4th quest 揺れる感情 雪の中は暖かいと聞いていたが、ここまで心地よいものだったのか。 このまま、この中にいてもいいかもしれない。 「おい、アジェトロ」 スルトの声がする。 でも、今は返事をしたくない。 「アジェトロ、飯食わねぇのか?」 …飯? 雪の中で飯ぃ!? 凄まじい勢いで布団から起き上がる。 「ここはどこだ!?」 「布団の中だよ」 意外と、冷静な返答だった。 「それより、食わねぇのか? リゾットが冷めるぞ」 「ぬ、雑炊か」 「リゾットと雑炊は別物だ。 バァカ」 此奴に馬鹿と言われた拙者は一体何のために存在しているのか…。 それよりも、どうやら助かったらしい。 神も満更(まんざら)ではない。 「一応言っておくが、俺が『ウィザードゲート』で助けてやったんだぞ」 …拙者の神様は此奴なのか…。 そう考えると、自分の命の重みが十分の一貫(約三百c)ほどに感じられた。 『ウィザードゲート』は瞬間転移魔法。 いわゆる[てれぽーてーしょん]だ。 そういえば『ウィザードゲート』の漢字名を決めていなかった。 今度考えておかねば。 「魔女の飯ってうまいな」 「うむ。 …そういえばテュニはどうした?」 目覚めた時から引っかかっていたことだ。 「…重量オーバーで運べなかった」 「重量[おぉばぁ]!?」 「そう。 重量オーバー」 拙者も魔術を嗜む身ではあるが、そんな話は聞いたことがない。 「真か?」 「こんな嘘ついてどーするんだよ。 眼を見ろ。 眼を」 …確かに真らしい。 ふと、脳裏をテュニの最期の言葉が過った。 『僕、死ニタクナイ』 …感情を持ってしまった機械…か。 一体彼奴をあんな風にした奴は何を考えているのだろう。 正義? 悪行? いずれにせよ、一度面と向かって語る必要がありそうだ。 「お〜い、アジェトロ? 何黄昏ているんだ?」 「む、すまぬ」 その時、外から声がした。 「ちょっと、奥さん! 事件だって! 魔術学院でモンスターが人質をとって立てこもっているらしいわよ〜」 その声は拙者らを衝動的に動かした。 「スルト殿!」 「わかってる。 行ってみよう」 [りぞっと]に添えられていた[ぷちとまと]を口に放り込むと、拙者らは足早に魔術学院へと向かった。 * * * 既に魔術学院にはたくさんの野次馬が集まっていた。 ざわざわと乱れ飛ぶ噂話はどれも信用性に欠ける。 どうしたものか。 「あのことと関わりあるのかなぁ」 「さぁな。 とりあえずは流れに身を委ねるしかなかろう」 そう拙者が言った時、野次馬の注目が拙者に向けられた。 な、何だ…。 カプリコ族がここにいてはおかしいか? スルトも訳がわからず、拙者を凝視している。 「もしかして、仲間なんじゃ…」 「でも、人間と一緒にいるわよ?」 「怪しすぎだよな…」 人間の数倍は発達している拙者の耳はひそひそ話を全て聞き取っていた。 なるほど、状況は掴めた。 「失礼だが、そのモンスターはあんたのペットか?」 野次馬の一人がスルトに話しかけた。 しかし、[ぺっと]というのは聞き捨てならぬ。 [もんすたぁ]と呼ばれるのも非常に不愉快だ。 「こいつはモンスターでもなければ、ペットでもない。 俺の相棒だ。 あんた眼腐っているのか?」 突然の侮蔑の言葉にその野次馬は眼を丸くした。 それでこそ、我が相棒だ。 「おやおや、気を悪くしてしまったかな。 生憎、俺の眼は腐っていないのでね。 それとも、腐った眼で見たから腐っているように見えたかな?」 ただ謝ればよかったものを野次馬はご丁寧に皮肉まで添えて返しやがった。 「それにどこからどう見たってモンスターじゃないか。 この建物に閉じこもっているのも、こいつと同じナイトカプリらしいぜ。 時を同じくしてナイトカプリがこの街に二匹いるっていうのはどうしても引っかかるんだよねぇ」 拙者の中でとうとう自己抑制の[すとっぱぁ]が弾け飛んだ。 「言わせておけばモンスターだのナイトカプリだのうるせぇ奴だな。 俺にはアジェトロって名前があるんだよ。 どうして、あんたは自分と相違がある者を別の区分に入れて遠ざけようとするんだ? あんたと同じ生き物じゃねぇか。 こっちだって、感情があるんだ。 過ぎた発言は自分の身を滅ぼすことになるぞ。 眼だけじゃなくて頭まで腐っているみたいだな。 行くぞ、スルト。 こんな連中に構っていられるほど俺たちは暇じゃねぇだろ」 スルトがこの世の終わりのような顔をしてこっちを見ている。 「どうした?」 「お前…」 「ん?」 「その喋り方の方がカッコいいぞ」 …思わせぶりな顔でどうでもいいことを言うな。 久々に毒を吐いた拙者は上機嫌で宿に戻ろうとした。 その時、ことが起きた。 「魔術書を持ってくればいいだけなんだ。 出来るだろ。 早くしろ!!」 立てこもりの犯人が見せしめのために出てきたらしい。 一度くらいその顔を拝んでやろうと振り向いたのが間違いだった。 そこで人質に剣を突きつけていたのは…― 「フサム…」 拙者はその名前を幾度となく口の中で繰り返していた。
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