第17話



結果、勝負はすぐについた。


そもそも、人間が人間の天敵に戦いを挑むこと。

人間の身で、殺人鬼に殺し合いを挑むこと。


それ自体が、間違っている解答。

問題自体が、答えの無い命題。


アリが、アリクイに挑もうと、ディドがノカンに挑もうと。

結果はどう抗っても一つしか出ない。


運命は厳しい

だが、

現実は、もっともっと厳しい―




蒼がキュールの首筋に剣を当てたとき。

ぞお、とする気配がサラセン町を襲った。

「ようやく真打ちの、登場か」

組み敷いた男の位置に、蒼をめがけて、巨大な銛のような武器が飛んでくる。

蒼はひらりとそれを避け、ゆっくりと立ち上がった。

「久々だな、殺人鬼」

「俺にとっては初対面の気がするが?」

口元に笑みを浮かべる、蒼。

「どうでもいい。貴様は覚えてないかもしれないが、俺の心にはしっかりと刻まれている」

「こちらこそどうでもいいが―ひとつ聞きたいことがある。紅の奴を殺ったのは、テメェの差し金か?」

「そうだ。あいつは元々、俺のものだ。何がいけない? どこに問題がある?」

見下ろすような、ルートビエンの視線。

「…そうか。ならばもう御託はいい。どうするんだ?」

「殺しあう以外に、答えを出す方法はあるまい」

「…分かりきったことを」

そして、二人の姿が消える。

いや、ほとんど見えないスピードで、斬りあっているのか。

「はン。強いな、テメェ。あのライナよりも、だな。これは」

「あのクソのような先代と比べる……なぁッ!」

強引に槍を振り下ろし、傷を与えようとするルートビエン。

「力バカにも、困ったもんだがなァ」

それをたくみに分散し、受けきる蒼。

「長くなるのも不興だ」

蒼は、そう言うとルートビエンが体の重心を後ろに下げたとき、剣を全力で投げつけた。

「な、なんだと?」

「そんな格式ばった戦いじゃあ、いつまでたっても鬼には勝てねェよ。人には勝ててもな」

その剣を追い、同じ位のスピードで駆け抜ける蒼。

「さあ、無に帰ろうゼ」

首を掴み、地面にたたきつける。

投げた剣を掴み、そのまま首筋へ。

「残念だったが、死ね。所詮テメェの器じゃあ、俺を止められねェんだよ」




「蒼、だめーッ!」




「ひ、ひいいいい、やめろ。やめろー、私は、言う通りにしたじゃないかっー」

暗闇の中、悲痛な叫びが謳華の耳をついた。

「どうしたのよ、あんた」
「お前、騎士団じゃあ、ない?」

「そうよ。騎士団はもういないわ。生きている連中はサラセンに行ったわよ」
「そ、そうか。じゃあ…お前は」

「まあ、修道士Aとでもしておいてちょうだい。それよりも…」

ぞくっ、とビルゲンの背筋に寒気が走る。

「今回の件、あんたが確実に関わってるわね」
「違う、ちがうんだ」

殺気だの気配だの、そういうものとは無縁のビルゲンにも、

謳華の怒気ははっきりと恐怖として感じられた。

「私は、ただ命令されて…」
「どんなことになるか分からなかったの? おかげさまでうちの大切な一人を、失ったのよ」

「そ、それは…私の関与するところではな、」

台詞の途中でビルゲンは壁に向かって殴り飛ばされた。

「冗談も程ほどにしなさいね。人の命を何だと思ってるの?」

壁に向かってこつこつ、と歩く謳華。

「ぐ…」

「ルアス王が病床で、あんたが勝手にルアスを仕切っていたのは誰もが知っている事実だわね。

別にそれだけならかまわない。

でも、ただ騎士団に脅されたくらいで、人の命を切り捨てるほど、

ダメな人間なら、生きている意味は無い」

「ひ、ひいいい。ころ、殺さないで、くれぇ」

「なら、あんたにできることをしなさい。どうせ騎士団が動いているのは勅命だ、とかでしょ?」

「そ、そうだ」

「なら、いますぐ休戦指令を出しなさい。このままじゃあ、また昔のように、ルアスが死の街と化すわよ」

「どう、いうことだ?」

「殺人鬼、人類最悪の蒼。覚えていないわけ、ないわよね」

ビルゲンの顔が、再び恐怖に覆われた。

「わ、分かった。今すぐ、止めさせる」