第6話 昼間が過ぎ、黄昏時を向かえ、そして辺りは暗闇が支配する夜へと再び戻る。 その部屋の中には、ベッドの上に横たわる青年が一人、 そして、壁にもたれかかり居眠りをしている──聖職者が一人。 「──眼、覚めた?」 一見すると、眠っていたように見えた彼女は、実際は起きていたのか。 青年が起き上がると同時に、彼女も立ち上がった。 「ここは、どこだ」 「ミルレスの薬屋の近く。具体的に言うなら、私の個人経営の診療所よ」 蒼は、包帯が巻かれている胸を撫でる。痛みは、ほとんど無い。 「あの貫通していたやつ、けっこう素直に入っていてね。 肺をちょっとかすめていたけど、安静にしていれば命に別状は無いわ」 蒼はベッドからゆっくりと起き上がった。 その視線には、彼に刺さっていた剣が転がっているのが写る。 「まあ、わかっているけど一応聞くわ。何処に行くつもり?」 「決まっている、そんなこと。あいつを、倒す」 「君一人じゃまた負けるだけだと思うよ」 手でロッドをもてあそびながら、ヘルギアは椅子に座る。 「それでもかまわない。無駄に残ったこの命だ。いまさら無くそうが、俺の知ったことじゃねぇ」 「無駄に残った、ね。噂どおりの性格こと」 苦笑しながら、ヘルギアはそう口ずさむ。 蒼は剣を手に取り、二三度上下に振る。 傷は、行動に支障をきたさない。 「なら、私もついていくよ」 「足手まといだ」 一言で蒼は斬って捨てる。 「もし、俺の行動を止めたいのなら、力ずくでやってみろ」 「……まあ、私じゃ止めることは無理だし。君の行動を止める権利もないのよね。 でも、傷を治した者としてこれだけは譲れないよ。別に一緒に戦うなんていうつもりは無いから」 「なら、なぜ」 「さあね。なんとなく。気まぐれ、だよ」 ヘルギアは、そばに置いておいたリンクを手に取った。 闇は冴え渡り、光は滅ぶ。 月は雲にかき消され、星々の瞬きも姿を見せない。 昨晩からの雨が今だにやまず、辺りをしっとりと濡らしている。 「私は──、なにを」 手元には赤い血、生暖かい肉、そして──自分のものではない剣。 「なんだ、なんだ、ナンダナンダナンダ──」 この感覚は。 目の前に、何かが通り過ぎる。 反射的に、剣を振るう。 「……ぐあっ」 ああ、なんだ。人か。 適当に剣を振るい、細切れにする。 ぼとぼと、と言う音とともに地面に何かが落ちていく。 「はは……はははぁハッハッハハハハハァアアアアアー」 頭の中に、何かが駆けずり回る。 「来。た」 もう一度、目の前に何かが。 気のせいか、それは何か懐かしいもののように思えた。 「へえ、この気配は──なるほどね」 「分かるのか?」 「さすがに」 肩をすくめてヘルギアは答える。 「こんな人間じゃない気配を、これだけ出せる存在なんて、いったい何なんだろうね」 剣をむき出しのまま地面を引きずり、蒼はヘルメットの面充てを下にずらした。 視野が遮られたその瞬間。 「──!?」 「────」 光は映り、衝撃が走る。ようやく最後に、音が到達する。 「……おい! テメェ、どういうことだ。これは」 「見たままだね──くっ」 体から力が抜け、足に堪えが効かず、ばたりと地面に倒れる。 「まさか、このためについてくるなんて言ったのかよ!」 「……まあねぇ。最初の一撃は、今の君じゃよけられないって……分かってたから。 とりあえず、君にその壊れた人間を何とかすることを、頼んだよ」 蒼をかばって攻撃を受けたヘルギアが、完全に意識を失う。 背中には、骨が見えるほどの刀傷が見える。 「おい! 待てよ。どういうことだよ。 なんでわざわざ俺を生かそうとするんだよ、お前らは」 答えるものは誰もいない。 再び闇から闇へと跳躍する殺人鬼の刃が、蒼に襲い掛かる。 「畜生! ウゼぇんだよ!」 その破壊の塊を、蒼は力任せに振りかぶった剣で叩き落す。 「何でいつもいつもいつもいつもお前らはそうなんだよ! 何で俺に頼る? 何で俺のことを助けようとする?俺のことをなんだと思ってるんだよ!? 俺は──」 そのまま地面に向かって、蝿のように叩き落した殺人鬼に向かって、剣を突き刺す。 が、間一髪で当たらない。 「俺は、ただの……」 蒼は後ろに向かって跳躍し、それの反撃をかわす。 逆に、反撃を空振りしたせいで伸びきっている相手の腕を一閃する。 「ただの、殺人癖の強い戦士にしか過ぎないってのによ!」 鈍い音とともに、相手の剣を持った腕を殺ぎ落とす。 耳障りな悲鳴をあげ、殺人鬼は闇の中へと引き下がる。 「ちくしょう……何で、だよ」 倒れたままのヘルギアに近づき、蒼は膝をつく。 瞬間、辺りに人の気配が生まれる。──二つ? 「よかった──蒼!」 生まれた気配は紅と板の二人のものだった。 「間に合ったか。どうやら一応、決着はついたのかな?」 「……」 板の視線が、蒼のそばへと寄せられる。 「!? 何故、ヘル君が?」 「──知らねぇよ。勝手についてきただけだ」 「蒼、お前が無事で、何で彼女だけ倒れているんだ?」 「知るかよ! お前ら、何で俺のことを頼りにするんだよ。 俺を何だと思ってる? 完全無欠の主人公か?ハッピーエンドの物語の語り部か? そんなの、やってられねぇんだよ!わかってただろ!? 所詮俺には、無理な話だってことぐらい」 蒼が、剣を地面に投げつける。 ごっ、という音とともに剣が地面にめり込む。 「もう、本当にいい加減にしやが──」 「そうか、大体の事情は分かったよ」 板が、冷静な口調でそう遮った。 「なら、君にはやるべきことがまだ残っている。 そこの人間になりそこなっている奴を、処分するまでが君の役割だ」 闇の中、一つの気配が凄まじいまでの存在感を生み出す。 間違いなく殺人鬼──ルキアス。 「な!? どういうことだよ!」 「蒼。誰もお前には、主役を期待なんかしていない。せいぜい狂言回しがいいところだ。 それなら、間違った物語の筋を元に戻すことくらい─やってみせろ、人類“最悪”。 相手はただの、人間以下だ。その程度、お前には余裕、だろ」 紅と板は、現れたときと同じくらいの唐突さで消えうせた。 それとほぼ同時に、ルキアスの攻撃が襲い掛かる。 「……はは」 生気が欠けた表情。 自分で突き刺した剣を抜き、先程と同じ── いやそれ以上の力で蒼はそれを払いのける。 「そうか、そうだったな」 あいつにはかなわない──。 あの時に思い知ったはずなのに。 まあ、たまにはこういうのも悪くない。 「かかってこいよ。いい加減、終わりにしよう。人外は、人外同士、潰しあおうゼ」 「殺すのは──私。生き残るのも──私。過去の伝説なんて、ただの飾りにしか過ぎないのよ」 ルキアスの口から漏れるのは、誰の思考か? 「所詮人類最悪も──人間。私のエサ」 「ハッ、ふざけてろよ。誰が、人間だと? 今の台詞、そのままそっくりテメェに返してやるよ。 人間の枠に収まってる奴が、何を言う?」 蒼の目の色が──名前と反対の赫色に、染まっていく。 「俺の名前を言ってみろ。 人類“最悪”の蒼──この名にかけて、テメェの命、この俺が貰い受ける」 最悪が、“最悪”に戻った瞬間。 それが、連続殺人解体事件の終わりでもあった。
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