第13話


「く……、逃げたはいいけれど」

壁にもたれる紅。

「……これはアジトまでもつかな」

目の前にいるのは、紅も見知った男と、見知らぬ少年。

男のほうは、かつて蒼と紅、

最悪最低のコンビでマイソシアを恐怖の渦に陥れていたころ対峙した、騎士団最強の軍団の一人。

「片腕武器なしでも勝つ気まんまんですねぇ」

「油断するなよ、ユン」

隣に立った騎士が、低い声でつぶやく。

「分かってますよ、キュール先輩」

魔術師の格好をした魔術師が、そう軽佻に言う。

「だってこの人、伝説の《最低》さんでしょ。うわー嬉しいな有名人と会えて。

僕がちょうど騎士団に入った、五年前くらいに辞めちゃったんですよねぇ」

紅の表情が厳しくなる。

「その話題はやめろ」

「がっかりです、本当にがっかりです。はじめてが最後なんて」

紅を見つめる瞳は、何もかも吸い込むような眼。

どこか――、蒼の雰囲気に似ている。

つまりは、暴走――。

(まずった)

「街には誰もいないんですよね。なら制限なしの大きいの、いきますよ。キュール先輩」

「こちらに飛ばすなよ」

にっこりと微笑んだ微笑が、まったく微笑みになっていない。

紅は背中を二人に見せ、もと来た道を全力で駆け出した。

「逃げても無駄ですってば」

その言葉とともに、空気すら熔かす灼熱と、空気すら融かす絶対零度が、紅を包み込んだ。

それが、紅の最期、そして蒼の。

「さようならだな、月。お前ももう少し賢く生きていけてたら、な」

「ありきたりですねぇ、キュール先輩も。

『さよならだけは言わないぜ!』 とかのほうが格好良いと思いません?」

「どうでもいい。次はサラセンだ。さっさと飛ぶぞ」

「りょーかいでっす」

一人の男と一人の少年は、瞬時に姿を消した。

そして紅月読(あかいつき)、大陸最低といわれた聖職者は








――――命を散らした。



振動とともに、アジトが大きく揺れる。

「な、なんですか一体」

すでにヘルさん、もといルキアスさんは眠りにつき、ぼくは傍で看病しているときだった。

「地震?……って言うわけでもなさそうだし」

ふと窓を見ると。

ぼくは眼を見開いた。

「な……家が」

本通りの向こう側、そこに建っている、いや建っていた家が、すべてなくなっている。

「今のは、まさか……」

魔術師の攻撃、か。

そう、脳裏に浮かぶのは、ヘルさんがさっき教えてくれた騎士団の魔術師。

机の上に消毒して置かれている紅さんの右腕が、かすかに音を立てた。

嫌な感じだった。


どおおおおん

「なに、今の!?」

城の中に入り、適当に遭遇した敵をなぎ倒していた最中。

地面が、まるで意思を持ったかのように揺れる。

「……あんなの、あり?」

窓から見えたのは、莫大な炎と、凍りつくような凍てつく空気。

攻撃魔法一撃で、ルアス街半分が廃墟と化した。

「おーおー、ユン君もやってるわねぇ」
「誰!」

「あらまぁ、随分と若い子ね。タイプだわぁ」

かすかに黒煤が体についている、妙齢の女性の修道士が目の前に立っていた。

「しかも見たことないから、敵かしら。

……残念だけど死んでもらうしかないのね。勿体無いこと」

「……やれるものなら、やりなさい」

お互い修道士だからこそ、謳華には相手の強さが分かる。

自分よりも圧倒的に強いことを。

「井の中の蛙なんとやらって……きっとこういうことだわね」

小声でつぶやき、謳華はまっすぐな廊下を走り始めた。

「そういう短絡的なのは良くないわよ。

修道士になるときに習わなかったかしら? 常に冷静に、って」

走り始めてトップスピードに乗った瞬間。

「ほら、そんな時にこういうもの、避けられないでしょ?」

放たれたのは、ただのイミットゲイザー。

もちろん普通の修道士のものに比べて、ありえない速度で飛ばされてきた光弾だが。

避けられないことはない。

ただし、全身の姿勢を崩しての話、だ。

次の一手は確実に受けることになる。

だけど、ここでしか勝ち目はない

謳華には、分かっている

実力では勝てなくても

負けてはいけない勝負もあるということを

そしてそのためには

ここでとまっては、いけない

「――え?」

スピードを緩めない謳華。

偶然落ちてきた天井材。

光弾に衝突し、イミットゲイザーは威力を失う。

そして

「うあああああああ!」

そのスピードを持って

発揮しうる全力を持って

謳華は拳を振るった。