短編(?):『メイ・リング』第1話


 ミルレス森の奥深くに点在するカプリコ砦。

 だが、砦とは名ばかりで、城壁や塔はなく、

 森特有の崖や丘、木陰などを利用しバリケードを積み上げたという、特徴のある自然要塞だ。

 そのカプリコの集落が、まだ砦ではない、ただの村であったころ。

 ミルレス森に、一匹の”モス”が出現した。

 知能こそ弱いが、サイズも、戦闘能力も他のモスと比べてはるかに大きいモス。

 今では”モスエリート”と呼ばれ、カプリコたちの”神”なる存在だが、

 はじめは彼らも、このモスを侵入者として攻撃した。

 しかし、そのスピード、耐久力、攻撃力になす術なく敗北を帰した。

 それから彼らは、この敗北を糧にし、武具の開発に力をいれたのだ。

 大型で鋭い剣、重く強固なハンマー。

 そして、魔力のこもった杖、帽子、衣服などが、瞬く間に開発された。

 そうするうちにも、カプリコ自体の進化も進み、やがて4種類に大きく分かれた。

 剣を操るヤモンク、魔術を研究するディカン、空を舞い爆弾を投げるプラコ、そして、原種カプリコ。

 長い年月の果て、カプリコたちは再度、モスエリートに刃を向けた。

 結果は、敗北。

 数でも、知能でも、文明でも大きく上回るカプリコ族は、

 ついに一匹のモスを破ることができなかったのだ。

 多くの犠牲をだしうちひしがられるカプリコたち。

 だが、そんな中、一人のディカンがこう唱えた。

 「あのモスは、我々が戦闘の研究をしている間、決して攻撃してくることはなかった。

 侵入者などではない!我らとこのミルレス森を護ってくださる”神”なのだ!」と。

 生き残ったカプリコたちはその唱えに応じ、力をあわせてバリケードを築き砦を建造した。

 そして、それまでモスエリートに向けられていた彼らの戦闘意識は、

 外部から迫る侵入者へと向けられるようになったのだ。

 カプリコ砦。

 それは、今なお続く、彼らの使命が根付く場所となった。



 それから、数百年が経ち、人類の文明の発展に拍車がかかってきたころ。

 建設中の王城。その隣の領主の館。ルアスが王国となる直前の姿である。
 
 騎士団も城壁もまだないが、町並みは現代とさほどかわらず、

 綺麗な石畳がしきつめられ、水路が通り、中央には広場も存在した。

 領主の館の近くの木の上に座っている…”空間”がフッと笑みを浮かべる。

 「さてと、一仕事しちまいますか。」

 そう言いながら、その”空間”が立ちあがると、そこにすぅっと人の姿が現れた。

 「・・・・・。」

 まだ10代であろう若い男だ。

 背は若干低いが、体つきと目つきが高い戦闘能力を物語っている。

 「覚えたてのスキルじゃこんなもんか・・・。」

 再度、姿を消した。盗賊スペル『インビジブル』だ。

 男…がいると思われる空間…は、静かに館の中へと入っていった。

 ルアスの広場は、毎日いくつかの露店が出てにぎやかである。

 正式な手続きを経て、立派な小屋を構える者もいれば、

 勝手に品物を地面に広げている冒険者までいる。

 むしろ、冒険者の方が多い。

 町の周辺の森や、洞窟などで手に入れた宝を売って生計を立てている冒険者が、

 人口全体の6割以上もいるからだ。

 無論、冒険者でもあり、立派な商人でもある者も何人かいる。

 ジプシーの少女ピタも、その一人だ。

 「いらっしゃい!肉と果物が10個づつだね?あいよ!毎度あり!」

 生まれてすぐに母親を亡くした彼女は、男手ひとつで育てられたせいか、

 どこか男らしい雰囲気をかもしだしている。
 
 彼女の店の屋内に、なにやら不思議な空間がゆらめいている。

 ピタは、すぐにそれに気づいた。

 「泥棒さん?また来たのかい?」

 「ちぇっ、気づくのが早ぇーんだよ。」

 すぅ…と、男の姿が現れる。

 タイミングよく、スペルの効果が切れたようだ。

 盗賊の男は、ボリボリと頭を掻いている。

 「…で?今日は何の用?キキの肉ならさっきので終わりだよ?」

 「違ぇーよ。仕事が終わったからさ、いつも肉くれるお礼しようと思ってな。」

 男はウェストバッグからずっしりとした麻の袋を取り出した。

 「ほらよっ。」

 その袋をピタに向かってひょいと投げてみせた。

 慌てるが、少女は床ぎりぎりのところで袋をキャッチする。

 中身は・・・

 「ち、ちょっと!なんなのさ?!この大金は!!」

 「(しぃーーーーっっ!!騒ぐなよっ。外に聞こえたら大変だろうがっ。)」

 男が耳元で注意を促す。少女はもう一度、袋の中身を確認した。


 「だ、だって、これ軽く10万グロッドはあるじゃない?!」

 「大丈夫だって。それでもまだ稼ぎの1割でしかないんだから。」

 じゃぁな!と、男は店から出て行った。もちろん、インビジブルを使ってから。

 「……ったくぅ…あ、ごめんなさい、お客さん!アミュレット2つとパンだね?」

 男が去ると、店は普段どおりに機能しはじめる。

 男は、人ごみに紛れて、町の外の森へと向かって行った。