第三話「スオミ湖畔戦」その2


戦局はすでに収束していた。
東西からの奇襲を受けた異形の甲冑はなおも突撃を続けるが、

スオミの魔道士隊<ディープブルー>、
レザレノ率いるルアス第二師団、
ロジャー海賊団、
サラセンの砂漠の民、
聖職者協会対魔物部隊<ジャッジメント>、
そしてロイドが急ごしらえで纏め上げたルアス第三師団の生き残り部隊

に包囲され、その数を急激に減らし、すでに数百余りとなっていた。

「102匹目だ!」
気合とともに炎の剣気をまとった剣でウェンディゴを屠ったロイドは、安堵のため息をもらした。

「ふぅ・・・ほとんど駆逐できたな・・・これもロジャーのおかげだぜ」
その瞬間、遠くで地鳴りの音がしたかと思うと、
次の瞬間10数名の兵士たちが宙を舞った。

殺戮の主は手に骸骨をもち、黒いローブに身を包んだ女であった。

「ふふ・・・もろいわね」
吹き飛ばされたのは弟の代わりにミリアの率いていた魔道士部隊の前線部隊であった。

「なにものですか!?」
「あら・・・人間にしては珍しい魔力ね・・・あなた、遊んであげてもいいわよ?」

「敵・・・ですか?」
「頭の悪い女は嫌われるわよ?」

そう冷たく言い放つと女は詠唱を始めた。

『闇穿つ炎帝の焔よ、我が前に来りて敵をこがせ・・・フレアバースト』
女の詠唱が終わると同時に灼熱の炎がミリアをつつんだ・・・が、その瞬間

ゴオォ!

ミリアを中心に冷気の渦が巻き起こり、一瞬にして炎を消し飛ばした。

「馬鹿な、詠唱の気配はなかったはず・・・」
驚く女にミリアは笑顔で答える。

「ミリアは詠唱せずに魔法が唱えられるんですよ〜」
それを聞いた女は一瞬考えるような表情になり、それからにやりと笑っていった。

「なるほどね・・・失われた詠唱技術<クイックスペル>か・・・
私でもできない技術をもってるなんて、あなたなかなかやるわね」

「そんなことないですよ〜、モニカさんもできますよ?
確かにわたしとモニカさん以外は使えませんけどね〜」

「なるほど・・・虫けらだと思って手を抜くと痛い目を見そうね・・・。
いいわ、本気をだしてあげる。私の名前はイライザ・・・冥土まで覚えておくことね・・・」
そういうとイライザは手にもった骸骨を高く掲げ再び詠唱を始めた。

『我らが愛する炎の主よ、我が言の葉を灼熱の契りとなし、
炎帝の抱擁をかの者に・・・ビッグフレアバースト』
先の炎よりさらに一回り大きな炎がミリアを包む。

「これはアイススパイラル程度では打ち消せないわよ?どうするのかしら?」
「こうすればいんですよ〜」

予想していなかった後ろからの声に振り向くと、
そこではミリアが笑顔で風のマナを紡いでいた。

「ライトニングボルト」
ミリアの一声とともに至近距離で放たれた稲妻をかわせる筈も無く、
イライザはその場に膝をついた。

「く・・・さすがね・・・どういうトリックかしら・・・?」
「たまたまテレポートランダムの運がよかっただけですよ〜」

「ふふ・・・運も実力のうち・・・か、
でもまだ死ぬわけには行かないわ。ごめんなさい」
そういうとイライザは手にした骸骨に念を込め始めた。

「見逃してもらえるかしら?」
「そんなわけにもいかないんですよ〜」

「そう、じゃあ仕方ないわね。この魔法はつかれるのだけど・・・」
次の瞬間彼女の周りに青く光る魔方陣が出現した。

「じゃあね、またあったら相手してあげるわ」
そういうと青い光だけを残して彼女はその場から消えていた。

戦いの後の静けさを感じながら、赤いリボンの魔術師はつぶやいた。

「はぁ・・・魔法を使うのもつかれますね」

湖畔戦の終結後、各勢力の長は代表室で緊急会議を開いていた。

「というわけで・・・ここ、スオミの天地の門の場所はうちの船員に言って調べさせた。
それでその門の開き方もわかったわけだが・・・どうする姫様?もう乗り込むかい?」
ロジャーに聞かれた女王は皆の視線を感じため息をついた。

「はぁ・・・なんであたしに聞くの?スオミ盟約の盟主はモニカでしょ?」
それを聞いたキースはいつもの調子で口を挟んだ。

「わかんねぇのか?みんなリーダーはレティシアだと思ってるんだぜ?
それに盟主の変更はまだ済んでねぇしな」

周りの者たちもそれに同意するように、うなずいて再びレティシアに視線を向ける。

それを受けて、レティシアはしぶしぶといった様子で口を開いた。

「わかんないわね・・・なんであたしがリーダーなのかしら?
まぁいいわ、それで門の開き方っていうのは?」

「あぁ・・・フレイ!」

「はいはい〜、えっとですね〜・・・
この天地の門というのは高度な移動魔法補助装置でですね〜・・・

門の左右に取り付けられた石のようなものが、
移動魔法の波動を感知して術者の天上界への移動を補助する仕組みになってます。

要するに魔力と天上界の認識があれば誰でも向こう側に渡れるということですね〜」

「でもこの中で移動魔法を使えるのは極一部の人だけだと思います。
どうやってこの軍勢を天上界に送り出すんですか?
魔術師が天上界と地上を往復したとしても、
おそらく10往復や20往復じゃきかないと思います」

モニカが口にしたのは誰もが思う極自然な疑問であった。
そう、この世界の移動魔法はかなり高等な魔術であり、それ以上に先天的な才能に依存した魔術であった。

そのために高度な術式制御能力をもった魔術士でも、
適正がなければ習得はむずかしいとされていた。

そのモニカの疑問に、
それまで隅で一人猫と戯れていたレミィが立ち上がって
得意満面の表情で心なしか胸をそらせて答えた。

「それなら任せてよ。なんたってここにいるフレイは移動魔法のエキスパートなんだから」
「移動魔法のエキスパートって・・・一人ぐらいエキスパートがいても変わらないじゃない」

「う・・・」

冷たい女王の視線に気圧されるレミィに苦笑しながらフレイがフォローをだす。
「大丈夫ですよレティシア様。
試したことはないですけど、
私の移動魔法は一度に10万人ぐらいまでなら飛ばせると思います」

「10万人!?・・・魔道の常識を超えてるわ」

「それなら・・・一度の詠唱で全部の部隊を移動できますね」

「まぁそういうわけだから門の通過に関しては問題はねぇ。どうするかは姫様次第だぜ?」

ロジャーに促されレティシアは決断を下す。

「そう・・・わかったわ。
進軍はルケシオン勢に援軍の要請を出してから三ヶ月後、
それまでにロイドとキースは自分の団の補充と再編成を済ませておきなさい。

それとルアス方面からはさみうちにあうのはごめんね・・・
いくらかの兵力は地上に残していくから、戦力の割り振りはミリアに任せるわ。

以上、異論がなければ今夜はこれで解散にするわ」

女王の采配を受けてその夜の集会は解散となった。

「レティシア、さっきはお前らしくなかったな」

「何がよ・・・」

集会の後キースは一人湖を眺めるレティシアの姿を見つけて話しかけていた。

「いやさ・・・ロジャーにどうするか聞かれたときに珍しく歯切れ悪かったなって」

「それが何よ・・・あたしだってそういう日もあるわよ」
冷たくあしらわれるもさらにキースは問い詰める。

「お前・・・本当は女王なんてやめたいんじゃないのか?」

「何よ・・・そりゃあ私の決断で人の生死が決まるなんて正直嫌だけど・・・もう慣れたわよ」

レティシアの歯切れの悪い返事を聞いたキースは、
目を輝かせてレティシアの前に回りこんだ。

「ならよ!やめちまえよ!俺がやめさせてやる!女王なんてさ!」
思いもしなかったキースの言葉に、
レティシアは心なしか瞳を潤ませているように見えた。

「キース・・・」
「ん?」

いつもよりも色っぽいレティシアの瞳にキースは少しどきっとした・・・次の瞬間。

「そんなことできるか!このバカキース!」
レティシアの体重の乗った右ストレートが彼を宙に飛ばしていた。

「ぐはぁっ!な、なんで〜?」
あわれキース、今日も夜明けの太陽を背景に宙を舞うのであった。