短編(?):『メイ・リング』第3話


 毎朝、日の出とともに響くピンキオの鳴き声で目を覚ますデイブだったが、その日は違っていた。

 夜明けよりも先に、ピタがやってきたのだ。

 「起きてるか〜っ!?・・・・・・って、やっぱり早すぎたか。」

 バタムっ! 

 吹っ飛ぶかと思うほど、木製の扉を思いっきり蹴り開けて、彼女が飛び入って来た。

 「・・・・・・?」

 眠い目をこすり、デイブは目を覚ました。

 「・・・今・・・・・・起きた・・・。」

 口調は不機嫌そうだが、表情は昨夜の強い意志のあるモノだった。

 そのうち、朝の鳴き声が、2人の耳に届いた。

 「…何の…声?」

 きよーーーーくるぅぅるるるるる……。
 けやーーーーかりぃぃりりりりり……。

 「ピンキオだよ。」

 朝を報せるこの鳴き声は、

 昼間に森を掃除しているピンキオからは聞くことのできないものだった。

 特に、野生のピンキオのみが発する独特の鳴き方で、

 人に飼われたり、人間の言語を覚えたら、その鳴き声は失われる。

 当然、町にその声が届くことはないので、ピタがそれを耳にするのは初めてだった。

 デイブは、ざっとそのことを説明した。

 彼は適当に流したつもりだったが、ピタはどこか興味津々といった感じで食いついてきた。

 「いいところだね…ここに、住んじゃダメかな?」

 準備をしながら話をしていた彼も、彼女のその言葉に動きを止めた。

 「ダメ?」

 ピタは彼の目を見ながら確認した。

 「い、いや、ここに住むってことはな、おれと住むってことでだな…つまり……」

 調子者のデイブとしては珍しく、オドオドした態度を見せた。

 その姿に、ピタはプッと噴出した。

 「いいじゃん。あたいは、あんたのこと…好きだよ。」

 瞬間。二人を包む音が、音という音は全て消え去った。

 お互いがお互いを想っているということ。それ自体は二人とも予想していた。

 むしろ、確信に近かった。しかし、改めて言葉にするとやはり……。

 「………帰ってこれたら…だけどね。」

 何秒経ったかわからないが、長い間空いてから、彼女はそう、付け足した。

 「縁起でもないこと言うもんじゃねぇぞ。」

 準備を再開して、皮肉を言う。彼の顔は笑っていなかった。

 「行くぞ。」

 碧色に似た、不思議な空気を隠れ家に残し、二人は、カプリコ砦へと旅立った。


 積み重なるバリケード。

 大空を舞うプラコ達。

 入り口を巡回する小柄なカプリコの群れ…。

 砦について、すぐに出会ったのはそれだけだった。数で言うと、たいしたことはない。

 だが、ピタにとってはそれでも十分に恐ろしく思えた。

 二人は、見つからないように草陰に隠れていた。

「ねぇ、大丈夫なの?」
「さぁ?おれだって、ここ来るの初めてだし。」

 ピタは、彼について来たことを一瞬だけ後悔し、そして、笑った。

 こんな恐怖で押しつぶされそうな状況で笑うことができたのも、

 デイブの自信有り気な表情のおかげだろう。

 不意に、彼は爆弾を取り出し、少し離れたところに一人でいたカプリコ目掛けて爆弾を投げつけた。

 見事命中した。

 カプリコは、倒れはしないが、どうやら視力を失ったようにフラフラと歩きはじめた。

 そこに、他のカプリコたちが集まってくる。

 「ピタ、あそこにサンドボムを投げるんだ。たくさん!」

 ドバァァ!ドバァァ!!

 何発投げ込まれたであろうか。

 入り口のカプリコが掃射されるまで、二人は爆弾を投げ続けた。

 「行こう。」

 草陰から身を出すデイブ。入り口は、なんなく突破できた。

 「デイブ!危ない!」

 ピタが草陰から身を晒したとき、デイブの頭に、爆弾が降って来たのだ。

 彼女の声に反応して、なんとかそれをかわす。

 二人の頭上には、数匹のプラコが弧を描いて旋回している。

 「走ろう!途中でバリケードで区切られた安全な場所があるはずだ!」

 師匠が何度が偵察に来ていたときのメモに、そのことが記されていた。

 そのメモの通り、砦の中腹と思われる場所まで来ると、

 高台の周りの崖がバリケードで仕切られている場所があった。

 下では、ヤモンク達が侵入者の知らせを受けて辺りを探し始めたのが見える。

 「あの数はまずいな……インビジブルを使えばなんとか……」

 デイブはつぶやいてピタの顔をみる。

「あ、お前は使えなかったんだっけ。」
「ごめん。」

 謝るピタ。デイブはもう一度下を眺めながら言った。

 「謝ることじゃねぇだろ。ん〜、爆弾にも限りがあるしなぁ。」

 残りは簡単に目で数えられるくらいになっていた。

 それでも、プラコの使っている爆弾をいくつか頂戴していての数だ。

 「そっち側の崖を滑り降りて走って…バリケードの壁を抜けると、

 またここと同じような場所があるはずだ。そこまでまた走るぞ。」

 彼女の手を引き、デイブがバリケードを越えて滑っていく。

 ピタも遅れをとることはなかった。

 先ほどの数ではないが、数人のヤモンクと交戦した。

 デイブの振るう鞭が、一度に何人かの相手を伸していく。

 ピタのダガーは、近寄って来たプラコの翼を裂いた。

 そうするうちに、また次なる高台へとやってきた。…しかし、様子が違う。

「こいつか…モスエリート。」

 カプリコ砦の守護者として語り継がれている、この異常にデカいモス。

 それが、その高台の上にいた。

 デイブ達は一歩、後ずさりをするが、

 すでに崖の下ではディカンやらヤモンクやらがあたりを囲んでいた。

 「デイブ……あれ…」

 ピタがそのモスの腹の辺りを指差す。

 「あれかっ?!」

 デイブが叫ぶ。

 そこには、妖しく赤紫に輝く宝石が埋め込まれていた。

 「神として崇められてるってこと自体が宝石の魔力だったってのか…?」

 高台の周りには綺麗に円を描いてカプリコ族たちが待ち構えている。

 どうやら、それ以上は近づいてこれないらしい。

 「『カプリコの宝石』……ねぇ。ピタ、覚悟しろ。

 あれを盗ったら、周りのやつらが一斉に襲い掛かってくるかもしれねぇ。」

 デイブの額にきらめく一筋の汗。口元もなんだか苦笑いだ。

 「もし、そんなことになったら…」

 彼女は予想だにしない言葉を口にした。

 「もし、そんなことになったら、デイブは、インビジブルを使って逃げて。」

  バカヤロウ!

 デイブはそう言おうとしたが、やめた。

 「おれの夢で腹いっぱいになってもしょうがないんだ。ピタの夢、叶えるためにここに来た!」

 彼は鞭を鳴らす。左手には爆弾。

 「一緒に帰るんだよ!”おれ達”の隠れ家に!」

 爆弾に火をつけ、モスエリートに向かって投げた。

 飛び散る赤い粉。敵の防御を弛めるスキル『ペパーボム』。

 デイブは、すぐさま相手に飛んで近寄り、鞭で打つ。

 この前の仕事の儲けで買ったばかりの武器だが、

 ちゃんと先端に鉄を仕込んでいて、攻撃力は相当なものだ。

 モスを包む甲冑の一部が剥がれ落ちる。モスエリートは体当たりで反撃した。

 「ぐはっ…!」

 地面にたたきつけられ血を吐くデイブ。しかし、だっ、とすぐに立ち上がる。

 「ピタ…っ!」

 また、デイブがピタに話し掛ける。

 しかし、一度攻撃を加えてしまったら、相手も待ってはくれない。

 モスの尾から飛ばされた毒針を転がって回避し、続きを言う。

 「おれが鞭で動きを止めてる間に、宝石をえぐり出すんだっ!それしか方法がない……ぐわっ!」

 必死に避けていた彼も、ついに左腕が毒針に捕らえられた。

 「デイブ!」

 彼に駆け寄るピタ。デイブは、彼女の唇に軽く、キスをした。

 「え……。」
 「いくぞ。」

 何度聞いたかわからない、彼の「いくぞ」という言葉。

 ピタは、涙が溢れてくるのをこらえ、相手へ向き直った。