第六話「金色の風」


「地上の軍は何やってるのよ〜!もう一ヶ月も待ってるけど全然こないじゃない!」

キズタ山では既にカイザーの修道士隊2000、
リーナ率いる遊撃特殊部隊500が、
部隊を木陰に潜ませて地上軍の到着を待ち構えていた。

加えて、山麓にはリュートの強襲騎馬隊500とイライザの魔術師隊1000、
司令官ジェイク率いる近衛師団500も控えている。

まさに究極の一撃必殺の布陣である。

「リーナ様!山頂に地上軍が現れました!」
「ホント!?やったぁ〜!やっと帰れるよ〜。それで数は?」
報告を聞いて喜びをこらえられない様子のリーナとは対照的に、
伝令の兵士は顔面を蒼白にしながら答えた。

「それが・・・リーナ様・・・敵の兵力およそ1万、想定していた兵力の10倍です・・・」
「え・・・嘘・・・」

「全軍続け!ここが正念場だ!待ち伏せしている敵を殲滅するぞ!」
「ジャッジメントはマジカルシェル展開!
ディープブルーは敵の伏兵をしとめて!これは掃討戦よ!一人残らず敵を倒しなさい!」
気合とともに突撃する第三師団を見ながら、本陣の女王レティシアも指示をとばしていた。

その傍らでは、キースが不安そうにその様子をうかがっている。

「おい、ちょっとレティシア。西からの防御が薄いんじゃねぇのか?」
「うるさいわね、西は崖よ?いくらなんでも崖から敵はこないわ」

「崖って言っても斜面が急なだけだぜ?
やっぱもう少し防御を厚くしといたほうがいいんじゃねぇのか?
どうも俺の近衛だけってのは不安なんだが・・・」
「わかったわよ・・・ジャッジメントを西側に移動させるわ」
しぶしぶといった表情でジャッジメントに移動を指示するレティシアだったが、
キースはまだ不安を拭いきれないでいた。

(なんだこの胸騒ぎは・・・)

戦況は確実に地上軍優勢であった。

もともと1000の兵力を相手にするはずであった天上界軍は、一撃必殺を想定しており、

長期戦・・・ましてや数において、
圧倒的不利なこの戦いで勝利できる可能性などまったくなかった。

天上界軍の司令官ジェイクはこの絶望的な状況を見て既に撤退を決意していた。

「く・・・なるほど、ウォルトの勘は正しかったか。
だが、ただ引くわけにはいかないな。

リュート、お前は崖になっている西側から強襲騎馬隊で奇襲をかけろ。
敵を混乱させたら、すぐに帰還してかまわない」

「わかった。よし!リュート騎馬隊、出るぞ!」
掛声とともにエルモアにまたがった白銀の騎士たちは、
緑の甲冑に身を包んだリュートに続いて進軍を始めた。

そしてそれは確実に地上軍の本陣・・・女王レティシアを捉えていた。

カシェル率いるディープブルーは、既に撤退を始めたカイザー隊の掃討に当たっていた。

「支援隊詠唱やめー!ここからは支援隊も小隊規模で掃討にあたれ!」

「いいタイミングです。カシェルも立派になりましたね」

「姉さん・・・僕だってもう指揮官なんだ、いつまでも子供扱いしないでよ」
兵士の鼓舞から戻り、傍らで微笑むミリアにカシェルはむっとした表情で答えた。

「ふふ・・・そうですね、カシェルはミリアの自慢の弟です」

(もう・・・また子ども扱いしてる。
それよりさっきから本陣のほうが騒がしいな・・・もう勝利に浮かれてるのか?)
姉の返事にまだどこか不満そうなまま本陣を見たカシェルの表情は、
その先に広がる信じがたい光景に見る見る凍っていった。

「姉さん・・・あれ・・・」
カシェルの視線の先では数百のエルモアたちが、
女王レティシアのいる本陣めがけて、急な傾斜を物ともせずに登っていた。

それを王国近衛騎士団は必死の抵抗で食い止めているが、
既に陣形は乱れ、突破は時間の問題のように思えた。

「ロイド!西から敵が!」

「なんだって!西はレティシアのいる本陣じゃないか・・・
しかも西側からの守りは手薄だ。まずい、突破されかねないぞ・・・」

「レティシアの守りに兵力は裂けないの?」

「だめだ・・・今からじゃ間に合わない、
それに前線で戦ってる俺たちが後方に下がれば、全軍総崩れになりかねない」
ロイドの返事にセレスの表情は絶望にそまっていった。

「そんな・・・レティシア・・・」

「くそっ、やっぱりか!ジャッジメントはまだか!」
西から登って来る騎馬隊を見下ろしながら、キースは落ち着きなく叫んだ。

その表情からは、普段の飄々とした余裕は失われ、あせりに染まっていた。

「ごめんなさいキース・・・あなたの忠告を聞いていれば・・・」
「仕方ないさ・・・あの騎馬隊は俺の近衛じゃ止められない・・・
どうするレティシア?近衛が時間を稼いでる間に逃げるか?」

「そんなわけにはいかないわ・・・
ここで私が逃げれば前線のセレスたちはどうなるの?
総崩れになって後方からあの部隊に挟み撃ちにされるわ・・・」

その返事を聞くとキースは少し考えた後、何かを決意したようにふっと笑った。

「そっか・・・仕方ねぇな、まぁお前がそこまで言うなら何とかしてやるよ」

「キース・・・ごめんなさい、あなたまで巻き込んでしまって」

キースはそれには返事を返さず、
いつものように振り返らず手を振って本陣に迫るエルモア強襲部隊に対峙した。

強襲部隊は既に崖を登りきり、近衛騎士団を蹂躙し始めていた。

「どうやら大当たりだったようだねぇ!このまま大将の首はいただくよ!」
リュートがそう叫んだときだった。
あたりの空気は変わり、吐き気を催すほどの殺気が立ち込めた。

・・・そこには金色の風が吹いていた。
金色の風は騎士たちを巻き込み、赤い雨を降らせ、肉塊の山を築いた。

騎手を失ったエルモアたちも風に巻かれ、なぎ倒される。

一度動き始めた騎士の進軍はそう簡単にとまることは出来ず、
次々と金色の風に巻き込まれていく。

殺戮の風に空間は軋み、殺意の波に時は凍った。
やがて騎士の進軍はとまり、金色の風も止んだ。

殺戮の中心に立っているのは金色の髪を肩まで伸ばした青年であった。

彼は返り血にそまり・・・そしてその口元には笑みが浮かんでいるように見えた。

「次は・・・あんたか?」
われに返ったリュートは全身から流れ出す冷や汗を感じながら叫んだ。

「ぜ・・・全軍引け!進むな!引けー!」

レティシアは目の前で起こった殺戮の主を見つめていた。
彼の髪はすでに元の茶色にもどり、肩まで伸びていた髪も元に戻っていた。
彼は振り向いて、そして寂しそうに下を向いた。

「キース・・・さっきのはいったい・・・それに髪・・・」

「やっぱ俺・・・嫌われちまったかな・・・」

寂しそうに笑いながら言った少年の声には、
自分の行った殺戮に対する後悔がこもっていた。

「バカ・・・あんたは私のためにやってくれたんでしょ?
そんなあんたを嫌いになれるわけないじゃない・・・」

「ごめんな・・・レティシア」

「そのかわり・・・二度とあんな戦い方をしないで」

「ありがとう・・・約束する」

レティシアは力なく笑うキースをやさしく抱きしめた。

「ねぇロジャー・・・さっきすごい寒気がしたんだけど・・・」
既に撤退を始めた敵軍を見ながらレミィは顔を蒼白にしていた。

「あぁ・・・たぶんキースの奴だろう」
「キース?・・・あの人が?」

「あの野郎・・・何か隠してるとはおもったが・・・あの殺気ただごとじゃあねぇな」
「あの人・・・悪い人なの?」

「さぁな・・・ただ奴のおかげで姫様も助かった・・・信用は出来るとおもうが・・・
ま、とりあえず戦は終わった、これ以上の追撃は無意味だ。ロジャー海賊団、帰還するぞ!」

「アイアイ!」
ロジャー海賊団の帰還に合わせて全軍帰還を始め、キズタ山の戦は幕を下ろした。

歴史上初の天上界での戦、その決着の瞬間である。