第14話


「――団長」
「キールか」

前線上がりの団長を持つ騎士団にとって、事務仕事をするのは基本的に秘書の仕事だ。

ルートビエンの秘書、キールがいつの間にか横に並んで歩いている。

「何だ? 今はどうこう言っている暇はないぞ」
「分かっています。ただ、後々……人心把握のためにも」

すっと、一枚の紙切れを差し出すキール。

受け取ったことを確認すると、キールはすぐさま姿を消す。

「ふむ。――当初の予定通り、蒼と紅月読、それにルキアスを人類の敵として宣伝することにより、

騎士団の正当性を見出す、か。まあいいだろう、事務作業は任せた」

にやりと笑みを浮かべるルートビエン。

それと同時に気配も消えるキール。

「さて、俺は久々の実線だな」

意気揚々と、半壊したルアス街へと一歩踏み出した。


「ざまあないねぇ、キミも」

カレワラ町は全壊し、残されたのは避難用の地下施設のみ。

そこのベッドの上に安置された、板の死体。

「破戒の板なんて二つ名、そろそろ変換したほうがいいんじゃないの?」

板は答えない。

もとより死人に口無し、だが。

「まあいいや。キミの手を借りないとこの騒動は治まらなさそうだからね」

棚の奥深くに隠された、無色透明の液体。

「タイムマシン溶液バージョン1.22。これが最後か。作るにも、もう材料がないしね」

名残惜しそうに彼はその溶液を見つめ

そして、板に振りかけた。


サラセン町は、あわただしい雰囲気に包まれていた。

有志の冒険者、それに町の警備隊以外の人間やモンスターはゲートを使い、

スオミミルレスといった町に避難している。

もたされた一報が、この町を恐怖に陥れていた。

そう、前方から“暴走機関”、後方からは人類最悪の殺人鬼――。

「カレワラからの援護はまだか!」

サラセンの銀行長、シャリが指揮を執り、対策を進めている。

「はっ、まもなく来るころでしょう。……しかし」
「何だ?」

「おそらく連中は避難の手伝いだけしかしないでしょう」
「わかっている。われわれも、総員避難し次第、各地へと避難する」

見つめる先は、サラセンとルアスを繋ぐ、一本の道。

「病人を最優先にしろ!いいか、落ち着いていけ。だが急げ。遅れたら間違いなく、全滅だ!」

カレワラから援護に訪れた魔術師が、連れて行けるだけの人間を乗せ、

次元の穴(ウィザード・ゲート)を唱えている。

その怪我人の中にいた一人が、立ち上がった。

「痛た……、まだ本調子じゃないけどいけるわね。これなら」

女性は、カレワラ方面への出口から暗黒の森へ。

「蒼の奴と板さんが、心配だ」

リュープ=ケングダムは暗黒の森を駆け出した。


「!」

うとうととしてきた時。

「今度は、なんだ……」

ぼくはこちらに向かってくる意識、いや闘気、むしろ――殺意を、感じた。

違う、感じさせられた。

がくがくと、膝が震える。

「くそ……逃げちゃだめなんだ」

急いで自分と、眠っているヘルさんに不可視(インビジブル)を唱える。

そして、きぃいいと、ドアが開く。

「小賢しい」

男は見えていないはずのぼくへと、槍の一撃。

「!!」

頬を、耳のそばを掠る。

鮮血が、飛び出る。

「避けたか。……む」

ぼくは無言で蜘蛛の糸(スパイダー・ウェブ)を唱える。

地面から染み出た白い糸が、男を行動不能にする、はずだった。

「無駄だ」

何事もなかったかのように歩き出す男。

絡めていた糸は、いつの間にか斬られている。

いつだったのか、見えなかった。

まずいまずいまずい――。

「ようやく姿を現したか。

だが、ここで戦っている時点でお前のいや、お前たちの負けだ。

爆弾を使えない室内ではな」

ぼくは不可視(インビジブル)を解除した。

こんなことに無駄に魔力を垂れ流していられるほど余裕ではない。

「ほう」

男はこちらを見て、感心したような声を上げた。

「これはこれは……お前、いやあなたは」

「…………」

「前騎士団長、ライナ殿のご子息じゃありませんか」

にまりと、男、いやルートビエンの顔が笑みに変わる。

「はーっはっはっ。これは愉快だ最高だ。我々の敵がまさかまさかまさか騎士団員だったとは。

いや、あなたは一度も入らなかったか。いや、ライナ殿が入れさせなかったのかな。

まあ、結局はあの方の息子だ。所詮、情に流されて状況を見失い、戦場で死ぬ」

くっくっく、と顔に手を当てて、楽しそうに笑うルートビエン。

「……父さんの話は、やめろ」

「失礼失礼。さて、こんなくだらないことはさっさと終わらせようか、お坊ちゃん。

子供の遊びに付き合ってる暇はないのでね」

冷や汗が、ぼくの背中をたらりと流れた。