6th quest 過去を経た今、未来へ続く今 「参る!」 「応!」 「承知……」 緑豊かな草原に勇ましい掛け声が響く。 ターゲットは商人風の男だ。 「ひぃぃ…!」 逃がさない。 我らカプリコ三騎士にかかれば逃がす訳がない。 無言でエイアグが切りかかる。 剣は商人の体と荷物を切り離した。 そこを透かさずフサムの眼眩まし爆弾が襲う。 緑が映える草原に白煙が立ちこめる。 十分な余裕があると判断した私はフサムとエイアグを呼び戻した。 「『ウィザードゲート』!!」 視界が目まぐるしく変わる。 まるで、幻想世界のようだ。 着いた場所は木に囲まれた草原の外れだ。 「ん〜…順調だぜ!」 「今回の収穫はどうだ?」 我らカプリコ三騎士は旅人の金品を強奪して、生きている。 なぜ、そんな生活をしているかというと、人間に憧れているからだ。 こう聞くと矛盾を感じるかもしれないが、 人間の装飾品を身に付けることによって、より人間に近付ける気がするのだ。 だから、人間を殺すことは絶対にない。 しかし、やはり悪事は悪事。 人間からはすっかり嫌われてしまっている。 また、同族から疎まれているのも事実だ。 「お、ベリルアメットじゃん!」 「やっと、アジェトロの分の兜が揃ったな」 ベリルアメットとは人間の戦士が被る頭部保護用の防具の一つだ。 埋め込んである宝石によって名前は異なり、 前衛であるエイアグはクイツアメット、中衛のフサムはエンバアメットを装備している。 「でも、私は魔術師だから兜は必要ないぞ」 「細かいことは気にすんなって。 三人揃っていたら、何かカッコいいじゃん」 緊張しながら被ったベリルアメットは驚くほどしっくりくる。 また一つ人間に近付いたわけだ。 「あとは何がある?」 「ん〜と、食料がいくらかあって…。 ん? 何だこれ?」 フサムが取り出したのは手紙だった。 「ゴクリへ。 お前が生まれて早三年。 おじいちゃんは元気に…って、こんなもん取ってもなぁ」 その手紙には小さなヨーヨーがくくりつけてあった。 「何か大切なものを奪っちまったみたいだな。 これだけ、返してこようか」 エイアグが言った。 何だかんだ言って結構人がいいのだ。 「かったりぃなぁ。 俺は食事の準備しておくから、エイアグ行ってこいよ」 フサムは準備と言いつつ、肉にかぶりついている。 仕方がない奴だ。 「私も行こう」 「来てくれるのか」 エイアグが無邪気な顔を綻ばせる。 「じゃ、フサム。 行ってくるよ」 「おう。 ドジ踏むなよ」 あの商人はどこにいるのだろうか。 とりあえず、元の場所に戻ってみる。 「あ、いたいた」 呆然と間抜けな面をして、立っている。 よほど大切な物なのだろう。 「じゃ、ぶん投げてやるか」 幸い、ヨーヨーが重りになりそうだ。 「待って、アジェトロ」 エイアグは手紙を私の手中から取ると、商人のいる傍らの木の上に登った。 そして、一瞬笑顔をこちらに向け、重々しい声で言った。 「どうした? 男よ」 男は弾かれたように首を振る。 姿の見えない相手に戸惑っているようだ。 「我はセトア。 お前たち人間の言う神であ〜る。 悩みがあるなら申してみよ」 少し神々しさに欠けるが単純な男は簡単に騙された。 よく、その程度の脳味噌で商売を出来たものだ。 「おぉ、神よ! 哀れな子羊の悩みを聞いて下さるというのですか?」 「もちろんじゃ。 ほっほっほっ」 一体いつの時代の神だ…。 「あ、ありがたき幸せ!」 きっとこの男は今までの人生で百万は騙し取られているに違いない。 「実は知り合いの老人からミルレスに行くなら孫娘に渡してほしい、と手紙と玩具を受け 取ったのでございます。 しかし、それを野蛮なカプリコに奪われてしまったのです」 野蛮…。 「そうか。 それは災難だったのぉ。 しかし、カプリコも生活がかかっているのじゃ。 許してあげなさい。 むしろ、敬いなさい」 …どういう理屈だ。 「ははぁっ!」 ………。 「ごほん! ともかく手紙は返してやろう。 ヨーヨーもだ」 男が首を傾げる。 「私めはヨーヨーとは申さなかったのになぜセトア様は存じておられるのですか?」 エイアグの表情が強ばった。 「か、神だからです」 なぜ急に敬語になる…。 「でも、悩みが何かは存じておられなかったようですが」 「それは…神様らしく振る舞うために仕方がないのです」 おい、ボロが出たぞ…。 「左様でございますか!」 …真の馬鹿だ。 我らが目指す人間とはこの程度の存在なのか…。 「解ればよろしい。 出よ! 手紙とヨーヨー!」 それは魔術なのか…? しかも、木の枝の隙間から落としただけだぞ…。 「ありがとうございました! セトア様! ついでに私めはベリルアメットと食料をいくらか落としたのですが…」 …やばい。 「この愚か者! 強欲であることは信仰心に傷が付くぞよ!」 …「ぞよ」って…。 「ははぁっ! 申し訳ございません! 愚かな子羊をお許し下さい」 土下座してるよ…。 「解ればよろしいのです。 では、また会う日まで」 エイアグは静かに木から降りると、私に耳打ちした。 「楽しかったな」 「私は疲れたよ…」 「ははは、さぁ、戻ろうぜ」 感慨に胸を打たれ放心状態の男を最後に見て思った。 この男はこれからも騙され続けて生きていくんだろうな、と。 * * * 帰りは『ウィザードゲート』を使わず、歩くことにした。 話題に花が咲いたからだ。 「なぁ、あの掛け声そろそろ変えないか?」 あの掛け声とは「参る!」「応!」「承知……」のことだろう。 「何で?」 「『あの掛け声はカプリコ三騎士だ』って人間の間で浸透しちゃったら、掛け声 出しただけで人間逃げちゃうじゃん」 一理ある。 「でも、せっかくフサムが考えたんだしさ」 「でもなぁ…」 その時、エイアグが顔を強ばらせた。 「やべぇ!」 「何が?」 「フサムに肉全部食われちまう!」 言った途端、エイアグは駆け出した。 …やれやれ。 私はもう少しのんびり行くことにしよう。 思えば、我々三人が故郷を追われて三年が経つ。 昔から人間に憧れていた我々三人は今までの生涯ずっと一緒だった。 故郷を追われた時も、初めて人間を襲った時も、餓死しそうになった時も、 泣いた時も、笑った時も、喧嘩した時も、人間のパーティーに話しかけた時も、故郷を想った時も…。 私は今、幸せだ。 親友たちと共に夢を追い続けていられる。 こんな幸福に満たされるのはこれからもあるのだろうか。 過去があるから今があるのかもしれない。 今があるから未来があるのかもしれない。 でも、私たちが生きているのは今だ。 だから、今を幸福に生きたい。 今を大切にしたい。 …なんか、これから辛いことでもあるみたいだな。 私は歩みを進めながらほくそ笑んだ。 「馬鹿らしい」 …でも、この胸騒ぎは何だ…? その時、鋼の音が肌を震わせた。 * * * 私は走り出していた。 『ウィザードゲート』を使うのすら忘れて。 あの鋼の音は何だ? 全身の毛が逆立つのを感じる。 この悪寒は何だ? 自然と地を踏む音のテンポがあがる。 この空虚感は何…だ…。 草むらをかき分け、あの場所に辿り付くと、私はそう感じた。 心がまるでブリザードに襲われたように凍え、悲鳴をあげている。 私は凍り付いた唇を無理矢理抉じ開け、枯渇した声を絞った。 「エイアグ! フサム!」 二人は剣を交えていた。 少なくとも肉が原因で喧嘩しているわけではなさそうだ。 フサムの眼は殺気立ち、エイアグの眼は焦燥を感じているようだ。 戦いにもそれは如実に現れていた。 エイアグは防戦する一方だが、フサムはその突き全てが心臓を狙っている。 「何をやっているんだ!」 私の枯渇した怒号が飛ぶ。 エイアグだけが、こっちに注意を向けた。 隙ができた。 剣が刺さった。 エイアグが崩れ落ちた。 戦いが…終わった。 「エイアグーーーー!!」 私は叫んでいた。 「フサム! 貴様!」 「………」 フサムはインビジブルで姿を消した。 私も殺す気なのか? …。 ……。 ………。 気配は…消えていた。 「アジェ…トロ…」 弱々しい声が私の凍った心を砕く。 「フサムは…悪く…ないんだ」 「しゃべるな。 今人間の聖職者を連れてくる」 「無理…だよ。 人間は…俺たちとは違うんだ」 「しゃべるなと言っているだろ!」 優しい言葉をかけてやりたいのに、声は怒りに満ちていた。 否―悲しみに満ちていた。 心の奥底で助からないことを認めていた? …認めるものか! 絶対に助ける! 「アジェトロ…最後に聞いてくれ」 エイアグは自分の剣を私に渡した。 受け取った手は震えていた。 「フサムを…救ってやって…くれ」 「……承知」 私の返事は口の中だけで反響した。 エイアグが力なく笑った。 「アジェトロは人間になれ。 俺たちの…追いかけた…夢…を…」 「エイアグ…」 エイアグは動かない。 「私は…これからどうすればいいのだ…エイアグ…」 返事があるはずもないのに語りかけてみた。 返事がないのを確認して、私は親友の死を実感した。 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 皮肉にも空は澄み切った青に彩られていた。
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