Access-alivEその2


 蒼が連れてきた少女を見て、ヘルギアとの間に起こった一騒動以外は、

 特に何もなく、平穏な時が流れた。そして、闇。

 「……何してるンだかな」

 あの何があったのか分からない話が終わってから、既に五年はたっていた。

 謳華も、板も、リュープも、行方不明のままわからない。

 結局残ったのは蒼とヘルギア、そしてディカンプールのみ。

 空を見上げると、かけることの無い月が輝いていた。

 「赤い月――紅月読、か。あいつにもまさか、会えたとはな……」

 片手に酒瓶を持ち、ほろ酔いながら蒼は通りを見下ろした。

 屋根の上に座り、物思いに浸ってから既に4時間ほどが経っていた。

 すでに少女も、ヘルギアも眠りに入っており――街自体も活動を停止していた。

 「昼間のは、なんだッたんだかな。今頃、あんなことする連中がまだ残ッてたとはな……」

 一人しかいないと、自然独り言が多くなる。

 ちびちび酒を流しながら、嫌な現実から逃げようとする蒼。

 いくら飲んでもあまり酔うことの出来ない体質が、蒼自身は好きではなかった。

 片手でドロイカンランスをもてあそび、蒼は視線を、死んだように静かな街へと寄せる。

 「……そろそろ、寝るか」

 毎日寝て起きて、そして寝る。それだけの日々。

 「意味があるんだか――死んだ方がましなんだか」

 屋根から飛び降り、ドアに手をかける。



――その、とき。



 「……誰だ?」

 振り返る。

 「…………」

 沈黙が返ってくる。闇に溶け込んではいるが――大体10人ほどがいるようだった。

 「何の、用だ?」

 「ある人間を返してもらいに来た。おとなしく出せば、痛い目にはあわせない」

 「はッ。あの少女なら、好きにしろ。俺には関係ない話だ」

 「――何。なら、ここまで連れて来い。それで信用してやる」

 偉そうな口調に僅かに腹が立ったが、蒼は扉を開け素直に寝ている少女を抱えてきた。

 「ほらよ」

 ぽい、とモノでも投げるかのように蒼は少女を放った。

 んむ、と少しぐずる声が聞こえた。

 「確かに。賢い生き方だ――と言いたいが」

 先ほどから喋っていた黒ずくめの一人が、言いよどむ様にセリフを紡ぐ。

 「貴様は、あの“最悪”の蒼だと聞いていたが」

 「――気のせいだ。それよりさッさとどけ。俺はこれから寝るんだからな」

 そして男たちがどこに行ったのかも気にせず、蒼は扉を閉めた。





 「――蒼、おきなさい」

 「……何だ?」

 目を開けると、少し怒ったようなヘルギアの顔が見えた。

 「昨日のあの子がいないんだけど……蒼知らない?」

 「――あァ。知ッてると言えば知ッてるな」

 「どこ?」

 「さァな。昨晩妙な連中が来て拉致していッたよ」

 「さぁなって……。それで、蒼。無視したの?」

 「ああ。俺には関係の無い話だ。お前を拉致しに来たのならともかく、な」

 「――蒼」

 オレにはカンケイのナいハナシだ――そう、蒼の脳裏で何者かが叫んでいた。







 ルアスの平日は大体5時ごろから動き始めている。

 狩りでいろいろ手に入れた冒険者や、肉や酒といった必需品を、

 サラセンや海賊で手に入れてきた商人が露天を開く時間が、そんなものだった。

 「はいまいどー」「ありがとね」「よってってー、安いよ」

 商人たちの勧誘が飛び交う中、蒼は何の目的も無く道を歩いていた。

 気がつけば溜息をつき、首を振る。

 蒼自身、自分の行動になんら意味も目的も見出せていなかった。

 (何であの時――助けたんだか)

 別に無視しても一向に彼には影響が出なかった。

 ただ一人、不幸な女が生まれただけのこと。

 死のうが何されようが、蒼やヘルギアには全く関係の無い話。

 「くだらねェ……」

 いつの間にか、人の気配があたりから消えていた。

 視線を上げると、ルアスの端に位置するところまで来ていた自分に気がついた。

 「……――はァン。誘われた、か?」

 振り返ると、一人の男がいた。

 「やッぱりよ、グダグダ考えるのは俺の性にはあわない。

  テメェみたいな奴が出てきてくれた方が、よッぽど分かりやすい」

 黒ずくめの男が、じわりじわり、と蒼に迫ってくる。

昨日の昼間、そして夜会った不届き者たちとは桁違いの実力に、蒼の額に汗が浮かぶ。

 「それで、何の用だ?」

 「昨日、貴様が殺した男たちの仲間――それでいいか?」

 「ああ、いいよ。それで十分だ」

 そう言うと、蒼は手に槍を握った。

 「殺すつもりでかかッて来い」

 「無論のこと」

 「むしろ――殺せ」

 そして、蒼は突撃を始めた。