短編(?):『メイ・リング』第2話


 「何が神への供えもんだ。月々1500グロッドも徴収しやがって。

 全部しっかりと自分の倉庫にいれてるじゃないか。」

 ルアスに属するミルレス森に、彼の隠れ家がある。

 物心ついたときから、師匠と共にここで暮らしていた。
 
 本当の両親は、ミルレス森には少数しか生息しないはずの、

 ジャイアントキキの群れに襲われて死んだのだ、と聞かされている。

 「(盗ってきただけで100万グロッドか…これでもまだ1/3にも満たなそうだな。)」

 その師匠とも、数年前に死別してしまった。

 師匠も盗賊であり、町ではよく噂になるほとの活躍ぶりであった。

 それも、人から宝物の奪還の仕事を頼まれるほどに。

 それでも、彼は関係のない庶民から盗むことはしなかった。

 それが、人気の秘訣でもあったのだろう。

 いわば正義の味方、というやつだ。

 当然、ダンジョンの宝はごっそりと持ち帰って来たが。
 
 彼が死んだのは、『カプリコ砦』

 たくさんの宝を持ったまま、砦の入り口で倒れていた、

 と、まだ息があるうちにルアスまで連れてきてくれた魔術師が教えてくれた。

 その三日後、ずっと危篤状態であった師匠は、病院のベッドで息を引き取った。

 師匠が探していた物。

 それは、『カプリコの宝石』と呼ばれる真っ赤な宝石だ。

 だが、師匠の遺品の中に、それはなかった。

 「(少し使ってくるかなぁ、、新しい武器とかほしいし。)」

 すでに日は暮れ始め、森にはディドの鳴き声が響き渡っていた。

 次の日、ピタの店は休みだった。だが、店の前に彼女はいた。

 「よぉ、ピタぁ。どこ行くんだ?」
 
 姿のない男は、彼女の背後から声をかけた。

 「”ディテクション”」

 パッ、と男の姿が現れる。

「あれ?今使ったばっかなのに・・・?」

 「あんた、最近ずっと姿消しっぱなしだろ〜?

 だから、お客さんがたまたま売りに来たスペルブックを読んでおいたのさ。

 インビジブルを解くスペルのね。」

 そう言うと、はぁ、とため息をつく。バッグに肉をつめながら。

 「――今日は、サラセン森の洞窟に行くんだ。宝石を採りに・・・ね。」

 ピタも、男と同じく盗賊として冒険家を名乗っている。

 ちなみに、彼女の父親は爆弾職人だ。

 「宝石ぃ?何だってそんなもん採りにわざわざ洞窟まで行かなくちゃならないんだよ?」

 「あたいは、人様から盗ったもんを店に並べたくないんだよ。

 こ、これでも、宝石店を作るのが、あたいの夢…なんだぞ。」

 どことなく照れくさそうに言うピタ。少し顔を赤らめているようにも見える。

 「人の夢なんか聞いても腹はふくれねーよ。」
 「な、なんだと!?」

 「じゃな。インビジブル!」
 「ディテクション!!!!」

 消えた瞬間にインビジブルを解かれる男。

 ピタはすかさず去ろうとする彼の背に向けて爆弾を投げつけた。

 「うぎゃぁぁ…っ!げほっげほっ。」

 直撃し砂埃を上げながら爆発する。

 砂を利用してダメージを追加するスキル、サンドボムだ。

 「あったりぃ☆」

 べぇ〜〜〜っと舌を出してみせる。だが、男は振り返らなかった。

 その日、日没直前になって、ピタは帰ってきた。

 そして何故か、店ではあの盗賊の男が小屋の壁に背を預けうつらうつらとしていた。

 「……あんた、何やってんの?」
 「ぉ、ピタぁ……稼ぎは出たかぁ?」

 疲れた表情でピタがため息をつく。男はすっくと立ち上がった。

「ちょっと、話があってさ。待ってた。」

 そういうと、服のポケットから何か、赤というか紫というか、

 そんな妖しい色に輝く宝石の”絵”が描いた紙を取り出した。

「これ、見てみ。」
「なんかくしゃくしゃな紙だけど…ん?なんだろ?」

絵の下にはなにやら文字が刻まれていた。

 「か・・・こ・・き?ぼやけててちゃんと読めない。」
 「『カプリコの宝石』。」

 日はすでに完全に沈んでしまっていたが、

 街灯に助けられ、問題なくその絵を見ることができる。

 彼の言葉のあと、一瞬、時が止まったかのように思えた。

 ピタは、胸が高鳴るのを感じた。

 「こ、これがカプリコの宝石…。

 数ある宝石の中でも上位にランクされる魔石のひとつ…あんた…」

 「それを”盗り”に行こう。」

 「?!」

 絵の描かれた紙をぎゅっと握り締めて、胸のトキメキを隠そうとするピタ。

 まるでまばたきを忘れたかのように、目を見開いて男の顔を見る。

 「なんだよ?。嫌ならいいんだぜ?」

 男は彼女の手から紙を取り上げた。

 「あっ!?待ってよ!行く!お願い!」

 瞳を輝かせて請う。だが、男は対照的に暗い表情をしていた。

 低いトーンで、彼は、重く口を開いた。

 「命を落とすかもしれないんだ。おれの”親父”は、これを盗りにいって、死んだ。」

 左手で作られた拳の中で、ぐしゃ、と絵の紙がつぶされる。

 「”親父”つっても、育ての親だけどな。」

 騒ぎ立てていたピタも、彼のその雰囲気から勢いを失くした。

 「行けば死ぬ。それくらいの覚悟がなければいけない場所だ。それでも、来るのか?」

 にぎやかな夜の街に似合わない二人の会話。

 ルアス城建設の作業員達は、撤収作業にとりかかっていた。

 「・・・・・・」

 男は、ピタに背をむけ歩き始めた。

 「じゃな。」

 「・・・・・・行くよ。行くに決まってるじゃん。」

 彼女は顔をうつむかせたままだ。

 「おう。分かってるよ。」

 ピタはきょとんとして男の顔を見つめる。

 彼は、絵の描いたものとは別の紙を彼女に手渡した。

 「誰にも教えていないおれの家の座標が書いてある。

 暗号になってるけど、ピタなら解読できるはずだよ。明日の早朝、そこに来てくれ。」

 男は再度、彼女に背を向けた。

 「なぁ。」

 ピタがその背を呼び止めた。

 「そろそろ、名前を教えてくれないか?」

 男は、振り返らずに答えた。

 「…デイビット。デイブ…って呼んでくれ。」

 そのまま、外へとつながる門の方へと向かって歩き出した。

 「デイブ…おやすみ!」

 ピタはその名をかみ締めるように、見えなくなるまで彼の背を眺めていた。

 ミルレス森では、今夜もコプラコが飛行の練習を続けている…。