第五話「異界の地」


ところ変わってここはスオミの臨時作戦会議室である。

出陣を前に女王レティシアと宰相ミリア、
スオミ代表のモニカが最後の確認をしているところだった。

「それで・・・あちら側の待ち伏せへの対策は出来そうなの?」

「はい。一足先にミリアがあっちにいってみたんですが、
ついた先は山の頂上で、今の兵力を布陣するには最適の環境です。
それに、敵側からは切り立った斜面を見上げることになって、容易に手を出せないはずです。

幸い天地の門でつながっているおかげで、
いくら包囲されても補給路だけは確保できますし、

あちら側に渡ってしまえば、何とかなるとおもいます。

それでですね・・・ここからが重要なんですよ。

ミリアがあっちで移動魔法を使おうとしたら、まったくマナが紡げなかったんです。

おそらく世界の構成が違うせいで、術式もまったく違うものになってるんだと思うんですよ。

天地の門を使うと、こちらに戻ってくることはできるみたいなんですけど・・・

たとえリコール用の媒体が見つかったとしても、
今までのように移動魔法を使った撤退などの戦術は使えなくなりますね。

それにそもそもあっちは大気のマナの濃度が薄くて、
移動魔法の着地点に適した場所がほとんどなさそうでした。

あ、でも近距離移動魔法は使えましたよ」

「なるほど・・・つまり敵地での移動効率は、
あちらのほうがはるかに上ってことね・・・これは厄介ね・・・
まぁ考えても仕方ないわ、奇襲を受ける可能性が少ないだけましね。
それと・・・モニカはここに残りなさい」

「え〜、何でですか?私もおねえちゃんと一緒にいきます」
突然の姉の言葉に信じられないといった様子で反抗する。

「それは駄目よモニカ、あなたは地上に残る部隊を指揮して頂戴。
私達二人ともがあっちに言ってしまったら、兵士の士気にも影響するわ」

「そんなぁ・・・せっかく会えたのに・・・」

「甘えないで、あなたは王族でしょう?それくらい我慢しなさい」
モニカは冷たく突き放す姉の言葉に寂しそうにうな垂れてしまった。

(あなたを危険なところに連れて行きたくないのよ・・・ごめんね、モニカ)
心の中でモニカに謝ってから、
ミリアのほうを向いたレティシアの表情は、既に女王のそれであった。

「それじゃあそろそろ出陣の合図をするわ」
「あ、はい」
ミリアは短く返事をして、すでに会議室の扉に向かうレティシアのすぐ後に続いた。

扉の向こうにはすでにマイソシア連合軍四万の兵が整列して、女王の出陣の合図を待っていた。

地上に残りルアスからの侵攻を食い止めるのが
サラセン勢12000、
ルアス第二師団8000、
ルケシオン盗賊ギルド6000。

天上界にわたり敵の拠点をたたくのが
ルアス第三師団5000、
ルアス近衛騎士団200、
スオミ魔術師部隊2000、
ロジャー海賊団300、
聖職者協会対魔物部隊4000。

先の騒乱の復興がまだ完全ではなく、マイソシアにはこれが動かせる精一杯の戦力であった。

(今はこの戦力で戦い抜けることを信じるしかないわね・・・)
レティシアはそう心の中でつぶやき、兵士に向かっていった。

「マイソシア騒乱から三ヶ月、
この三ヶ月の間に諸国は手を携えてマイソシアの復興を行ってきました。

そして今また異界からの侵略が始まり、
このマイソシアの地に戦乱の渦が巻き起ころうとしています。

これは、私たちの結束に対して与えられた試練ではないでしょうか?

この戦いに勝利し、私たちの故郷を守ることが・・・私たちの明日の平和、
ひいてはこれから先のマイソシアの復興の足がかりになると私は信じます。

異界の敵は計り知れず、凶悪です。

ですが、私はこの大陸に住むすべての人々の・・・その結束の力を信じています。

兵士たちよ!
あなたたちもこの大陸に住むすべての人々の代表として、結束の力を信じてください!

そして、必ずこの戦いに生き抜いて勝利しましょう!」
そこまでいうとレティシアは目をつぶり深呼吸をした後、短く告げた。

「出陣!」

レティシアの出陣の合図を聞きながらもロイドはあせっていた。

「まだかよ・・・もう進軍は始まっちまったぜ・・・何やってるんだよ・・・」

「なぁにいらいらしてんの?もしかして・・・うちのレミィがいねぇのと何か関係あるのか?」
ロジャーに図星をつかれてロイドはあわてた様子で答えた。

「あ・・・いや・・・その・・・わりぃ、お前んとこのレミィをパシリに使っちまった・・・」
「なにぃ?あいつがそんな簡単に使われるたまかねぇ・・・餌は何を使ったの?」

「ロ・・・ロジャーと買い物一回券・・・」

「・・・・・・ま、そんなこったろうと思ったぜ。言っとくが俺は付き合う気はねぇぞ?」
「そ、そういうなよ・・・あ、そうだ、そういえばロジャー、
お前ちょっと前、ルアスで団員でも取引相手でもない女と歩いてたよな・・・?」

「お、おめぇずるいぞ!」
(適当に鎌かけただけだったんだがな・・・)

さすがに後ろめたさを感じ目線をそらしたその先では、話題の主が頬を膨らまして怒っていた。

「ロジャー、今の話なに・・・?」
思わぬ人物の登場にあわてて弁解するロジャー。

「ま、まて!誤解だ!そんな目で俺をみるな!」
「フンだ!ロジャーのバカ!」

「しかたねぇ・・・あっちから帰ったら、買い物に付き合ってやるよ・・・な?それで勘弁してくれ」

「もうしない?」
「あぁ、しないさ」

「なら、今回だけ許してあげるよ。
買い物どこいこっかなぁ・・・新しい靴も欲しいし、
フレイに似合いそうな帽子を探すのもいいなぁ・・・」

何とかご機嫌取りに成功したロジャーが、やれやれといった様子でため息をついた。

「はぁ・・・それで、お前さんロイドになんか頼まれてたんじゃねぇのか?」
「あ、そうだった。はいロイド、買い物・・・ありがとね♪」

にこやかに笑いながら腰に下げていた皮の袋をロイドに手渡した。

「あぁ、サンキューレミィ。あんまりロジャーをつれまわしてやるなよ」
いいながらロイドは皮袋から真紅の剣を取り出すと腰に下げた鞘に収めた。

「そいつぁ・・・コロナか?」
「あぁ、ルアス森の俺の小屋に忘れたのをレミィに頼んでとってきてもらったんだ」

「とするとその皮袋はパーマネンスの皮袋か?
おめぇさんがそんな貴重なものをもってるとはな」
「昔師匠のところでもらってね、今じゃ形見みたいなものさ」

紅蓮剣はこの世に残る三大魔武具のひとつであり、
細く透き通った刀身が赤みを帯びているのを太陽になぞらえて、コロナと名づけられている。

三大魔武具はすべて1200年前の刀匠バドによるもので、

ルアス王国に保管されていた吸魂槍デスパイア、

マイソシア騒乱時に聖職者協会からセレスの手にわたった退魔杖メモリーズ、

そしてロイド=クリムゾンのもつ紅蓮剣コロナの事を指す。

バートンの残した自伝には、これらの他にも

砕神拳カルマ、飛燕刀ミラージュ、蒼海珠テスタメント

という名前が出てくるが、現在どこにあるかは行方知れずとなっている。

これら三大魔武具は決して刃こぼれすることがなく、
すべて持ち主の魔力や気、潜在能力までも高める力を持っていて、
武具としての単純な性能においても、群を抜いて高い。

しかし持ち主の潜在能力を高める特性上極端に使い手を選び、
それを手にとる資格のないものが触れてもその場から動かすことすらできない。

パーマネンスの皮袋は、
同じくバドのつくった三大魔武具用の結界無力化魔術を込めた皮袋である。

これを使うことによって、適格者でなくても魔武具の保管や持ち運びができるようになるが、
現在ではそのほとんどが盗難や火事で失われ、数えるほどしか残っていないといわれている。

「さて・・・いよいよ転送だな」
鞘にコロナを収めたロイドが確認するように言った。

「あぁ・・・忘れ物はねぇな?いくぞレミィ」
「うん!ロジャーのためなら私がんばっちゃうよ♪」

「皆さんちゃんといますか〜?これから転送を始めますよ〜」
天地の門の前に立ったフレイは全軍がそろったのを確認して詠唱を始めた。

『大気にやどりし万物の理よ、わが言の葉に答えひと時役目を忘れたまえ・・・ウィザートゲート』
朗々と響く詠唱に応えるかのように大気がゆがみ始める。

この進軍が地上軍の反撃の幕開けであり、
彼の地での戦いが一人の男の運命を大きく決定づけるのだが・・・

それは次回に譲るとしよう。