第10話


「だから私は嫌だと言ったんだ!」

怒号が飛び交うは、暗黒の森の中、人間とモンスターが共存する町、サラセン。

「まあまあ、シャリ氏。そう怒鳴らずに」

なだめる人間も、全く落ち着いたそぶりは無い。

集まっている全員の顔が、心なしか青ざめていた。

「冗談を言うな! これだから人間は信用できないんだ! 何が迷惑を掛けない、だ?」

もともとそれなりに赤い顔を真っ赤にして怒る、サラセン銀行長のシャリ。

「だから、私達が勝てば問題ないんですよ」

「何を言う? なら今どうしてこういう状況になる?

なぜ、カレワラに喧嘩を売る必要があった?そんなこと、こちらは聞いてないぞ」

集まった肉屋、神官、果物屋などが同時にうなづく。

「まあ…、それは確かに…」

しどろもどろになる、ナイトマスター。

騎士団の一員とはいえ、彼も何も聞かされてないに等しい。

下った指示は、サラセン町からカレワラまで騎士団を案内しろ、とのことだけ。

「サラセン銀行の金は、御伽そこの国にしまってあるんだ。

あそこを封じられたら、実質サラセンは崩壊だぞ!」

「まあまあ、今どうこう言っても始まらないですよ」

間に立ったのは、 鑑定士のカルダ。

「とりあえず、我々のとる立場は二つしかない」

全員の視線が、カルダに集まる。

「ルアスに従うか、騎士団に敵対している集団につくか」

「そんなもの、決まっている」

手に紙切れを持ったシャリが立ち上がった。

「今、部下から手紙が届いた。ルアスのモリス卿が、騎士団側から離れるそうだ」

全員の心が、おそらくひとつになっただろう。

「カレワラに、投降しよう」




「ちっ…相変わらず逃げ足だけは速い」
「大丈夫ですか…! 団長殿」

駆け足。息切れとともに、部屋に入ってくる数人の騎士。

「ああ、それより今状況はどうなっている」
「は…。ご報告するべきことが」

「なんだ」
「モリス卿よりの伝言です。もう、手を貸せない…と」

ち、と舌打ちするルートビエン。

「どういうことだ? あれだけ言っておいただろう」
「は…。僭越ながら」

「言ってみろ」
「モリス卿と、破壊…いえ破戒の板は旧知の仲だとか」

「そんなもので旗色を変える奴ではないだろう」

どたどた、という足音とともに一人の戦士が入ってきた。

「団長! ご報告することが!」

不機嫌そうな顔をするルートビエン。

「今度は何だ?」

「サラセン町よりの伝令です。…我々と手を切る、と。

それから、カレワラに言った一団は全滅したそうです」

「…なんだと?」





「たいした事のない連中だったわねー」

祝杯のグラスをかかげ、海賊の一人と乾杯をする謳華。

「…なに? サラセンとカレワラが大変なことに? そなの?」

くくっと、グラスを傾ける。

中身は、モス酒ベースの、甘いカクテル。

「ま、でもカレワラはあの人がいるから大丈夫でしょう…て、全滅? 本当?」

立ち上がる謳華。

「一応心配だから、ルアスに戻るわ。悪いわね、途中で抜けて」

礼を言う海賊達。

手を上げ、ゲートを使い、謳華はルアスへと飛び立った。



「大丈夫ですか? ヘルさん」

「ちょっとつらいわね…でもこんなところで倒れるわけにはいかないでしょ」

とは言うものの、ぼくにはヘルさんの気配がどんどん弱まっていくような気がした。

「どっちですか?」

「右よ。…っ」

角を曲がった先には、数人の騎士がいた。

さすがに騎士団の本部らしく、詰めているのはほとんど騎士だ。

「蜘蛛の網(スパイダーウェブ)!」

向こうが反応するより早く。

それだけが、ぼくの役割だから。

いいかげん、ソレくらいは知っている。

「いいね!」

駆け抜けざまの一撃。

それだけで、4人がばたり、と倒れる。

「な…お前、いや、あなたは」

残った一人が、ぼくをみて驚いた顔をする。

あいた、ぼくを知っている人か。

「悪いけど、ぼくの立場が知られちゃいろいろとまずいんだ」

向こうへと駆け抜けたヘルさんを追うように、ぼくはダガーで騎士の心臓を突く。

「―らいなさ…ご、は」

「いくわよ、ディカン! この次の角っ!」

後ろには、死体が5つ並んでいた。