7th quest 繰り返される悪夢


全てを語った拙者は、風に当たるために窓を開けた。

秋の爽やかな風が顔を撫でる。

もう冬が近付いている。

年中雪に覆われているので、あまり関係ないが。

「まぁ、それでこれがエイアグから受け取った剣だな。
もう片方は拙者の手作りの刀だが。
これが拙者に剣の道を歩ませたきっかけにもなったな」

スルトは「そっか」と言うと難しい顔をして続けた。

「お前の話しを聞いていたらさ、唄を思い出したんだ」

「唄?」

「うん。
何て名前だったかなぁ。
フレーズは頭の中に流れているんだけど…」

スルトは思い出すように鼻歌を鳴らす。

拙者は聞いたことがない唄だ。

「あぁ、思い出してきた。
確か…裏切り者に捧げる唄…だったような」

鼻歌は続く。

裏切り者に捧げる唄の割には何だか悲しい旋律だ。

例えるなら誰かが誰かを慰めるような、そんな感じだ。

裏切り者への唄なのにどうしてだろう。

怒りや憎しみはないのか?

そういえば、拙者もフサムにそんな思いは一度も感じたことがなかった。

「ふ〜ん、ふふ〜ん…二人のぉ〜歩んだ道は違ったけどぉ、僕たちはぁ生きていますぅ〜。
今日もぉ〜この大地を踏みしめぇ、天を仰ぎぃ、そして口遊みますぅ〜。
裏切りのぉ友に捧ぐ唄を〜。
…あ〜、そうだ。
『裏切りの友に捧ぐ唄』だ」

唄はともかく、その題名に拙者は驚愕した。

…裏切りの友…か。

「裏切っても友だちなんだな」

「…あぁ、そうだな。
だからこそ、拙者はフサムに真実を聞かねばならぬ」

「そうはさせないわ」

何者かの声と同時に部屋が鮮血に染まった。


*      *      *


「な…に…?」

何と、向かい合っているスルトの腹から手が生えていた。

どういう…ことだ?

「ぐはっ」

スルトが吐血した瞬間、拙者は状況を察知した。

何者かの手が、スルトの腹を抉ったのだ。

鮮血に染められた手がゆっくりと抜かれる。

スルトもまたゆっくりと倒れる。

そして、拙者は見た。

スルトの向こうで嘲笑に顔を歪めているその人物を。

「スルト、大丈夫か!?
クロッカス!
貴様どういうつもりだ!!」

拙者はスルトをクロッカスから引き離し、介抱しながら罵声を放った。

吐血が止まらない。

早く回復魔法の使い手を呼ばなくては!

「これは見せしめよ。
メインディッシュはあなたよ、アジェトロ」

「何を言っている?」

クロッカスは嘲笑を崩さない。

「あなたがいるとフサムが迷うのよ。
だから消えて欲しいの」

騒ぎを聞きつけた魔女の女将や従業員が駆けつけた。

彼女たちは眼の前の凄惨な状況に口が開けかった。

「女将、スルト殿を頼む。
クロッカス。
外に出ろ」

「そうね。
関係のない人間を巻き込むのは不本意だわ」

スルトの呼吸が乱れている。

出血で顔色も良くない。

危険な状態だが、奴なら拙者の背中を押しただろう。

「それじゃ、頼む。
もし、死なせるようなことがあったら…いや、やめておこう。
『ウィザードゲート!!』」

昔のように目まぐるしく変わる景色を楽しむ余裕はない。

スルトの仇は拙者が討つ!

そして、雌雄を決する地に拙者らは到着した。


*      *      *


着いた場所はイカルスと呼ばれる街の外れの荒野だ。

久々の太陽が眩しい。

ここは火山が多く分布しているため、草木が少ない。

その厳酷な環境のためか、この地の[もんすたぁ]は独特の生態系を持つ。

それは、厳酷な環境でしか生きざるをえなかった者たちの進化の結果だ。

弱肉強食。

弱い者は食われ、強い者は生きる。

その結果、より凶暴で、より勇猛な遺伝子だけが残った。

このような地に凡人が足を踏み入れようものなら、一瞬にしてただの肉塊と姿を変えるだろう。

だからこそ、拙者はこの地を選んだ。

逃げ場はないのだ。

それは自分への叱咤であり、敵への見せしめだ。

「覚悟は出来ているみたいね」

クロッカスが辺りを見回して言った。

「残念だったな。
こんな荒れ地が死に場所で。
貴様の死肉はより強靱な遺伝子を残すために再利用されるから安心して逝け」

クロッカスが拙者に眼を向けた。

畏怖はない。

嫌悪もない。

あるのは嘲笑だ。

「ふふ、口だけは達者ね」

「お褒めの言葉ありがとう。
礼に墓石でも作ってやろう」

拙者は両刀を構える。

「クロッカス。
その命貰い受ける!
覚悟!!」

「あらあら、何も解っていないのね」

今にも足が動くかという時、声が拙者の行動を抑制した。

「私の名前はクロッカスじゃない。
エリスよ」

エリスは比較的やんわりとした口調で言った。

「何だと?
じゃあ、クロッカスは…」

嫌な予感が頭を過る。

「あなたが思うほど私は残酷じゃないわ。
私がクロッカスを殺したなんて、くだらないオチがなくて残念ね。
クロッカスなんて人物はもともといないわ」

「そうか。
拙者の怒りを倍増させる結果が生まれなくて良かったな」

「そもそも私は人間じゃない。
人間そっくりのモンスターよ」

確かに先刻の気配の消し方といい、人間では納得できないことがあった。

「それなら、なぜスレシャーパンプキンに襲われていた?」

「襲われていたんじゃないわ。
実験体の研究をしていたのよ。
それをあなたが勘違いしただけ」

「悲鳴は?」

「あれは実験体に殺された傭兵のものよ」

問答は続く。

「女の悲鳴に聞こえたが?」

「だって、あの傭兵女だったじゃない。
顔も胸も潰れていたからわからなくても無理はないけど」

ぶっ飛ばす価値がまた、増えた。

「あなたたちを殺さなかったのは実験体の力を見るため。
もっとも、見る間もなく死んじゃったけどね。
あなたたちをもてなしたのは他の実験体と戦わせてみるためよ。
思い通り、テュニやテュニキャリアーとの力の差を見せてくれたしね。
まだまだ改良の余地があるわ」

エリスは些か(いささか)面倒くさそうに言った。

「まだ聞きたいことある?」

「実験体とは何だ?
それと貴様とフサムの関係は?」

「ごめんなさい。
どっちも秘密なの。
でも、どうせ死ぬんだから関係ないわよね」

そう来たか。

「最後に聞こう。
貴様は裏切られた者の悲しみを知らないな?」

「そんなもの知らないし、知る必要だってないわ。
だって、裏切られた者は死に逝く運命にあるんだから」

その言葉は運命の引き金を引いた。