Access-alivEその6




 “死を招く少女”、そして殺人鬼“最悪”。

 “最悪”という存在がマイソシアに生きる人間――

 神の生み出したモノ――に相対する“鬼子”ならば。

 さしずめ、“死を招く”少女は、ソレに対する“ワイルドカード”といったところか。

 だけど、もし本当にそうだとしたら――

          ――蒼さんに勝ち目は全く無い。

 そう、ディカンは思った。そもそも、蒼はかつて一度、神々に対して降伏している。

 「あれ? それならなんで。……あぁ」

 彼は一人結論を出し、納得した。

 言うなれば、ヘルギアとルキアスの関係に近いもの。

 人格と言うものは、肉体を支配する脳の意識。

 そして同時に――肉体固有の意識も存在する。

 それをヒトは本能と呼び――嫌悪する。

 「確かに蒼さんは負けを認め敗北し堕落したけれど――“最悪”、

  あの人の“根源”は何も負けを認めちゃいなかった……ってこと?」

 彼の問いに答えられるものは誰もいない。

 ただ確かな解答を持って、時はゆっくりと流れていく。

 ディカンの視線の中、最悪が少女に向かって走っていく。

 刃先を下にし棒を掴むかのように無造作に柄を手に取り――

 ただ首を斬り命を奪うと言うこと以外の目的が無い動作。

 余った右手を軽く添え、まるで死神の鎌の様なスタイル。

 「――死ね」

 一閃。

 本当に生じたかのような光が、ディカンの目を打つ。

 そして、最悪はいつの間にか少女の向こう側にいた。

 盗賊としての彼をもってしても、全く見えないほどの超高速。

 「……チ。なんて奴だ」

 最悪の振るう剣の威力に倒れた少女が、むっくりと起き上がる。

 傷など全く無く、そして右手には剣の破片。

        ――破片?



 「“死を招い”たか。さすがだな。肩書きと称号は、伊達じゃねェ」

 この場合、瞬時に剣を引いた最悪を称えるべきだろう。

 名の通り、“死を招く”ことのみを、生存の価値として与えられた彼女には――

 全てのことなど、消え去る前の陽炎にしか過ぎない、ということか。

 「あなた――この程度?」

 小さいが、良く通る声で少女は喋る。

 「はン。この俺に対するキラー因子がテメェだとしても――この俺は、鬼だ。

  人しか殺せない、程度の低い連中と一緒にするなよ。たとえ神々だろうと――」

  オレは、何だってコワシテミセル――。

       ふっと、ディカンは思った。

 この場合、ぼくにとって一体、誰が勝ったらいいんだろうか――と。

 「でも、それは考えるまでも無いことか」

 たとえ最悪が、全ての生に対する天敵だったとしても、彼では彼女を殺せない。

 むしろ逆に、彼はただ死ぬだけ。

 それは生まれる前から定まっている決まりであり、ルールだ。

 火は水で消え、氷は炎で凍ける。その次元の問題。

 そう、だから、問題を解決したいというなら。

 ――ならば、方法は一つしかない。////////







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 ヒトをコピーし、ヒトにコピーし。

 まるで“鏡”のような、媒介としての媒体。

 「だから、鏡家って言うのね」

 最初の七家のうち、彼らはもっとも異質を放っていた。

 何より、何より重視される血縁が彼らには無かった。

 必要なのは狂おしいほどの知性と知力で/狂おしいほどの血の呪いではない。

 だが、それはつまり人間としても異常なモノの集まり。

 事実、先代の当主――彼女の父親も、その内実ゆえに狂い死んだ。

 「誰か、いる?」

 悪天候の中、照明がつかない室内はただ薄暗かった。

 その中に、一つの気配が生まれる。

 「――はっ」

 「ねぇ、君さ……ゼロサムゲームって、知ってる?」

 少年と言って差し支えの無い、ある程度押さない声を耳にし、彼女は話し始めた。

 「いえ……遺憾ながら」

 「そう。じゃ、軽く説明してあげるわ。ええとね、つまりはこういうことよ。

  何も手を加えていない状態から、ヒトが思考して状態を変化させること。

  混沌が一切入らない、具体的に言えば――机上の兵法論とか、まさにそうね」

 ヒトの代わりに、駒を使ってやるでしょ、と彼女は続ける。

 「――は」

 「そういうのを、ゼロサムゲームっていうんだけどね。これには一つ致命的――

 そうね、ゲームと言うには致命的過ぎる欠陥があるの。分かる?」

 「実際とは違う――そういうこと、ですか?」

 「違うわ。むしろ、人間なんて駒程度のもので再現出来てしまう程、単純な生物よ。

  私が言いたいのはね、一手目が打たれた瞬間、勝ち負けが決まってしまう――そういうことよ」

 椅子に座り、窓から外を眺め続ける彼女。

 雨が、まるで涙のようにぱらぱらと降っている。

 「笑える話よね。

  自らをゲームと銘打っておきながら、始まった瞬間勝敗が決まっている。

  例外なく、ね。外から何の影響も受けない、

  ゼロサムという原理に縛られている以上は、当然の帰結なんでしょうけど」

 「……」

 「あの男――私をここに引き込んだあいつがやろうとしていることが、正にこれよね。

  でも――初手を打ってしまったのはあいつ。負けは、こちらよ。

  仕方の無かった、こととは言え」

 「どうしようも、無いと言うことですか?」

 「そうね。でも、今回のゲームは相手と目的が同じ――

  言い換えれば、同じ側に座って同じ駒を使ってるの。

  だから、反対側には誰もいないのよ」

 本人たちは向かい合ってるつもりでしょうけどね……と内心呟く。

 「ただね、そういう理屈を抜きにしてね、ゼロサムの原理の鎖から逃れるのは、方法があるの。

  たった一つの、とてもさえないやり方だけれど」

 そう。誰だって少し考えれば分かること。

  外力が無い、という原則の下で敗北しか有りえないというのなら。

  ルール通りにしか駒が動かせないと言うのなら。

――ならば、方法は一つしかない。////////







 “バーカ。頭が固ェから、こんなことも思いつかねェンだ”