last quest 語り継がれる、唄


「さぁ、運命の瞬間まで残すところ、十分となりました!」

闇と雪の街―カレワラ。

ここに今までにない光が差し込もうとしている。

柔らかな希望の光は新たな生活の形を生み出す。

あまりに長すぎた闇は魔術を発達させるきっかけになった。

それが正しかったのか、正しくなかったのか―

それはわからないが、とにかく今その歴史に終止符が打たれようとしている。

今、ここで。

また、一つ。

「さて、今回の人工太陽の打ち上げに関する注意事項を再度確認しておきましょう!
人工太陽の打ち上げには多量のマナを使用するため、マナの暴走も考えられます。
ですから、必ずロープより前には出てこないでください。
その他にも…―」

ゲイオスバートは警備隊へ連行された。

アスガルド銃刀法違反、絶滅の危機に瀕した魔物のための保護法違反―

その他にも闇に葬られた様々な罪が表沙汰になったという。

近々裁判も行われるが、本人も罪を認め、証拠も山ほどあるため有罪はほぼ確定だと言われている。

なぜ、拙者らが奴を殺さなかったか―それはスルトが猛反対したからだ。

彼奴は死の恐ろしさ、悲しさを知っているからかもしれない。

それは拙者もフサムも知ってた。

だから、あっさり―とまではいかないが、一応渋々了承した。

ま、引き渡す前に五十はぶん殴ったが。

五十一回目は顔の原型がなくなりそうなのでやめてやった。

「さぁ、今回のイベントで打ち上げに協力してくださる魔術師の皆さんを紹介しましょう!
まずはカレワラ魔術学院の院長ミスティ・フラワーさん!
そして…―」

エリスは大騒動を起こして拙者らの前から去った。

しかし、なぜ彼奴が拙者らに協力したのかはそのお陰で知ることが出来た。

その騒動とはゲイオスバート逮捕翌日のことだった。



『好きだったぁ!?』

『うーん、そうらしい。
どうすりゃいいかなぁ、アジェトロ』

『どうすりゃいいかなぁ、ってそれはスルト殿の問題であろう』

『あ、冷たい奴〜。
ゲイオスバートの時は協力してやったのにぃ』

『お主が勝手についてきたのだろう。
…ところで、魔物と人間の恋愛って成立するのか?』

『さぁ…。
でも、クロッカスちゃんほとんど人間みたいなもんだし、美人だしいいかなぁ、なんて』

『よく殺されかけた相手にそんな感情が沸くな…。
鼻の下伸びているぞ』



エリスはスルトに告白した後、姿を暗ました。

想いを伝えただけでよかったのだろうか。

愛という感情の前では主君であるゲイオスバートすら裏切る―

これはゲイオスバートも予期していなかっただろうな。

エリスが何も言わずに去った後、スルトは一人で夜空を見上げることが多くなった。

全く、大袈裟な奴だ。

「そして、ギルド・コンチェルトからいらっしゃいましたルナ・マリッジさん!」

白い[どれす]を着たルナが拙者と、隣にいるグラナダに向かって大きく手を振る。

ルナはコンチェルトという[ぎるど]から今回の打ち上げを記念して、派遣された魔術師だった。

グラナダはその護衛として同行していたらしい。

「いやぁ、ルナさん綺麗ですねぇ」

そう呟くグラナダの傍らには飲み干されて空になった[うぉっか]の瓶が何本か転がっていた。

この男、やはりただ者ではない。

「最後に、ゲイオスバート逮捕に多大な貢献をしていただいたスルト・クロスハルトさん!」

スルトはその功績を讃えられて、打ち上げに特別参加することになった。

させられることになった、と言った方が語弊はないかもしれない。

憮然とした表情で白い[すぅつ]に身を包むその姿はなかなか様になっていない。

いい気味だ。

「さぁ、残り一分を切りました!
皆さん、十秒前になったらカウントダウンをお願いします!」

嵐のような歓声が雪の街に響く。

拙者はこの手の空気は苦手なので、立ち去ろうと―したら肩をがっちりと掴まれた。

振り向くと、そこにはにっこりと人のいい笑みを浮かべたグラナダがいた。

「どこに、行くんです?」

「……どこにも行かぬ」

重圧というか威圧感というか…拙者はこの型の人間は苦手だ…。

ところで、フサムもまた拙者らの前から姿を消した。

『エイアグの墓参りも行かなきゃいけないしな』―少なからず、彼奴は責任を感じているらしい。

無論、拙者は引き留めた。

しかし、彼奴曰く、 

『ゲイオスバートに説得されて心が微動したこともまた事実だ。
これは俺自身の問題だし、自分で気持ちにケリをつけたいんだ』

そして、彼奴はグラナダの魔術で全快したての体を動かし、去っていった。

『次に会った時はまた組もうな』―それだけ、言い残して。

「さぁ、十秒前です!
皆さん、ご一緒に!
十!
九!」

スルトが腕をまくり、腕を天に翳す。

ルナもその他の魔術師も同じ行動をとる。

観客が歓声をあげる。

「五!
四!」

全員の声が重なる。

グラナダも隣で大声を張り上げている。

さすがに少し酔ったか?

というか、酔ってなければ人間性を疑うな…。

「三!
二!」

拙者も声を出そうか。

「一!」

刹那、それは始まった。

円型に並んだ魔術師たちの手から光が発せられる。

光は円の中心に集結し、眼が眩むほどの閃光を放出する。

眼を凝らせば、拙者以外の観客は皆遮光板の眼鏡を装備している。

…ずるいぞ。

閃光は球体を象り、次第に巨大化する。

やがて、巨大な閃光の球体は空高く上昇していく。

今度は暖かな[えねるぎぃ]が魔術師たちの手から放出される。

空高く舞い上がった閃光に次々と熱が注ぎ込まれる。

今どれくらいの温度なのだろう。

五分ほどの時が移った後、熱の注入が終了した。

人工太陽の打ち上げは今、終わった。

「今、ここに新しい歴史が刻され始めました!」

暖かな太陽は枯渇したカレワラの大地を照らし出す。

これからはこの地にも草が芽を出し、花が咲き乱れ、たくさんの実が風に揺れることになるだろう。

耳を劈くほどの歓声の中、スルトがにっこりと微笑んだのが見えた。

そこで、拙者は一つだけ思い出したことがあった。

訊こうと思っていて訊く暇がなかった。

それを確認せねば。


*      *      *

「スルト殿」

宴会の会場で拙者は林檎を頬張りながらスルトに語りかけた。

「う〜」

スルトは飲めもしない酒を飲み、完全に酔いつぶれていた。

果たして人間の言葉がどこまで通じるか…。

「お主、これが何本に見える?」

拙者は手の指を二本立てて、スルトの眼前に突き出す。

「う〜…十一本…」

…此奴は拙者を人として認識しているのだろうか…。

あ、人ではなくカプリコか。

「はぁ〜、今話を聞かせても無駄か」

返事の変わりに返ってきたのは―

「う〜…」

仕方ない。

明日訊くか。

「どうしました?」

その時、芋焼酎を片手にグラナダが近付いてきた。

この男は昼間に[うぉっか]の瓶を八本も空にしたのにまた飲んでいるのか…。

「[あるこぉる]中毒になるぞ」

「ご心配なく。
私の肝臓は別名“鋼”ですから」

人造人間なんだろうか。

「ありゃ、スルトさん完全に出来上がっていますね」

「飲めないくせに調子に乗るからだ。
自業自得だ」

「ははは。
それでどうかしたんですか?」

そう言うと、芋焼酎を一気に飲み干し、懐から別の瓶を取り出した。

もう特に突っ込みはいれない。

「お主、『裏切りの友に捧ぐ唄』という唄を知っているか?」

「唄…ですか?
聞いたことないですね」

「そういう詩ならありましたけどね」

いつからそこにいたのか、ルナは小首を傾げた。

「どんな詩でしたっけ」

「う〜」

「貴様は返事しないで寝てろ!」

「う〜」

「あぁ、思い出したぁ。

あの日のことを覚えていますか?

僕とあなたとあの人が手を繋いだ日のことを

そして、その手が振り解かれた日のことを

あれからどれくらいの時が経ったのでしょう?

僕とあなたは大人になりました

光と闇―二人の歩んだ道は違ったけど、僕たちは生きています

今日もこの大地を踏みしめ、天を仰ぎ、そして口遊みます

裏切りの友に捧ぐ唄を

あの人はどうしたのでしょう?

あの日、あの人の中で時が止まりました

水をせき止めると流れないのと同じように、時は刻まれなくなりました

それでも、僕たちは前進します

毎日を生きるために

友よ

裏切りの友よ

僕たちは親友だ

“裏切り”なんて無機質な言葉に押し潰されないで

そして、忘れないで

あの日のことを

あの人のことを

僕のことを

自分のことを

そして、世界のことを

それがあなたがここまで歩んできた証になるのだから

いつか帰ってきたその日に

僕はあなたの親友として

『おかえりなさい』と言いましょう

だから…―」

ルナはすらすらと暗唱して見せた。

というか、スルトが唄っていたのと詞が同じということは、

後から曲が付け加えられて再発表されたのだろうか。

ルナは再び小首を傾げた。

「だから…―何でしたっけ?」

「思い出せぬか?」

「うーん、忘れちゃった」

ルナはそこまで言うと眼の前に置いてあった林檎を手にとった。

そして、それを弄びながら問いを投げかけた。

「でも、それがどうかしたんですか?」

「いや、以前にスルトが唄っていたのを聞いて、どんな歌詞だったか思い出したかったのだ」

ルナは弄んでいた林檎を人かじりしながら、首を縦に二度振った。

「なるほどぉ」

「自分で作ったらどうです?」

グラナダが空の瓶を手に提案した。

本心で言っているのか、冗談で言っているのかはわからないが―

「なかなか洒落た提案だな」

「ふふふふふ…」

…ちょっと危ない人かもしれない。

「自分で作る…か」

「それならタイトルも変えちゃえ」

そう言うと、ルナは三口目を口に含んだ。

「う〜」

スルトは相変わらず泥酔していた。

「そう、だな。
じゃあ、その唄の名は…―」






その唄の名は…―






Fin.