配置されてます。

一つの拠点が攻められると、他の二つの拠点から援軍を送って、
挟み撃ちすることができる理想の防衛拠点ですね〜。
おそらく今の私たちでは歯が立たないと思います」

あっけらかんと言い放つミリアに、うなずきながら聞いていたキースが反論する。

「そんなのやってみなくちゃわからねぇんじゃねぇのか?
敵の兵力もわかってないのに諦めるのかよ」
その疑問にミリアではなくロジャーが答える。

「拠点が三つあるってことは・・・要するにそれだけ兵力も多いってことだ。
兵力に余裕がないなら、拠点を本拠地から一番近い場所にしぼって防衛するはずだからな。

・・・となると残るは神殿方面か・・・俺たちは今手持ちの札が一枚も無い状況だ、
まずは情報を集めて・・・それからでも遅くはねぇと思うがな」

「私はロジャーに賛成っ」
無邪気に手を上げて賛成の意をあらわすレミィ。

そんなレミィに多少疲れを感じながら、レティシアはまとめた。

「それじゃあ神殿方面に部隊を進軍させるわ。
だけどここの守りの問題があるから大部分の兵力はここにおいて、
私、キース、ロイド、セレスとキースの近衛騎士団200名だけで行くわ。
そんなに距離はないから、往復で10日ってところかしら。異論は?」

「あぁ・・・悪いが今回は俺とフレイもついてくぜ。
俺の読みが正しけりゃ・・・その方が何かと便利なはずだ。
それとレミィ、留守中の海賊団はお前さんに任せるぜ?」

ロジャーの発言に間をおかずにレミィが抗議の声をあげる。

「え〜、フレイだけなんてずる〜い!私もつれてってよ、ね?」

「だぁ〜め。お前さんには留守中の海賊団をまとめてもらわねぇとな」

「そういうこと。ごめんねレミィ、団長借りてくね」

そういってロジャーの傍らのフレイがニシシと笑う。

「うぅぅ・・・ロジャーのケチぃ・・・」
レティシアは拗ねるレミィに軽く目眩を覚えながら、
自分は彼らには絶対に馴染めないなと思った。

一方そのころマイソシア地上残留部隊は、
思いのほか手ごわい魔物の進軍に苦戦を強いられていた。

作戦会議室では前線の様子に頭を抱えるルアス第二師団の団長レザレノの姿があった。

「うぅむ・・・われらの兵は確実に数を減らしているが、
奴らにはきりがない・・・どうしたものか・・・」
レザレノが眉間にしわを寄せていると背後の扉が静かに開いた。

「これはモニカ殿」
入ってきたモニカに、うやうやしく礼をするレザレノ。
それにぺこりと頭を下げて応えてると、モニカは心配そうな表情で口を開いた。

「どうしたんですかレザレノさん、そんな顔して」

「いえ・・・実はここの所兵士の士気が芳しくなく・・・」

「押されているんですか?」

咄嗟にごまかしたレザレノの言葉に単刀直入に返す。

「いえ、決してそのようなことはなく・・・いや、押されているのですが・・・」
レザレノはモニカが苦手であった。

彼女は普段はぼんやりしているが、
こちらの言葉の微妙な声色などから、いつもレザレノの本心を見抜いてくる。

「魔物には数にきりがないのです・・・しかし我が軍は皆生身、いずれ限りがくるでしょう」

「本当に・・・そうでしょうか?」

「え?」

「本当に魔物に限りがないならば一気に押し寄せてくるはずです。
ですが彼らは戦力を分散してます。
つまり、あちらの兵力は限りがないんじゃなくて、常に補充されてるだけじゃないでしょうか?
魔物ですし十分ありえることだと思います」

レザレノはモニカの言葉に目を丸くし、そして笑った。

自分がこれまで散々頭を抱えた問題に、
目の前のまだ17の少女がいとも簡単に答えを出してしまったのだ。
悔しいをとおりこして愉快ではないか。

「はっはっは、さすがはモニカ殿。これで反撃のめどがたちました。
これまでは、戦線を維持することばかり考えていましたが・・・
今度はこちらから敵の本拠地に攻め込みましょう。
そうと決まれば善は急げ、わしは兵士たちを纏めて前線を押し返してきます」

「待ってください」
会議室を出ようと、扉に手をかけていたレザレノを呼び止めるモニカ。
瞳に決意の色を湛え、彼女は口を開いた。

「私も・・・私も戦陣に立ちます」
その瞳をみてレザレノは自分には彼女を止めることは出来ないと感じた。

「わかりました・・・モニカ殿はこのわしが命に代えてもお守りしますぞ」

「確かによ・・・付き合ってやるって言ったけど、これはねぇだろぉ?」

お約束の光景だった。

ロジャーは両手に抱えきれないほどの荷物を持たされ、
レミィは手ぶら・・・いや、買ったばかりのぬいぐるみを嬉しそうに抱いている。

いかにも幸せそうな笑顔で、よだれなんか垂らしちゃいそうなご様子。

「それによ・・・お前さん、ぬいぐるみなんか抱いてて楽しいのか?」

「何よ〜、ロジャーだってそんなに荷物抱えて楽しいの?」

「あのなぁ・・・これはお前さんが、って待てよおい」

ロジャーの抗議の声も聞かず、
次の店へ入っていくレミィとそれを必死に追いかけるロジャー。

その様子をセレスは微笑ましそうに眺めていた。

「ふふ、レミィちゃんとロジャーってホントに仲がいいんだねぇ」
「いや、あれは尻にしかれてるだけだろ」
見当違いのセレスの発言に秒で突っ込みを入れるロイド。
言い出したのはロジャーであった。

「神殿に向かったら、しばらくはもどってこれねぇかもしれねぇ。
ここならいろいろありそうだし、お前さんの買い物にも付き合ってやれると思うが?」
もちろんレミィが断るはずはない。

「ホント!やった〜!じゃあみんなも呼んでくるね」
「みんな?ってちょっと待てレミィ!俺の財布は無限じゃねぇんだぜ?」
あわてて制止しようとするロジャーだったがその声はレミィに届かず・・・。

そして今に至る。
フレイとレミィの遠慮のない催促に、
財布がどんどん軽くなっていくロジャーを遠い目でみながらロイドは一言呟く。

「哀れだな・・・」
「ねぇロイド!見て見て、これきれいだね〜」
向こうでは珍しく指輪を見てはしゃぐセレス。

セレスの指差している指輪は、
いかにも豪華なつくりで、真ん中に大きめのガーネットがはめ込んであった。

セレスの目は明らかにそれを催促していた。

ロイドは近づいてそれを手に取り、セレスにばれないようにそっと値札を見た。

(ん・・・?ゼロが多すぎて数えられないな・・・はは)
そしてまじめな顔でセレスを振り返って一言

「あきらめろ」
「え〜」

途端にあがる抗議の声を無視して店を出ようとすると、
一つの指輪がロイドの目に止まった。

それはシンプルな作りで、中心に小さいアメジストがはめ込んであった。
値段もそれほど高くない。

(これ・・・モニカに似合いそうだな)
ぼんやりと思い出されるのは、地上に残してきた少女のことだった。

今地上はどうなっているのだろうか、彼女はどうしているだろうか、
そんなことを考えてしばらくぼんやりしていた。

「ねぇ、どうしたの?」
「あ、い、いや・・・これなんてどうだ?これなら買ってやれるぞ?」

後ろから急に声をかけられ、声をどもらせながら答えてセレスに指輪を見せた。
咄嗟のいいわけだったがセレスは目を輝かせて喜んだ。

「あ、これモニカちゃんがいつもはめてるのと同じ指輪だ!本当にいいの?」

(そうか・・・これ、モニカの・・・)
自分が知らず知らずのうちに、
モニカの指輪を選んでいたことに少し驚きを感じながら、

咄嗟の言い訳とはいえ、今更取り消すわけにもいかず、
ロイドはそれをもってレジに向かった。

そのときセレスが一瞬悲しそうな表情をしたが、
ロイドはそれには気づくことはなかった。