5th quest 終結しない決着 フサム―その名を口にした時、拙者の中で懐かしみと同時に悲しみに似た怒りがこみ上げてきた。 「フサム…? あいつがフサムなのか!?」 スルトの声にフサムがこっちを向く。 拙者と眼が合う。 フサムの顔を驚愕が包んだ。 それも、そのはずだ。 五年振りの再会だ。 しかし、拙者はこのような形で向かい合いたくはなかった。 まともに生きていてくれているとそう信じていた。 信じ…たかった。 「アジェトロ…なのか」 「久々だな、フサム」 拙者の返答には少し刺が入っていた。 「ほら、見ろ! やっぱり、こいつらグルじゃねぇか!」 頭が腐っている男が言った。 一言会話しただけで、[ぐる]と決めつけるとは相当病んでいるな。 精神病院でも紹介してやりたいが、腐った頭なら「病院に行け」と言ったところで通じないだろう。 よって無視する。 「何をしている?」 「この街で人工太陽を打ち上げるだろ? その打ち上げ方を記した魔術書が必要なんだ」 フサムは少し誇張して言った。 「なぜ必要なのだ?」 「そいつは言えないな。 それより、俺に協力しないか? 協力してくれたら教えてやるよ」 「断る」 即答だ。 「…そうか。 なら仕方ねぇな」 フサムは人質の首に軽く刃を押しつける。 軽く血が滲んだ。 「フサム…。 本当に堕ちたんだな」 悲観して呟いたと同時に拙者は動いていた。 「おい、それ以上近付くと人質が死ぬぞ!」 「死なないさ。 死なせない」 そう言ったのはスルトだ。 スルトは『ウィザードゲート』で人質を瞬く間にかっさらった。 フサムが呆然と手中を眺める。 拙者の両刀が三日月を描きつつ、[ぶい]字を描いた。 『月光閃派(ルナスラッシュ)』と『つばめ返し』の合わせ技だ。 フサムは[ばっく]宙でそれを躱す。 「チッ。 一時、退散するか」 フサムは『姿隠し(インビジブル)』で消えた。 フサムは盗賊の[すきる]や[すぺる]は一通り使えるのだ。 そして、通りに静寂が戻った。 * * * 野次馬たちが帰路を辿り始めた。 拙者も戻ろうとしたその時、何者かに肩を掴まれた。 「?」 そこには[くりぃむ]色の鎧を着た戦士がいた。 「ちょっと一緒に着てもらえますか? 相棒の魔術師さんも」 どうやら、この街の警備隊らしい。 魔術師の街に戦士の警備隊とはな。 やはり魔術師じゃ、このような事件に対応しにくいのだろう。 魔術が間違って人質や建物に当たっては大変だからだ。 警備隊の詰所に着くと薄暗い一室に案内された。 五分ほど待たされると、魔術師風の初老の男が出てきた。 「えぇー、まずは今回の事件解決に手を貸してくれたことに礼を言おう。 ありがとう」 男が頭を下げる。 少し、禿げかかっていた。 「えぇー、犯人は逃がしてしまったが、あの手の犯行は再び起きる可能性がある。 えぇー、それでだ。 犯人と顔見知りらしい君たちに情報を提供してほしいのだが、よろしいかな?」 この男、「えぇー」が口癖か。 管理職に多い[たいぷ]の口癖だな。 きっと巡査部長か何かだろう。 と、どうでもいいことを考えてしまった。 「よろしいかな?」 再び巡査部長(?)が質問をした。 「…答えられる範囲でなら」 少し曖昧な返答だ。 本当は断りたかった。 フサムのことは拙者がけりをつけたかった。 スルトは何も言わない。 「えぇー、それじゃあ、まず犯人と君の関係は?」 「………」 「答えたくないのかい?」 巡査部長(?)は笑顔だが、なぜかその顔に苛立ちを覚えた。 「……はい」 「そうか」 一瞬、巡査部長(?)の笑顔が崩れた。 …ような気がした。 …気のせいか? 「えぇー、それじゃあ…」 一呼吸おいて、巡査部長(?)は言った。 「人工太陽に関する魔術書について、君たちはどこまで情報を握っている?」 さっきと表情が違う。 笑顔を繕ってはいたが、明らかに裏に秘めているものがある。 「わかりません。 僕たちつい最近来たばかりなので。 それより、どうしてそんな質問するんです?」 スルトは質問の部分の語気を強めて言った。 「いやぁ、この計画は一応極秘で行われているんだが、情報がどこからか漏れていてね。 その情報を漏らしている人物も今捜索中なんだ」 偽りの笑顔の裏に何を隠している? …こういうのはスルトに後ほど聞くとしよう。 「えぇー、情報を何か掴んだらここまで連絡してくれ」 巡査部長(?)は[ろぉぶ]の中から名刺と思われるものを差し出した。 「あれ? その手、どうしたんですか?」 何と名刺を差し出した巡査部長(?)の左腕は義手だったのだ。 「あぁ、昔、ある事件で犯人に腕を切断されてしまってね。 なぁに、魔術の詠唱に問題はない」 義手をみしみし動かしながら巡査部長(?)は言った。 「えぇー…―」 この後、約二時間に渡り、巡査部長(?)の話しは続いた。 * * * 「で、スルト殿。 あの巡査部長(?)は何を笑顔の下に隠していたのだ?」 帰路を辿りながら、拙者は問いかけた。 「…巡査部長?」 「あだ名だ」 「俺には隊長に見えたが」 …そんなことはどうでもいい。 「で、何だったのだ?」 「あのなぁ。 あくまでも、表情を読むだけで、俺は本物のテレパスじゃないんだぞ?」 …役に立たぬ男だ。 「でも、あえて言うなら疑念だな」 前言撤回。 言ってはいないが。 「どのような疑念だ?」 「なんつぅか、あいつ自身、人工太陽のことは知らないみたいな聞き方だったな」 ふむ。 「それよりさぁ。 俺にくらい話してくれてもいいんじゃねぇの?」 「何をだ?」 答えは解っていた。 でも、聞いてみた。 「フサムのことだよ。 お前があいつを探すことがこの旅の目的だったことは知っていたさ。 でも、過去の話しは絶対にしてくれなかった。 そろそろ頃合なんじゃねぇか?」 スルトは最後に「相棒だからさ」と常人ならば聞き取れぬほどの声で言った。 「そうだな。 宿に着き次第、話すとしよう」 闇が支配する街に名前ばかりの朝を告げる鐘が鳴り響いていた。
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