第十話「故郷」 ここはどこだろう。 知らないはずなのに懐かしい。懐かしくて暖かい場所。 目覚めた俺はベッドの上にいた。 見知らぬ部屋、窓から見える景色も見たことのないもの。 だけど、どこか懐かしい。 いつまでもこうしているわけにもいかないので部屋を出てみる。 「あ、おはようございます。姉さんよんできますね」 部屋をでてすぐに見知らぬ少女が俺に声をかけてきた。 見たこともない服を着て、手には箒を持っている。 顔は見覚えがある・・・確かあれは・・・ 「おはようティファ」 俺はまだ考えているというのに、俺の口が勝手にしゃべった。 そしてそのまま、俺の意思とは無関係に席についた。 そこでこれが夢だと気づいた。 暖かい空気に懐かしい心地。たまにはこんな夢もいい。 そんなことを考えつつぼんやりしていると、さっきとは違う少女が居間にやって来た。 「おはようスレイン、今朝はやけに早起きね」 これまた見たこともない服を着ている。 顔は見覚えがあるが、やっぱり思い出せない。 「あぁ、今日はそんな気分だったから」 「そんな気分ってどんな気分よ。まぁいいわ、 今日は庭の手入れ手伝ってもらうんだから、元気なのはいいことね」 「えっと、その事なんだけど・・・悪いけど無理なんだ。 注文してたものができたから、それをとりにいかなきゃいけなくなった」 「なるほど・・・あたしと庭仕事よりも、 その注文してたもののほうが大事だっていうの?」 少女の目に殺気がこもる。全身総毛立つような悪寒。 まずい、今すぐ逃げなくては・・・俺はこの目を知っている。 記憶が曖昧だが、この目が危険だということだけはわかる。 「そりゃそうさ。だって明日はジェシカの誕生日だろ?」 時が凍りつく。目の前の少女も唖然としている。 「な・・・意味わかんないわよ!」 顔を真っ赤にしてどなる。様子からして大体の意味は察しているようだ。 「そういうことだから今からいってくるよ」 そういって席を立つ俺。 どうでもいいが、彼は朝食は食べないのだろうか。 実は俺も朝食は食べない。 世の中の朝食を食べる奴は、日々の積み重ねで、 どれだけの時間を磨耗しているかということに気づいていないのだろう。 本当にどうでもいいな。 「あれ?スレインさんもうでるんですか?」 玄関まで来たところで、不意打ち的に後ろから声をかけられる。 声の主は妹のティファだった。 「あぁ、留守番はティファに任せる」 「任されました」 そういってぽんと胸をたたく。 「じゃあいってくるよ」 そういって俺は扉を開ける。 空を見上げると太陽の光がまぶしくて思わず目を細める。 「お姉ちゃん素直じゃないけど、 スレインさんが誕生日を祝ってくれるのが本当は嬉しいんですよ」 後ろからそんな声が聞こえた気がした。 「ん・・・」 目を開ける。そこは見慣れた王宮の一室だった。 「あ、ロイドさん気がついたんですか?」 少女が覗き込んでくる。 「ティファ?」 「へ?」 しまった。 「いや・・・なんでもない、おはようモニカ」 「おはようじゃないですよ、誰ですかティファって」 「そういえば昨日の傷はもう大丈夫なのか?」 「セレスさんのおかげで傷口はふさがりました。 もうすこし安静にしていれば大丈夫らしいです」 「そっか、安心した」 「ところでティファって誰なんですか?」 ごまかしもきかないようだ。 「いや・・・夢で見たんだ。 モニカにそっくりの顔をしてて、夢の中の俺はティファって呼んでた」 「なんか嘘ついてないですか?」 「ついてない」 「わかりました」 いやにあっさりと引き下がってくれた。 モニカは割と疑り深くて、こう簡単に信じてくれたのは少し驚いた。 「なぁロイド、そろそろ俺に気づいてくれ」 驚いていると横から情けない声が上がる。 「ん?キース、お前何してるんだ?」 「お前の心配して見に来てやったんだよ!」 なるほど、看ててやったんじゃなくて、見に来てやったっていうのはキースらしい。 「ったくお前はのんきに夢なんてみてるしな〜。 どうせその夢レティシアも出てきたんだろ?」 「そうなんですか?」 なぜかモニカものってくる。 「よくわかったな。ちなみに夢の中でレティシアはジェシカって名前だった」 「なるほど・・・」 何がなるほどなのかわからないが、キースは難しい顔で考えている。 一方モニカも何かを考え込んでいる。 「そういえばキース、お前なんであの翼の男のこと知ってたんだ?」 わけもわからず訪れた沈黙が気まずくて口を開いた。 それにこれは気になっていたことだ。 「ん?あぁ・・・あいつとは知り合いだったんだ」 「お前天上に知り合いとかいたのか?」 「あぁ、生きてるときにちょっとな」 「そうか・・・」 詳しく聞いてみようかとも思ったが、キースの厳しい表情がそれをゆるさなかった。 (まぁ、どうでもいいか・・・) 正直キースはうさんくさい奴だ。 奴の素性は嘘で固められている。 戦闘に関しては素人だというのは嘘、挙句の果てにあんな人間離れした殺気を放った。 おそらく今の返事にもいくらかの嘘が含まれているだろうし、 ともすれば自分たちの味方であることすら嘘かもしれない。 (だけど・・・にくめないよな) 奴がそういう人物であるにもかかわらず、憎むことはできなかった。 それに理由はない。あくまで直感的なものだ。 「さて、それじゃあ俺はレティシアの様子を見てくるとするか。」 そういって半ばその話題から逃げるように、キースは部屋を出て行く。 「それと入れ替わりに、入ってきた人影が・・・」 なぞのナレーションをしながら言葉どおりはいってくる人影、どうみてもセレスだ。 「よぉ、今日も朝から怪しいな」 「うん、ロイドも朝から怪しいね」 「失礼なことをいうな、怪しいのはお前だけだ」 「え〜、そんなの不公平だよ」 「だったら怪しくない登場の仕方を考えてくれ」 「うん、次から考えとくよ」 「・・・」 「?」 今の会話で疑問を感じなかったのだろうか。 セレスは昔から変だと思っていたが、どうやら頭のねじが一本抜けているようだ。 「?じゃない。何で俺は朝からこんなアホ会話をしなけりゃいけないんだ」 「え、今のアホ会話?」 思いっきり首を傾げられる。抜けたねじは一本ではなかったようだ。 「十分にアホ会話だ」 「そんなことないと思うけど・・・」 「とりあえず用件を言え」 「あ、そうだった。えっと、今から城下町を散歩しない?」 「散歩・・・って何もないだろ」 「そんなことないよ、いろいろ食べ物とか売ってるよ?」 「すごい復興の早さだな・・・」 「ルアス城奪還祝賀祭だって。ちなみにロジャーさん主催」 「なるほど・・・あいつならありえなくない。にしても今はモニカもいるし・・・」 「モニカちゃんも一緒に行くんだよ?」 「へ?」 傍らを見る。 「えへへ」 笑っている。 「なるほど、そういうことならわかった。 ただし飽きたらすぐ帰るからな、俺は」 「わかってるよ」 何が嬉しいのか、無闇ににやにやしている。 (まだ体がだるいけどしょうがないか・・・) 「よぉレティシア、こんなところにいたのか」 後ろから声をかけられる。 こんなに気安く私に呼びかけるのはあいつしかいない。 「こんなところって・・・私が武器庫にいたらわるいかしら?」 目を細めてあえて挑戦的に聞く。 「い、いや・・・よく似合ってるぜ」 案の定びびっているようだ。 「それはありがとう。でもねキース、 武器庫に似合う女なんて、嫌味にしか聞こえないのだけれど?」 さらに睨み返す。 「あ、いやそういう意味じゃなくて・・・その・・・レティシア機嫌悪い?」 「アンタの顔みてたらむかついてきた」 「ひどいな・・・俺がせっかくデートのお誘いに来てやったって言うのに」 「デート?悪いけど奪還際には行かないからね」 「なんでだよ?」 真顔で聞き返してくる。 こいつはもしかしたらバカじゃなかろうかと真剣に疑う。 「あのね、私は女王なのよ?女王がそんなところで、 露店めぐりとか花火みたりするわけにもいかないでしょ?」 「そうか、レティシアは露店めぐりしたり花火みたりしたいのか、なるほど」 「あんた何を聞いてたのよ・・・」 「ん?あぁ、女王だからって話か?いいじゃねぇか、女王だって。 周りの奴なんて無視して楽しめばいいのさ。 モニカちゃんだっていくみたいだし、またすぐ天上界にもどるんならなおさらだぜ?」 疑惑が確信にかわる、こいつはバカだ。 「そんなわけにもいかないわよ。 それよりアンタの槍、そろそろ傷んできたんじゃない? ここなら換えの槍がいくらでもあるわ。好きなのをとっていいわよ」 埒が明かないので無理やりにでも話題を変える。 キースは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐいつもの表情にもどって 「お、気前いいな、ホントにどれでもいいんだな?国宝級の宝でもいいんだな?」 なんてことをいった。少し悪いことをしたかもしれない。 「えぇ、アンタの目が利くんならね」 それを聞いたキースはふむふむ、なんていいながら武器庫の中にはいっていく。 この中には数万という武器があるが、 銘が打たれているほどの武器は数えるほどしかなく、 その中でも価値あるものは少ししかない。 やがてキースは一本の槍の前で止まる。シンプルなつくりの黒い槍だ。 (驚いた・・・本当に国宝級のに目を留めるなんて) 「へぇ、割と目が利くのね。 でもそれはだめよ、それは三大魔武具のひとつ、吸魂槍デスパイア。 確かにルアスの国宝だけど、適合者じゃなかったら扱うことはできないわ」 「なるほどね・・・ルアスの国宝になってるのか」 「そ、そういうことだから他の槍にしなさい」 「ん?要するに俺がこの槍に認められればいいんだろ?」 バカ度プラス1。 「適合者っていうのは世界に一人しかいないの。 どんなにがんばっても、そんな気の遠くなる確率引き当てられるわけないでしょ?」 「そうでもないかもしれないぜ?」 そういってキースは槍に手をかける。 適合者でないとそれはその場から動かすこともできないものだ。 「よっ、と」 にもかかわらず、キースはそれをその場から引き抜いて構えてみせる。 「なかなかいい感じだぞ、これ」 なんていっている。 「あんた非常識よ・・・」 あきれるしかない。