第八話「剣聖」 「どうするのジェイク?地上のシェダも押され始めたみたいだよ。 やっぱり彼らは馬鹿じゃない。 キズタ山でも、僕らの予想をはるかに上回る大軍を一度に転移させてきたし・・・ 地上の魔物部隊が補給力はあるけれど、実質一万程度だってことも見破ってきた」 「あぁ・・・俺も今まで奴らを侮りすぎてきた。 戦略的な面にしてもそうだが・・・ イライザのいうクイックスペルを使う魔術師、 1万の大群を一度に転移させる移動魔法の使い手・・・ それに、あのキズタ山での異様な殺気。 あのリュートの部隊がたった一人の地上人に壊滅させられた・・・ まさか地上軍がここまでやるとは・・・」 そういってジェイクは不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。 「大丈夫だよジェイク、彼らがどんな力をもっていても僕たちには十二神将がいる。 僕たちの結束は、地上の軍なんかには負けないよ」 微笑みながら励ますウォルトにジェイクの表情はいくらか安らぐ。 ジェイクにとって、ウォルトは特別な存在だった。 彼は幾多の戦いをともに潜り抜けてきた戦友であり、 自分が間違った道に進もうとすると、正してくれるたった一人の親友であった。 だからこそ、ジェイクは彼の前では弱音を吐きもしたし、本音をぶつけることもした。 (俺はいい友を持ったな・・・) そう心の中で呟く。たった一言の言葉で彼の迷いはなくなった。 「すまないなウォルト。お前にはいつも助けてもらってばかりだ。 お前の言うとおり、今は神将たちの力を信じよう。 ディアナが拠点奪還の作戦を練っている・・・ 今は彼女に任せて、私は自分の仕事をこなすとしよう」 (ジェイク・・・僕はいつでも君の隣で君を助けるよ・・・) ジェイクの決意のこもった瞳をみて、ウォルトはそう誓った。 一方、3日前に出発したロイド一行は既に神殿に到着していた。 「しかしまぁ・・・ホントにすぐそばだったんだな」 あたりをきょろきょろと見回しながらキースが言う。 森の中にひっそりとあったそれは、 神殿というには簡単すぎる作りであった。 柱が12本、その上に天井。天井の下には10体の石像。 そして中心には腰に剣を下げた一人の男が立っていた。 「って男?今までいなかったぞ!何者だ!」 咄嗟に槍を構えるキースの後ろからロイドがその人物の姿をみて驚きの声をあげる。 「師匠!死んだはずじゃ・・・」 師匠と呼ばれたその男はにこやかにロイドに微笑み返した。 「やぁロイド、久しぶりだね。あぁ、私はシュメルというんだ。 実は君たちがこっちに来たんで、少しだけいいことを教えてあげようと思って来たんだ」 「いや・・・師匠、あんた死んだはずじゃ・・・」 「おっと、そうだったね。君たちはそれも知らないんだった。 じゃあ順をおって説明するとしよう。まず、ここ天上界は死者の国だ」 「死者の国ですって!?」 あまりにも突然の話に、レティシアが素っ頓狂な声をあげる。 「あぁ、そうさ。 ここで生きるものはみな一度死に、 女神フリッグのサーヴァントとなることによって蘇り、この地に暮らしている」 「その・・・サーヴァントって?それに女神フリッグっていうのは何者なの?」 「あぁ、女神フリッグというのは、この世界にいる七人の神々の一人さ。 他の神の名は、面倒なのでちょっと割愛。 それでサーヴァント・・・つまり従者というのは、 本来人間界の様子を感知することのできない神々が、 人間界の様子を把握し、関与するために、 自分たちの分身として、魔力的に契約を結んだ人間のことさ。 サーヴァントとなった人間は、 契約の主である神々と常に精神が結ばれた状態になり、 神の目となり、耳となり、時に人間界に修正を加えることを代償に、 不老不死と神の力の一端を得ることができる。 まぁとはいえ、神々にはサーヴァントの行動を強制することはできないんだけどね」 「話し振りを見る限り・・・そんなに多くの人数と契約できるとは思えないんだけど?」 レティシアが訝しそうに疑問を口にする。 「ふふ・・・なかなか頭のいい子だね。 ロイド、いい友人をもったね。そう、君の言うとおり本来サーヴァントは一人が限界だ。 多くの人間と精神を同調させてしまうと、 人間の魂の穢れに当てられて、神といえども魂が穢れてしまうからね。 だが女神フリッグはどうやら独自の方法で、 多数のサーヴァントと契約を結ぶ方法を見つけたようだ。 そうして多数のサーヴァントと契約を結んだ彼女は、 彼らを使って無茶な修正をしようとしている。 つまり・・・地上を死者の国にしようとしているんだ」 「そんな・・・何のために!」 「それはわからない。 しかし彼女のしていることは魂の循環を止め、 今まで神々の築いて来た世界を壊す行為だ。 見逃すわけにはいかない。私はそれを君たちに教えに来たのさ」 「けれど師匠・・・ 師匠がここにいるってことは師匠もフリッグのサーヴァントに・・・」 問いかけるロイドには答えずシュメルは無言で剣を抜き、それを構えた。 「師匠・・・まさか・・・」 「真実を知りたければ・・・私に勝ってみせることです」 そういったシュメルの姿は、すでにその場にはない。 すばやくロイドの背後に回りこみ、神速の一太刀を浴びせる。 「くっ・・・!」 なんとかかわすものの大きくバランスを崩すロイド、そこに再び剣が振り下ろされる。 カキィィン! 「ひゅぅ・・・間一髪だぜ」 横合いから差し込まれた槍がそれを遮る。 「あんまり乗り気じゃあねぇが・・・俺も少しは助太刀するか」 そういってロジャーは、剣を槍で止められたシュメルに蹴りを見舞う。 しかし、必中の間合いで繰り出されたそれは難なくかわされ、 すでにキースを突き飛ばしたシュメルに返す刀で切り込まれる。 その速度は神速、人の身でかわせるものではない。 (間合いが近すぎる・・・よけきれねぇか!) かわせない一太刀にロジャーは回避を試みながらも皮膚硬化の気を練る。 しかしシュメルの一太刀はそれを物ともせずロジャーの腕を切り裂く。 「リカバリ!」 間髪いれずにセレスが回復する。 それを視界に捕らえたシュメルの標的が、今度はセレスに変わる。 「させるかよ!」 駆け出そうとするシュメルにロイドが斬りかかるが、 シュメルはそれを難なく受け止めてみせる。 「ふ・・・どうしましたロイド、君の実力はこの程度かい?」 「くそ!」 鍔迫り合いになった剣を突き放して距離をとり、 そして前方の敵に必殺の一撃を見舞うべく剣を構えた。 「甘い」 視界は黒にそまり、次の瞬間自分の首が飛ぶことを認識した。 認識していたことでかろうじて後ろに体を反らす。 それとほぼ同時に首を刃が掠めた。 驚くべきことに、突き放したはずの相手は瞬時に間合いを詰め、 ロイドが視認するより早く必殺の一撃をくりだしてきたのだ。 「む・・・死覚ですか・・・ 君のそれはまだ健在のようだね。少し本気で戦いたくなったよ」 そういったシュメルの表情は先ほどまでと変わらない。 しかし彼の空いていた左手には、どこから持ち出したのか新しい剣が握られている。 左右にまったく形の異なる剣を一振りづつ、それは二刀流でもない。 どの剣士に聞いても、このような戦い方は知らぬというだろう。 なぜなら、それは彼にしか扱えない剣技だったのだから。 場の空気が変わった、それを悟ったロイドはただ一言言った。 「こいつは俺一人でやる」 剣に気を込める。刀身がうっすらと光を帯びる。 先に切り込んだのはシュメル、 一足で間合いを詰めて、相手の首めがけて必殺の一撃を繰り出す。 ロイドはそれをぎりぎりでかわし、返す刃で相手の首を狙う。 しかしそれも左の剣に阻まれる。矢継ぎ早に右の剣が首を狙う。 またもかわすが、かわした先に左の剣の追撃が来る。 それをかわすと次は右、そして左、 リズムよく繰り出される剣は反撃の余地すらない。 劣勢とさとり、ロイドのほうから距離をとる。 しかしそれも一瞬にして詰められ、先ほどの続きが始まる。 無限に続く剣舞、抜け出すことはできない。目の前にいる敵はただ速く、ただ鋭い。 しかしそれが剣士の適正、人である限り技量において彼を上回ることはできない。 果てしなく続く剣舞、かわすごとに鋭さを増すそれは、 もうどれだけかわしたかもわからない。 しかし、反撃できない以上先に首が飛ぶのはロイドである。 ただそれが早いか遅いかだけ。 そしてその瞬間はやってきた。右の剣を避けようと後ずさった足が滑る。 バランスを崩したロイドの首にシュメルの剣が走り・・・そしてとまった。 「ふむ・・・合格です。強くなりましたね、ロイド」 シュメルは場にそぐわない笑顔でそう言い放ち、 「はぁ・・・はぁ・・・少しは・・・手を抜け・・・」 ロイドは当たり前のように息を整えながら答える。 「ちょっと・・・あんたたちどういうことよ」 明らかに不機嫌な目でレティシアがロイドをにらむ。 「いや・・・これは・・・俺と師匠のいつもの訓練で・・・」 しどろもどろになりながらこたえるロイド。 「ってことはロイド、あなた最初からきづいてたのね・・・」 追求するレティシアの目は冷たい。 「まぁまぁ・・・そのくらいにしてあげてください」 気おされるロイドにいたたまれなくなったのか横からシュメルが口を挟む。 「それに・・・ことはもう始まってしまった。 下では既に戦が始まっている。 私はロイドにそこにいく資格があるかどうか試しただけです。 急がないとあなたたちの盟主もあぶない」 「盟主・・・ってまさかモニカ!?どうしてモニカが戦場にいるのよ!」 「それは彼女が自ら望んだからだろう。 あそこにはシェダがいる・・・モニカがいるとなれば、見逃す筈はないでしょう。 天地の門はすぐ先にある。 幸い兵士もいくらかつれているようだし、いくなら急いだほうがいい」 「シェダ・・・?まぁいいわ、今はとりあえず急がなきゃ、行くわよキース」 「・・・・・・」 「キース?」 「・・・・・・」 「キース!」 「・・・・・・」 「キース!!!」 「え!?あぁ・・・どうした?」 「どうした?じゃないわよ、あんた今までの話聞いてたの?急ぐわよ」 そういって先にいこうとするレティシアを、 いつになく険しい表情で見上げたあと、彼は意を決して呼び止めた。 「なぁ・・・お前、ここにのこらないか?お前があっちにいくのはあぶない」 その言葉がよほど予想外だったのかレティシアの足が止まる。 「そんなことできるわけないでしょ。あの子は私の妹なの、私が助けに行かなきゃ」 あっさりといって歩き出すレティシアの後ろで、 彼はまだ険しい表情をしていたが、もう彼女をとめることはしなかった。