第12話


「不気味ね……」

住民がすべて避難したルアス街。

いつもの喧騒とした雰囲気はなく、まるで廃棄された場所のように静かだ。

逆にそれが、謳華には不気味に感じられる。

「ヘルあたりがいるかしら?」

いつものアジトのドアを、ぎぃという音とともに開ける。中には、腕が一本。

「――っ。これは……」

床に投げ捨てられた、ビショップスタッフを握った腕。

「月の腕、だわね」

ぎり、という音。

噛み締められる、歯。

「やるじゃないの――騎士団」

拳が叩きつけられる。

轟音とともに、床に穴が開く。

「……私に、私たちに喧嘩を売った代償、どれほどのものか見せてあげるわ」



「はぁっ、はぁっ」

女性とは言え、人一人担いで走るのは中々の難事だろう。

しかも、後ろからは追っ手が来ている気配がする。

不可視(インビジブル)を使って連中には見えてないとは言え、

いつ探索(ディテクション)が来るかもわからないし、効果自体が切れることもある。

それに、ヘルさん自体そんなに持たない。

「げ」

目の前には出口の門。

ただし、三人の騎士と、閉められている門。

強行突破するにも、時間が足りない。

「ままよ――」

姿を消したまま、全力で騎士の間を駆け抜ける。

そのまま、門に爆弾を投げつける。

爆破、そして門が落ちる。

「……?」

門を抜け、ルアス街へと駆け出す。

ふと、ぼくが投げ込んだ場所じゃないところに、インパクトがあったことが気になった。



「あらあら、意外と軟い門ね」

土煙の中から姿を現したのは謳華。

そして、何が起こったのか把握できていない、三人の騎士。

「まったく。騎士団だからって、騎士ばかりいるから、こうなるのよ」

通り過ぎざまに、三撃。

みぞおちと、心臓横と、頭部。

「さてさて、月は大丈夫かしら」



「……この、床はなんでしょうね」

「知るか」

無愛想な返事。

もちろん、ヘルさんではなくルキアスさんに中身は変わっている。

どうやらいったん意識が落ちたときに変わったらしい。

「いいからさっさと治療をしろ」

ベッドで横になっているヘルさん。もとい、ルキアスさん。

口調からは全然重傷そうに見えないが、

視線を少しやれば、ベッドの周りは吐血で血みどろ。

よく生きていると思う。

「無茶言わないでくださいよ、師匠。ぼくはこれでも盗賊なんですよ?」

「盗賊がどうして家事一般をこなす? 傷の応急手当くらいできるだろうが、お前なら。

それからな、私のときは師匠と呼ぶな。こっ恥ずかしい」

「じゃあ、ルキアスさんで?」

「師匠じゃなければ何でもいい。……つつ、少しは丁寧にやってくれ」

折れた肋骨付近に、常備してある薬を振り掛ける。

作ったのはカイトさんらしいから、かなりのものなのだろう。

「眠っていいか?」

唐突にそんなことを言い出すルキアスさん。

「……死んでもいいのなら」

ちっ、と一つ舌打ち。

「なら退屈だ。何か話をしろ」

「そうですねぇ……」

棚の上にある二つ目の薬品を取り出す。

この前の戦いの後に使った薬らしく、何か時をまき戻す薬だとか。

「ああ、ある噂を聞いたんですが」
「何だ?」

「蒼さんと結婚するって、本当ですか?」
「げほげほげほげほっ。ぐはっ、いたた」

なにかが詰まったらしく、むせたルキアスさん。

その衝撃が治ったばかりの肋骨にいき、ダメージを与える。

大体傷ついていそうな内臓付近めがけて、ぼくは薬をふりまいた。

おお、なんか歪んで見える。

「ディカン、お前その話どこで聞いた?」

「え? 違うんですか。ギルドのメンバー、皆そんなこと言ってますよ。

なんだか賭けも行われているらしいですし。

紅さんに至っては、会場セッティングとか仲人探しとかしてるらしいですよ。

あ、今人気が一番高いのは、一ヶ月以内ってのですけどね。

一応ぼくも、なけなしの一万グロッドを賭けて来ました」

「………………」

どうやらこの薬、本当に何かの禁忌に触れていそうな気がするくらい効果がすごい。

ヘルさんの腹部、見た目だけならすごい傷を負っていたなんてまったく分からない。

とはいえ、これで切れてしまったが。また作ってもらおう。

「てめぇ、ディカン――」

「ああ、今の話半分以上嘘ですよ。確かに蒼さんとの結婚話は、噂として蔓延してますけどね」

にりと微笑むと、ルキアスさんはばたんとベッドに突っ伏した。