Access-alivEその1


人が死ぬこと。血が流れること。息絶えること。

 表現はどうであれ、俺が行ってきたこと。

 残酷なまでに人を殺し、残虐なまでに全てを奪った。





――だけど、俺は本質に気がついちゃいなかッた。

  一番残酷で残虐だったのは、

無残に流れ行く時であったということを。 

  それに気がついたときは既に何もかも遅く、

俺はただの脇役以下に成り下がっていた。





 だからこれは、世界の本筋とは全く関係の無い、ただの傍流に過ぎないこと。

もう、何かを残すことはできないと自覚していた。







――最初は、そんなことする気はそもそも無かッたんだが。













 国敗れて山河あり。そんな言葉が蒼の脳裏を一瞬掠めた。

ルアスの街からだいぶ離れた、スオミ森の小高い丘の上。

そこに彼は寝そべっていた。

人間と神がどのような争いをしようとも、

自然には何の関係が無かったかのように、森はそのまま、鳥がぴいぴいと鳴いている。

傍に、しばらく愛用していた槍を置き、しばらくその音に耳を傾けていた。

 「――はン。らしくもねェ」

 少し感慨に浸っていた自分を引き戻す。

何となく街にいる気がなくなり、外に出てきたはいいが――彼にはすることが無かった。

 「帰るか」

 持っている軽量のかばんに手を突っ込み、ゲートを探る。――が、見当たらない。

 「――チ。置いてきたか」

 腹筋の力で起き上がり、槍を手に持って蒼は丘から飛び降りる。

フルプレート時に装着する兜は持ってはいたが、今は着けていなかった。

このあたりにはモンスターが出るとは言え、彼の実力には及ばないものばかりだったからだ。

 「仕方ねェ。歩くか」

 特にすることもなければ、時間の有効性を考える必要も無い。

 (随分――堕落したんだろうな。俺も)

 自嘲したように、笑みを浮かべた瞬間。

 (――なんだ?)

 蒼は振り返った。確かに、絹を裂くような悲鳴が、彼の耳に届いた。

 「気になる――か」

 立ち止まり、少し考える。

 (ッたく……面倒くせェ)

 この悲鳴を聞いて何も無かったように通り過ぎることは、蒼にはできなかった。

瞬時に行動を判断、槍を構え、一目散に声の発生源へと体を向かわせる。

気合一閃、地面に槍を突き刺した。

 「――はッ!」

 まるで地震の様な揺れが、蒼の前方へと襲い掛かる。

数人が一人と闘っていた気配、

より露骨に言えば賊が一人の少女をいたぶっていた気配が、大きく揺らぐ。

 「……てめェら。何やッてる」

 助走をつけて跳びあがり、賊と少女の間に強引に割り込んだ。

 「何だお前!」 「何者だっ!」

 「俺が質問してるンだよ」

 なんの迷いも無く、槍を振るう。一番前にいた男――おそらく戦士であろう、

の首が、音も無く飛んだ。

 「大体――」

 セリフが消え去り、そして驚愕があたりを支配する。

 「……な」 「きさまぁ!」

 あまりの早業に、誰もが何をしたのか、一瞬のうちには理解できていなかった。

――ただ、一人の男の命が掻き消えた。

 「もう一度訊くぞ。てめェら、何のつもりでこんな事をしている?」

 「なっ……お前は正義の味方のつもりか!?」

 (正義の味方、か)

 彼の後ろにいる少女は、おどついた気配をしていた。

彼女を襲っていた賊に対しても、そしてあっさり人を一人殺した自分に対しても。

 (俺も、罪深い、か)

 「どうでもいい。ただ、てめェらが気に食わない。それだけだ」

 もう何も聞きたくないかのように――

事実、蒼はもはや賊たちの戯言を聞くどころか、言わせるつもりもなく――、襲い掛かった。

 「ぐはぁっ」 「……ぐ、無ね……」

 次々と男たちを殺していく。そして、最後の一人。

 「お前は……まさか……」

 彼の言葉は恐怖で既に言葉になっていなかった。

 「な……何で生きてるんだ! お前は死んだはずじゃなかったのか! “最悪”

  の蒼!」

 「……俺はもう、最悪じゃねェんだよ」

 心臓の位置に、トンと槍を一突きする。

それだけでヒトの命の灯はあっさり消える。男はずるずると地面に倒れた。

 「はッ……。他愛もねェ」

 血まみれの槍を振り、脂と血液を飛ばす。

 「……大丈夫か」

 隅でがたがた震えていた少女に、蒼はできる限り優しい声を出す。

 (ディカンか――ヘルの奴を連れてくるべきだったか)

 「帰りたいならついて来い。俺が信用できないというのなら、好きにしろ」

 そう言うと、蒼は森の出口――ルアス街へと足を向けた。

 「――待って」

 か細い、声がした。

 「何だ」

 「置いて、いかないで」

 「……だったら自分で立ち上がってついて来い。

   何かする気のない奴に、親切心を出すほど、俺はイイヒトじゃねェ」

 しばらく、沈黙が流れた。

 蒼は少し待ち、そして再び歩き始める。

 それとほぼ同時に、彼の後をついていく気配も生まれた。

 (はン。中々、イイじゃねェか)

 僅かに驚嘆の念が生まれてくるのを自覚しつつ、蒼は自宅への道を急いだ。