第16話


有り得ないほどのスピードで飛んでいく人間。

それが壁にぶつかりめりこみ、壁財を撒き散らす。

ことにより、あたりは白い煙で充満した。

ゆっくりと晴れたとき、立っていたのは謳華、ただ一人。

「なんとか―、勝ったみたいだわね」

壁にこぶしを当て、砕けようとする膝を支える。

「久々かな……こんなぎりぎりの戦いは。ミレル置いてきたの、間違いだったかしらね」

ふう、と一息ついて気合を入れなおす。

「さて、この次は何が待ち構えているのかしら……っと」

角を曲がると。

そこは、豪華な扉と外装があった。

「ここは、何? さっきまでのと随分と違うわね」

一つ目のドアに手をかける。

鍵がかかっている手応え。

「―はッ」

気合をいれ、鍵の部分を消滅させる。

イミットゲイザー、初期中の初期の、修道士の遠距離攻撃。

少し修行をすれば、この程度にスキルを改造することなど簡単だ。

「あけてびっくり玉手箱……だったら嫌だわね」

ぎいい、ときしむ音を立てて開くドア。

中は照明がなく、真っ暗闇の中。

「誰かと思えば……あんた、ビルゲンね」

謳華にかかれば、この程度の暗闇など、全く意味を成さない。

部屋の中にいたのは、王が病床にある今、ルアスを行政的に実質支配している―

市長ビルゲンだった。



「あれれ? どうしたんですかぁ、ヒルせんぱーい」

間延びする声で、魔術師のユンが声をかけた。

誰もいないサラセン町。

そこに、三人の騎士団員がいた。

「ユン、か。キュール先輩も。ご無沙汰してます」

「ああ、久々だな。しかし、ルートの奴も厄介な話を持ってきたな」

「隊長の目的、何か知っているのですか?」

「どうやら、あの“人類最悪”の蒼を倒すらしい。ついでに、この辺がきな臭いらしくてな」

三人の目は、サラセン町もう一つの出口、カレワラの方を向いている。

「なーんだ、そんなことだったんですかぁ。

正直大変なんていうから、もっと辛いことかと思いましたよ」

相変わらず、緊張感のないユンの声。

「人類最悪、と言えば、あの」

「そう。昔ルアスが襲われたときに、騎士団の中で唯一、ルートだけが偶然生き残った。

たまたまイカロスに出張に行っててな。そのときの犯人が、あの蒼、と言う奴ともう一人のようだ」

「当時の騎士団を……一人で殲滅、ですか」

「そうだ。当時は俺達のような切り札がなかったらしいが、それでも凄いことだろう。

あの時の団長は、あのライナ殿だからな」

「“軍師”ライナ、ですか……。たしか隊長は、あの方を毛嫌いしてましたね」

「ああ、ルートはどちらかと言えば直情タイプだからな。

ライナ殿のような策士タイプとは馬が合わなかったのだろう。

とはいえ、俺達は誰も知らないんだよな、実際のところ」

苦笑するキュール。

「さあ、そろそろ始めようか。どうやら客人も来たようだしな」

キュールは槍を掴み、ヒルは短剣を握る。

ユンはその場から一歩下がり、攻撃魔法の詠唱を始める。

三人の目の前には、“人類最悪”殺人鬼が、姿を現した。

「ほお、サラセンの連中も随分と頭が柔らかくなったようだな。前の時は誰も逃げなかったからな」

蒼の手には槍ではなく、長剣が握られていた。

「ルアス王直属騎士団の名の下に、貴様に宣告をする。“人類最悪”の蒼、

人間に害する存在として、お前を抹殺する」

キュールが、よく通る声で宣戦布告を、発する。

「これはこれは……、随分と騎士団サマも偉くなッたことだな。

ついでに昔よりはちッたあ強くなってるみてェじゃねェか」

くっくっく、と笑う蒼。

冷え切った気配の中、唯一目の中が、燃える炎のように赫く―、紅い。

「いくぞッ!」

キュールの掛け声が、緊張を突き破った。

そのまま全速力で蒼へと向かうキュール。

蜘蛛の糸(スパイダー・ウェブ)を唱えつつ、蒼を牽制するヒル。

そして、二人が飛び込むタイミングを見計らっている、ユン。

その三者を一目見て、蒼はただ呟いた。

「……つまらなねェ。なんだその時代遅れの戦術は?」

瞬きをしたその瞬間。

瞼が降り、そして再び光を取り入れた瞬間。

蒼は、ユンの胸に剣を突き刺していた。

「―な?」 「……は」

二人の口から漏れたのは、声にならない驚愕。

肉を斬る音とともに、刺した剣を抜く蒼。

「あいつの匂いがする。テメェか、あいつを殺したのは」

頭上から振り下ろされる、大剣。

「敵討ちだ。死ね」

存在を消されたのは、少年の魔術師。

暴走するほどの魔力も、発揮されなければただの飾りにしかすぎない。

「―さて、次は誰だ?」

振り返った二人に、にんまりと蒼は微笑みかけた。

「まだまだ先は長いんだ。さっさと終わらせるぞ」

「つ……ふざけるなっ!」

ブリズ・ウィクを詠唱したヒルが、超速で蒼へと迫る。

「ふん」

蒼は、短剣を剣でさばきながら一歩ずつ下がる。

「なめるなぁっ!」

急所へと一直線へ向かうダガー。

「……そろそろ、満足か?」

「―まずい! ヒル、下がれ!」

後ろから冷静に戦いを見ていたキュールが、大声で叫んだ。が、すでに遅い。

「……へ?」

ヒルが、自分の腹に刺さった剣を見て不思議そうな声をあげる。

次の瞬間、横に薙がれた剣に沿って、血が吹き出す。

そのまま、がくりとヒルは絶命した。

「おいおい、もう終わりかよ。これじゃあ、よっぽど昔の連中の方が強かったんじゃねェか?」

血まみれの剣を振り、ついた血を飛ばす。

「せいぜい、あのライナとかいった奴程度の強さの奴は、いないのか?」

蒼の目は、キュールを捉える。

「まあ、お望みどおり次はテメェだ。少しは、楽しませてくれよ?」