第四話 攻城戦とは─。 基本的に城の所有者であるギルドが、城をかけて他のギルドの挑戦を受けるという形になる。 城の内部には城を城たらしめている動力源─ クリスタル状をした、一般にはペースメーカーと呼ばれている―が存在する。 これを壊した場合、城の登録情報が破棄され、それをしたギルドのものになる。 そもそもマイソシア大陸に存在する城がおよそ30。 冒険者としての人口がおよそ50万人だとして、 約2万ギルドのうちの30ギルドしか持つことができないものである。 必然的にこれを所有しているところは、それだけで冒険者たちの間で有名になる。 そのうちの一つ、“城”という概念が生まれて最初に作られて─ それ以降他のギルドに明け渡していない城。 それが《幻の伝説(アスガルド)》所有、〔ガリュード〕城なのである。 「おやおや……、これはまた随分と」 城の入り口、門の上。板さんが陣取っている場所。 お世辞にも足場がいいとはいえないけれど、そんなことは魔術師にとっては全く関係ないのだろう。 「行くぞ新入り。俺は俺の回り50mの奴らを全部引き受ける」 その言葉に少なからずとも驚くぼく。 「50m……全部ですか!?」 「悪いか?」 「いえ」 というか、蒼さん遠距離攻撃できましたっけ? 「ぼくは余った奴の掃除ですか?」 「そういうことだ。 いくら俺でも自分の攻撃範囲を超えた敵までは倒せないからな。 そいつらはお前に任せる」 相手側の誰かの雄たけびと地面の振動が、[これが戦いである]と誇示している。 悠長に構えている場合ではなかったか。 「さて、─いくぜ。久々にリミットを外せそうだ」 「え?」 隣にいたはずの蒼さんが、いつの間にか敵の中に突っ込みはじめた。 全身防具で固めてあり、手には愛用の槍があるとはいえ─。 「蒼、さん!」 ぼくは蒼さんを囲むようにできた敵の集団のほうへと走っていった。 ─────── その瞬間。 目が、あった。 不気味に輝く、名前とは正反対の赫色の目が、ぼくのことを一睨みする。 ぼくの網膜の中へと情報が侵入する。 そして、全てを語り始める狂気の眼。 極限の状況を、自分が置かれた危機を、 ただの愉悦とただの快楽として捉えている、狂った眼が。 ぼくはそのとき、“最悪”を見た。 「はーっはははははは」 起こったことは一瞬。 結果はただ一つ。 そう、強いて言うならば。 過程だけが、狂っていた。 槍に気を込め、敵の体を一度に三人分貫通させる。 言葉もなく絶命した敵をそのまま串刺しにして、自分を中心に360度強引に回転させる。 敵の体重がそのままハンマーの錘と同様の働きをして、 周りにいた敵を一掃、そうまさに一掃する。 それだけ、たった3秒ほどで、5mほど蒼さんの周りが空白になる。 少し下がる敵。 とほぼ同時に来る、後方からの支援魔法。 だが─―あたらない。 当たり前だ。桁が違う。 チンケな攻撃魔法の対象になるほどゆっくりと動いているわけもなく。 中途半端に引いた前衛たちが、最悪の次の的となった。 「テメェら、逃げてんじゃねェよ。喧嘩を売ってきたのは、そっちだろうが」 血に染まった槍をそのまま振り回す。 ただの棍棒ならまだしも、これは先のとがった槍。 遠慮なく最前列の連中は刀傷をつくり倒れていく。 「もうお終いか? 随分とあっけない連中だ。 そんなんじゃ、“最悪(オレ)”を相手にするにはレベルの桁が違ったな」 後ろに控えている誰か、に聞こえるような声を出す蒼さん。 同時に、明らかにうろたえている声が三つ。 「……な、《最悪の蒼》が参戦するなど、言ってなかったではないか」 「私だって聞いていない。大体信用できる情報屋からの話だ。 それに、私の配下もあいつのことをデムピアスと戦っているのを見ていると言っておる。 私には責任はない」 「そんなことはどうでもいい! いいからあいつを押さえろ! 全員でかかれば、何とかなる。こっちのほうが人数が多いんだ」 「そうだ、あいつさえ押さえれば、なんとか─」 再び見せた、魅せられる、“最悪”の笑顔。 ニヤリ、と口元をゆがませた、蒼さんの表情。 背中を見せ、もはや逃亡寸前までいたっていた連中が、 雇い主の言葉に再び戦意を取り戻す。 「そ、そうだな」 「全員でかかれば」 「よ、よし、なら俺たちは後ろから魔法で援護しよう」 「わかった」 「動きが止まったところで」 「全員で手足を─」 だめだ。 そんなのではだめだ。 愚考中の愚行。 最悪の中の、極悪。 「いいから、早くこいよ。グダグダ前口上を述べてる暇があったらさっさと殺されろ」 呟き声が風に乗る。 寄せ集められた兵どもが、蒼さんへと寄せ集められる。 楽しそうに、可笑しそうに。 「──はッ。本当の馬鹿だなこいつら、救いようがない。 そんな低脳さで、よくも俺に逆らおうとしたな」 四方八方を敵に囲まれていく蒼さん。 構えている槍の向きを下に向ける。 そして、悠然と全力を持って、それを地面へと。 突き刺す。 轟音が、鳴り響く。 ざわめきが、静まり返る。 揺れる、地面。 そう、技の名前で言えば、ハボックショック。 非常にありふれた、騎士ならば誰もが使えるスキル。 だが、それでも最適の状況で使えば、必殺の一撃となる。 加えて、使い手が人類、そしてマイソシア“最悪”の騎士─蒼。 ぼくは犠牲者に名を連ねた者に、冥福を祈る。 「ちっ。また壊れたか─スペアのほうもいくらか鍛えておく必要がある、か」 いつの間にか目の色が元(あお)に戻っている。 蒼さんの手元には、あのドロイカンナイトすら愛用する豪槍が、 たった一回のスキル使用で、柄を残して粉々に砕け散っていた。 「─おい、新入り。約束どおり50mだ。残りはテメェがやれ」 「やるねえ蒼君」 真上からかかる板さんの声。 「だけど槍がないとつらいでしょ。ということで、はい」 何かが蒼さんに向かって投げつけられる。 「おい、まさかこれ─」 「そ、今のと同型の奴だね。 ついでに少しエンチャントをして力(str)が上がるようにしてあるよ」 「なるほど、どおりでいつものを使うなと言ったのか」 「まあね。君のあれは最高傑作なだけに失うのが惜しい。 こんなくだらない試合で失うくらいなら、僕が1000万だしても買い取るよ。 そうそう、ちなみにそれ後スペアは5本ほどあるから、安心して壊したまえ」 驚いた。 「ああ、だが後5本だろう。次の一波は、槍なしで乗り越える」 「そうか」 苦笑する板さん。再び驚いた。
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