第三話


「で? 誰が今回は参戦できるんだい?」

板さんが、腰をかけていたソファーから立ち上がり、こつこつとヘルさんのほうへと歩いていく。

「それが、ですね」
「ふむ?」

「まず、ここにいる私たち三人。
あとは、明日かえって来る話通りなら、蒼が。それだけですね」

さすがにその事実には板さんもあっけに取られたようだった。

「本当かい? ちなみに他のメンバーはどうしたんだ」

苦虫を噛み潰したように、ヘルさんは言葉を紡ぎだす。

「紅月読さん(あかいつき)は、この間新しく発見されたダンジョンに入っていて、連絡不可能です。

それから、ミレル君は今、知り合って数年の彼女と新婚旅行中でたぶんルケシオンビーチに。

さすがに彼を招集するのは少し気が引けます。

ユステラ兄弟はガリバーゾーンに。

ただし裏の方なのでこれも連絡が無理ですね。

あとのメンバーは私は居場所すら知りませんしね…。

どのみちあと一週間ほどあれば集会があるんで連絡ができますけど。後二日ですから…」

「ということは、そのディカン君を襲った連中は

どういうわけかその辺の事実を知っていたということだね。

まあ、その辺もおいおい調べるとして、今はいない人を嘆いても仕方がない。

とりあえず、僕らで何とかしよう。とりあえず、ヘル君は蒼君が町に降りてきたときに連絡をつけて」

「え? じゃあ……」
「うん。久々に僕も参戦するよ。とりあえず後二日かな?
多分お金が必要になるだろうから、ちょっとモリス卿に掛け合ってくるよ」

「お願いします。……ディカン」
「はい」

「君は蒼が帰ってくるまで特訓よ。

今からサラセン闘技場に行って、そこにいるリュープさんって人を訪ねなさい。

短期間のうちに眼に見える程度には鍛えてくれるはずだから」

いったいどんな特訓なのだろうか。まあ、でも。

「わかりました」
「連絡は闘技場の放送が入るだろうから、それでね」

なつかしいね、リュープ君。彼女、最近元気かな、

とか何とか言っている板さんの言葉を聞きながら、ぼくはサラセンへと飛び立った。


ドアを開けると蒼さんが机の上に座っていた。

「─よう。新入り。こうして顔つき合わせるのは初めてか?」

長い髪をざっくらばんな風に後ろにまとめ、

いつもなら常に面倒くさそうな感じの表情が、かなりキツくなっている。

まずい、本気でキレかけている。

「そ、そうですけど」

「それで、話は聞いたけどな。今回の一件はテメェの責任(せい)だってか?」
「……」

「どうした? 聞いてるんだよ」

なんとか何かを口にしようとするけれど、それも無理な相談。

「何か言えよテメェ。頭だけじゃなくて口すらもついてねェのか、あぁ?

確かにな、俺はいい加減実戦不足だとか言ったがよ、

誰もヘルギアにこんな顔をさせて、その上俺に向かって頭を下げさせて、

そこまで必要だ、なんて言ってねんだよ。

テメェが襲われた? 命の危険だった? 調子乗ってんじゃねぇよ。

死にそうだったならさっさと死ね。そこまでの実力だったつーことだ。

弱いくせに偉そうに出張るからだ。冥土の世界で反省でも何でもしてろ。

土産に冥福ぐらいは祈ってやるよ。それなのになんだ?生きて帰ってきた、だ?

ふざけるなよ、この世界を何だと思ってる。

やる気がないほど弱いなら、弱いやつなりに隅っこに引っ込んでガタガタ震えてろ!

迷惑なんだよ。うちのギルドに用はねェんだ、そんな奴!」

強烈な右フックが飛んできて、ぼくを吹き飛ばす。

激音とともに机と壁を巻き込んで、ぼくの体に激痛が走る。

「つ…」

「やめるんだ、蒼君」

「蒼、やめてくれ。

あたしのために怒ってくれてるのはわかるけど、あたしからもディカンには言ってある。

闘いは明日なんだ、言いたいことはそれからでも言えるだろう」

少し、というかかなり不満そうだったが、二人に従い、蒼さんはぼくに暴行を振るうのをやめた。

「……分かったよ」

横長に切れる目が、ぼくを蛇ににらまれた蛙にする。

久々に、本当の恐怖と言うものを感じた気がした。

「ディカン、いつまでもへばってないで席に座りなさい。今から、プランを説明するから」

ヘルさんの手を借りて、ぼくはなんとか立ち上がった。

しこたま打ち付けた背中がいまだに悲鳴を上げている。

「今回の攻城戦、正直言ってかなりつらいと思う。

ディカンが絡まれた連中、もし相手があれだけの数なら、

あたし一人だけで何とかなるくらい、問題は無いんだだけど。今回の契約、これがね」

そういって、紙に書かれた一つの行を指差す。

「『ただし、時間帯の間に、誰が攻めてきても構わない』、ってやつ」

「全く関係の無い第三者がかかわってくる可能性があるということかい? 
必然的に、守るだけのこちら側としてはきつい、と」

これは板さんの声。

「もちろんそれもあります。

ただ、時間的に見ても、連中と関係のあるところしかこれないでしょう。

契約期限が戦闘開始からおおよそ2時間。

町に噂が広がるまで30分、装備や人員を整えるので1時間、

そこからさらに城に移動で30分かかるから、他の連中の介入はけっこう厳しいものがあるかと」

「そうか。じゃあ、大体来る人数は想像がつくかな。僕はここで控えているよ」

そういって地図上を指差したのは、城の入り口─門の上。

「俺は先頭を張る」

蒼さんらしいといえば、非常に蒼さんらしい。

いつもどおりということは、

《幻の伝説(アスガルド)》でいっつも最初に斬り込みをしている、

あのフルアーマーの人が、蒼さんなのか。

今まで見たことがないわけじゃないけど、顔は装備で見えなかったしな…。

さて、じゃあぼくは

「ぼくは─」

「新入り、テメェも俺と一緒だ。
弱いなら弱いなりの根性を見せてみろ。死ぬはずだった命、無駄に使ってな」

─当然、逆らえるわけもなく。

「私は中のクリスタル前で待機ね。じゃあ、移動しましょうか。せいぜい頑張りましょう」


そして

戦闘が始まった。