第5話



「……何とかなりますか?」

心配そうな紅の声に、それなりにノリのよい女性の声が返事をする。

「何とか、ならね。一応殺さずには済みそうよ」

ミルレス町にある、個人経営の診療所。

板の知り合いの聖職者が経営している、という理由からこんな深夜にも無理が利いた形だ。

「そうか、なら幸いだ。なんにしろ、ヘル君がいてくれて助かった」

「いえいえ。いつもあなたにはお世話になっていますから。これくらいならお安い御用です」

そういいながら、ヘル──ヘルギアは薬液の入った瓶を傾ける。

「カイト、ヘルリクシャの瓶を取って。え? もうないの? 
なら、まだ必要になりそうだから、適当に作っておいて」

「はい。わかりました」

ヘルギアの助手らしきことをしている聖職者が、

彼女に瓶を手渡し、手元にある鉢になにやら色々なものを放り込んだ。

「僕たちにすることはないね?」

「はい、今のところは大丈夫です。それより、後で事情のほうを聞かせてください。
──あ、カイト、肉はある?」

「あ──、と。こちらも、後少ししかないですが。
なんなら兄さんが今サラセンのほうにいるはずなので買って来てもらいますか?」

「そうしてもらえる?」

「わかりました」

二人の会話を聞きながら、紅と板は扉を開けて部屋を出て行った。

「で、板さん」
「無理だよ」

紅が何かを言う前に、板は返事をした。

「あらかた、君は復讐の手伝いを頼もうとしたんだろう? だけど、それは無理な話だ」
「何故、ですか」

「そうだね。理由はそれなりにあるが、わざわざ答える必要はあるかい?」
「……」

二人は、神官のそばを通り過ぎ、広場へと向かう。

「そうですね。一応、聞かせてください」

「一応、ね。まあ、答えてあげよう。
一つ目は、あの彼は、僕が手伝うと言ったら確実に断るだろうということ」

「──そんなことは分かってますよ。

でもあいつが今でさえどんなに強かろうと、かつていかに最悪だったであろうと、

人間である以上勝てない。人間の天敵である、殺人鬼には。

だからあなたの手を借りたいと言っているんですよ」

「そうだね。だけど、それも理由のひとつだよ。

君はもちろん人間であり、人類最悪の蒼でさえ人間であり、そしてこの僕だって人間だ」

紅はあっけにとられて、まじまじと板を見つめた。

「なんだね?」
「いや……、あいつのこと、誰だかわかってたんですか?」

「さすがにね。最近巷を賑わしている殺人鬼が“人類最悪”を名乗っていると言う事実、

それに、あの最悪を押さえた君から頼まれた、

殺人鬼がいるであろうと言われている場所への運送(タクシー)の依頼。

その二つのことだけでも、彼が誰かなんて想像はつく。

それに、君は今さっき彼のことを“最悪”と呼んだからね」

「じゃあ、なおのこと。あいつとペアなら、勝つことも無理な相談じゃないはず」

「だろうね。だけど、僕はそういうことはやらない主義なんだよ。
もう、こりごりなんだ──。それだけは、わかってくれ」

板は歩調を早め、紅から離れていった。

「そうだ、ひとつ君に助言をしておこう」
「──え?」

板は無言で後ろを振り返った。

「君だって、十分彼の役に立ってるはずだよ。

何せ、誰も勝つことができないといわれた最悪を、

ああいう形とはいえ止めたのは、他ならぬ君だろう。

それに、相手は殺人鬼ではなくただの常軌を逸した人間──そうとも考えられないかな。

それならば、君程度なら簡単に解決できるだろう?」