Access-alivEその5


 ルアス街の一角。

 「御苦労。――しかし、当主」

 「なに?」

 当主、と呼ばれた女が、視線を向けていた窓から振り返る。

 「これで、本当に?」

 「どうだろうね? あたしもアイツとは久々だから。

  でも、“死を招く”少女だけあればうまくいく……そう言ったのはアンタよ?」

 一人の女性――雰囲気からすると、二十台中ごろ、といったところか。

 悠然と振り向く彼女。

 「大体、父さんの意向に背いて、あたしを担ぎ上げてさ」

 「――は、それは……」

 「はは、いいわよ。別に困らせようと思って言ったわけじゃないから。

  昔だけど、アイツとはいろいろあってね……」

 「人類最悪と、ですか?」

 「そうじゃなくて。蒼、という一人の人間とね。

  だからこそ、すんなりと応じたわけ」

 「とりあえず、私は詰めの仕事を」

 「がんばってね。アイツのことそれなりに知ってる私が言うのもアレだけど――

  アイツは、やる時にはすぐやるタイプよ」

 「……どういうことでしょう?」

 「思ったより時間が無いわよ、ってこと。

  “最悪”同士の戦い? 私の知ったことじゃ、ないんだけどさ」

 そして、男はすっと闇に姿を消す。

 「……以外とせっかちね、彼」

 女はそう言って再び窓へと視線を寄せた。ルアスにある、元食堂の廃墟。

 そこに、鏡家の新当主は――存在していた。





 “死を招く”少女。

 彼女のその特質。

  決して殺人鬼のように直接死を運ぶわけでもなければ、

  詐欺師のように死を届けるわけでもない。

  遠因として、彼女と死が結びついているだけ。

 「……ん……んん。むー」

 寝息と寝言が混ざったような声がする。

 そもそも彼女の存在が確認されてから、そう日が経ったわけではない。

 あの時以来の、神々の攻撃因子。それを身に刻み付けられた人間。

 最強の刺客――誰にも止められない、マイソシア崩壊の序章。

 「あら、まだ起きてないの?」

 「――ああ、まあな」

 闇の中、女と男の声がする。声はすれども――姿は見えない。

 「結局、私たちが直接的に手をくだせれば話ははやいのよね」

 「ムリだ。以前の敗北を覚えていないわけでもあるまい。

  それにたとえ許可が下り可能だったとしても、あの二人は人間ではない。

  そんな存在は私たちは知らない」

 「知らないから――倒せない、殺せないってわけね。

  しかし……万能とはよくいったものね」

 「万能だった神がいただけだろう。神が全て万能というわけではない」

 「へぇ……まあいいけど。それで? どうするの、この“因子”は」

 「あの二人のところに再び届ける。

  殺しあってくれることを願ってもいいが、それだけでは足りないのでな。

  それに、余計な手を加えた奴らもいる」

 「余計な手?」

 「そうだ。この空の塊に、意識を組み込んだ連中がな。

  もっとも、それのほうが、こっちとしてもありがたいから黙っていたが」

 女性が、肩をすくめる気配。

 「やれやれ、あんたらしいわね。ま、好きにしなさい。私は傍観させてもらうわよ」

 「もとより。誰も手助けを当てにはしていない」

 「そ。それじゃね」

 すっと、気配が消える。

 「……」

 すやすや眠る少女に視線をやり、そして男の気配も消えた。

 そしてただ一人、森の中に少女が残った。



 あたりには、全てを洗い流すような、雨が降っていた。







 「――! 誰?」

 振り下ろされた剣に、長剣がぶつかる。

 「ぼくですよ、師匠。いえ、ルキアスですか?」

 「あら……ディカンじゃない? 何しに来たのよ」

 「格好よく言えば、過去の清算です。より正確に言えば、雑事の片付けですか?」

 普段の彼の口調からは考えられないセリフを吐くディカン。

 「あなたを、止めに来ました」

 「へぇ……面白いわねっ! やれるものならやってみなさい……」

 すでにばらまく気配は最悪、そして死。

 「――。かつて、最悪とよばれた殺人鬼を止めた例は四回あります。

  紅さんが蒼さんと初めて出会ったとき、蒼さんがあなたを止めたとき、

  そして暴走する最悪を止めた師匠。

  そして、偽物の鏡とはいえ――謳華さんとガンヴェルクさん」

 「それで? あんたが栄えある五回目になりたいの? その前に肉片残らず殺

  してあげるけどね、人間」

 「ぼくがあなたを“静止”しようなんておこがましい。

  さすがにそのくらい、弁えてますよ。もうあの時のことは繰り返したくない」

 「じゃあ――……え?」

 瞬間、恐ろしいまでの殺気が二人を襲った。振り返るルキアス。

 「だから、ぼくじゃムリなら――誰かに頼む。

  真正の殺人鬼、蒼を起こせば、必然として色々とまる。

  さっき投げた剣、あれは昔蒼さんが殺人鬼だったころの、愛用の刀ですから。

  半端ないでしょうね」

 「なんてこと――! それじゃあ、あんたが真っ先に死ぬわよ」

 「ええ、それくらい了解済みです。そうでもなければ、自分の罪は償えない――!」

 ちっ、とかすかに舌打ちをし、ルキアスは殺人鬼と対峙する。

 「よほど厳重なストッパーね、蒼」

 「蒼? 誰だそれは。俺は鬼だ。全てを殺し、一を破壊する」

 そして、次の声はルキアスの後ろから聞こえた。

 「人だろうとモノだろうと――鬼だろうと、俺は全てを滅する」

 がくり、と糸が切れた操り人形のようにルキアスは倒れた。

 「峰打ちだ。せいぜい苦しめ」

 「――……以外と、慈悲深いんですね。最悪って」

 「おう、お前か。俺を久々に起こしたのは」

 そう言う最悪の眼は、煌々と赫い。

 「ならまぁ、死ぬか?」

 「ええ、そのつもりだったんですがね、ちょっと事態が急転しました」

 視線は最悪の向こう、一人の少女。

 意識無く歩く姿が、彼女の神秘性をより増していた。

 「……ん? お前は――ああ、俺と同じか。存在しちゃいけないモノ」

 「――ええ、そうなるでしょうね」

 最悪の手がぶれ、そして握っていた短剣が消える。

 次の瞬間、雷が鳴り金属のソレを消し炭にし、下に落ちる。

 「はン。“死を招く”存在か。俺よりもいかれてやがる。

  しかも、何か混ざってる――か?」

 「さぁ。どうでしょう?」

 全身白い服を着た彼女の服装は、一見すれば白装束とも――ウェディングドレスともとれるもの。

 「最悪は自動だ。俺の意思にかかわらず、モノを殺す。

――ということだ、ディカン。テメェの番は次だ」

 ディカンへと顔をやった最悪。その表情は恍惚。

 「さて、殺ろうぜ? そろそろ俺は待ちくたびれた」