第11話


「団長……われわれはあなたの下についていく決心をしている者だけしかおりません。
なんなりと、ご命令を」

苦渋の表情を浮かべるルートビエン。

紅を取り逃がしたことにより、ルートビエンにとっての手持ちのカードは全て出払っていた。

「さて、どうするかね」

椅子に座り顎に手を当てる。

「……サラセンは寝返り、ルケシオンは陥落。モリスも逃げた……」

団員の視線が寄せられる。

もとより、これぐらいの苦境に陥ることは覚悟済みのはずだった。

「団長?」

ルートビエンは顔を上げ、椅子から立ち上がる。

「大丈夫、最初の予定通りだ。策を練るから策におぼれただけのこと。

ならば、我々のやり方で進めていく」

「最初の、予定?」

一人の騎士がそう、尋ねる。

「そうだ。とりあえずは、サラセンを取り返す」

壁にかかった地図に、彼はペンを突き刺した。

「所詮、モンスターとはぐれ魔術師の集まりだ。

その程度、我々なら問題なく、撃破出来るはずだ」

「「「はっ」」」


「……まずい、わね」
「何が、ですか? この街、完璧に包囲されてますし。平定ももうすぐのことでしょう」

ぼくは小声でそう言う。

騎士団長ルートビエンの部屋のドアの外。

ぼくたちはそこで中の話を盗み聞きしている。

「ディカン、君は知らないの? 本当の騎士団の強さを」
「ええっと……、さっきの連中程度じゃないんですか?」

「表向きはね」

相変わらず渋い表情のヘルさん。

「表向き、と言いますと?」

「表に出ていない部隊があるのよ。

本当の任務は綱紀粛正の対騎士団員用なんだけれどね、

その実力から表に出せない事件の後片付けをやっているの。

この前のモスエリート大量発生を片付けたのはそこの一人よ」

「一人でですか!?」
「ええ。昔はどうだったかは知らないけれど、今は団長イコールそこの隊長なの」

「ルートビエン、さんが……?」
「彼が本気を出しているときに一対一で勝てるのなんて、赫くなった蒼くらいなもんでしょうね」

“最悪の蒼”と対等、末恐ろしい。

「じゃあ、なんで最初からその連中を出さなかったんですか?」

「最後の手段だからよ。“暴走機関”の二つ名を持っているのよね。

考えてみて、手につけられない状態の蒼が十人以上いるのよ。

一人一人ならまだしも、訓練されたあいつらは、本当にまずい」

「師匠は、戦っている所を見たことはあるのですか?」

「一度だけね。各都市条約を結んでまで、不可侵にしているスオミ町に、

二年前ルケシオンの海賊達が攻め込んだの。

と言っても海賊全部じゃなくて、勿論一部なんだけどね。

たまたま私そのときスオミに用があっていたんだけど……、

要請されて騎士団から送られてきたのは二人組みの男」

「たった、二人ですか」

「ええ、海賊は何人もいると言っていたんだけれどね。

一応だから有志の冒険者たちも志願したんだけれど」

そこで、ヘルさんは口をつぐんだ。

「何が、あったんですか」

「邪魔、の一言で私たちを気絶させ、五分もしないうちに海賊達は消し飛んだ」

消し飛んだ? 騎士団て、騎士だけじゃない?

「そうよ、大体五十年くらい前から騎士いがいの職業も養成し始めたの。紅君がいい例ね」
「じゃあ、来たのは魔術師」

「と、騎士。と言っても実際に戦ったのは魔術師だけ。

騎士は後始末だけして帰ったわね。

そのときに出来たのが、スオミの町近くにある小さな湖よ」

大地を陥没させ、一瞬で人間を消し去る威力の魔法。

そんなこと、あの破戒の板でさえ──。

「限界を超えているのよ、あいつらは。自分で自分の制限を外せるの。

それこそ、蒼のようにね。板さんだって本気を出せばできるでしょうけど、

出来ることと実際にやることはものすごい差があるのよ。……と」

部屋の中の気配が動いた、と思った瞬間。

「おやまあ、こんな所に鼠が二匹。久々に出番と思えば、こんなのの処理だったら怒るわよ、ルート」
「……こいつらはそれなりに強いぞ、寡御かおん」

ドアを開けて出てきたのは、もちろんのことルートビエン。

「く……気がついてたわけね」

「勿論だ。我々を何だと思っている。さて、後は頼んだぞ、寡御かおん」

「りょーかい、さてさてさっさと終わらせるわよ」

妖美な表情を浮かべ、寡御かおんと名乗る女性の修道士は腰を落とした。

「ディカン! 援護頼むわよ!」

「あらあら、聖職者が戦闘なんて、そんなはしたない事しちゃだめよ。

おとなしく誰かさんのために尽くしてれば、い・い・の」

ヘルさんが動いた瞬間。

残像すら残さず。

「師匠!」

ぼくの目の前に吹き飛ばされるヘルさん。

そのまま、ぼくたちは壁に突き刺さる。

「がはっ」

頭の上に、壁材のかけらが落ちてくる。

「じゃあ、あと頑張ってねルート。私たちはもう準備万端だわよ」
「そうか、ならサラセンを制圧してくれ」

「あら、それならもうヒルが行っちゃったわよ」
「ならいい」

ルートビエンは廊下の先へと消えていく。

「く……師匠、無事、ですか」

「あー、無駄よ無駄。みぞおちに当てといたからね。

意識あったら私自身なくしちゃうわよ。

ついでに私親切だから君に教えてあげるわ。

その子、肋骨何本か折れてるわよ。

ついでに内臓も何個か逝っちゃってるし。

早く誰かに診せないと死んじゃうわよ……と言っても通すつもりは無いけどね」

微かなヘルさんの息が、ぼくの左手にかかる。大丈夫、生きている。

でも、多分あいつの言うとおり危ないのだろう。

「……一つだけ言います。死にたくなかったらどいてください」

ここでぼくのするべきことは、ヘルさんを連れてここから逃げ出すこと。

ならば、ぼくは何も惜しまない。

舌先三寸──口八丁。

「いいですか? あなた程度なら、ぼくなら一瞬で殺せます」
「おやおや、随分と自信たっぷりだわね。じゃあ、やってみたら? ……ち」

気がついたようだが、遅い。

ぼくにとっては、その喋りだけで時間は十分。

「不可視ッ!」 「させるかッ!」

そして、行動もこちらの予想通り。

──誰がバカ正直にこんな所で不可視(インビジブル)を唱えると言うのか。

「……なに? どういうこと」

かくん、と寡御の動きが止まる。

ただ立っている状態なら、ぼく程度の蜘蛛の糸(スパイダー・ウェブ)は避けられただろう。

だけど、今の瞬間は。ただこちらに向かって走ってきているだけ。

5分前からメテオが直撃すると分かっていれば、誰だって避けられるだろう。

それと、同じだ。

そしてわざわざカレワラまで向かい、あの人に調合してもらった特製爆弾。

それを三つほど放り投げる。

「だから言ったのに。死ぬって」

ぼくは爆弾を投げた瞬間ヘルさんを担ぎ、

今度こそ不可視(インビジブル)を唱え、

響き渡る爆音の中廊下を逆方向へと走っていった。