13th quest エンド オブ ベトレイヤー


廃屋の中には猛吹雪の落とし子が入り込んでいる。

しかし、その寒さを感じさせないほどに拙者の体は火照っていた。

それは怒気のためか、はたまた憐憫の情がそうさせるのか―自分でもよくわからない。

ただ一つ。

ただ一つわかっていることがある。

拙者がゲイオスバートをぶちのめすことだ。

そうでもしないと、拙者の人格が壊れそうだ。

気持ちはスルトも同じらしい。

「あんた、生きるのと、死ぬのどっちがいい?」

スルトは真摯たる面もちで訪ねた。

「くくく、私には選択の余地があるということか」

ゲイオスバートは面白くなさそうに嗤った。

「選択する必要なんてないだろ。
運命はもう下された」

「確かにそうだな。
愚問だった。
忘れてくれ」

拙者らとゲイオスバートの中で下された運命は違うものだろう。

「あぁ、忘れさせてもらおう。
貴様らの存在ごとな!」

言葉と銃声はほぼ同時だった。

「うわっ!」

スルトの右腕から出血が迸る。

ゲイオスバートは義手ではない方の腕に小型の銃を構えていた。

銃の所持はアスガルド銃刀法によって禁止されているはず。

海賊共が使っているのは見たことあるが。

ということは、此奴は闇で海賊共と通じていることになる。

その理由だけで、警備隊に突き出すには十分だ。

突き出すつもりなど、毛頭ないがな。

銃弾は運良くスルトの右腕の皮膚を軽く削ぎ取っただけらしく、重傷ではない。

初級回復魔術をかけ、スルトは魔術の詠唱に入った。

その間、拙者は時間を稼がなくては。

「銃というのは本当に便利だ。
魔術の文化を守るためなどの理由で使用を規制するのはおかしいと思わないか?」

ゲイオスバートは拙者に語りかけながら、鉄の塊を放つ。

拙者は並ならぬ動体視力で銃弾を見切り、刀で弾く。

手にびりびりとした感じが伝わる。

何と強大な力だ…!

「確かにそうだな。
心臓に食らいつけば瞬殺だろう」

拙者は一応余裕の表情を見せて、答えた。

ターンッ!―銃声は鳴り止まない。

今度は状況を見て、躱した。

弾丸が尽きるのを待つか、スルトの詠唱が終わるのを待つか。

答えは至極簡単だ。

拙者が機先を制する!

「覚悟!!」

銃弾を避け、一気に肉薄する。

禿頭の顔がぐんぐん近づく。

ドキューンッ!!―弾丸が拙者の脇腹を突き破った。

構うものか。

標的まで後三.三尺(一メートル)ほどだ。

「つばめ返し!」

絶妙の時宜で拙者の両刀は敵をとらえた。

が、後方に受け流された。

しかし、その程度で拙者の攻撃は終わらない。

受け流された力を逆手に利用し、足を支点に切り返した。

我ながら素早い機転だ。

しかし、不利な体勢からの袈裟斬りは軽く躱される。

「その程度か」

「まさか。
斬られた腕が地獄で待っているぞ」

貶しながらも、拙者は攻撃の手を緩めない。

思い切り地を蹴り脱兎の如く跳躍すると、両刀を頭の上に構えた。

足元で禿頭が像を結ぶ。

敵が付け入る間もなく、唐竹割りを放った。

今度は手ごたえがあった。

堅いものにぶつかる感じだ。

堅いもの?

エイアグの剣はその刃をゲイオスバートの義手に当てていた。

しまった。―そんな思いが脳を掠めた瞬間、拙者の体は後方に吹っ飛んだ。

野郎、意外と膂力があるな。

拙者は空中で体勢を立て直し、受け身をとった。

その時、スルトが魔術の最終詠唱に入った。

「大地を激動させるべくして存在意義を授かった岩石たちよ、その使命を全うすべき時が今来たり。
その知られざる無限の力を引き出したまえ!
『ハードインパクト』!!」

『ハードインパクト』すなわち『岩石弾』は数多くの岩石を流星の如く降らせる上級大地魔術だ。

その恐れるべき威力は一つの建物を粉々に爆砕するほどだ。

スルトの放った『岩石弾(ハードインパクト)』もその例に洩れず、

廃屋の屋根を破壊して、岩石を飛来させた。

舞い上がる白煙と木片。

拙者とスルトはフサムの遺体を抱えて速攻で脱出し、襲い来るそれらから身を避けた。

全く、スルトの魔術の天才ぶりには呆れるほどに驚愕を覚える。

戦士の家系に生まれたとは信じ難いな。

とにかく、あれを食らえば死なずとも、致命傷を負わせたのは確実だろう。

拙者としては、後者であってほしい。

全てを終結させるのは拙者でありたい。

「よゆー、よゆー」

スルトは口笛を吹きながら笑った。

拙者もそんな風に笑えたらいいのに、と思わせる笑顔だ。

拙者は複雑な気持ちで瓦礫の山を凝視した。

奴は生きているか。

死んでいるか。

………。

刹那、その静寂は破られた。

巨大な破砕音によって。


*      *      *

破砕音が感覚神経を伝うと同時に恐怖に似た感情が中枢神経を刺激した。

「今のは死ぬかと思ったぞ」

瓦礫の山を爆破して、そこに現れたのは義手を構えたゲイオスバートだった。

言葉とは裏腹にその体には傷一つない。

「悪役は嘘も巧いんだな」

スルトは冷や汗を流しつつも[しにかる]な笑みを浮かべた。

大した度胸だ。

「私は悪役か…。
勝手に貴様らがそう思うだけで私自身は悪行を重ねているつもりはないのだがな」

ゲイオスバートは憮然として言い放った。

「自分の犯した罪に対する無自覚さに呆れさせられるな」

「貴様に呆れられようが私には関係ない。
さっさと逝け」

そう言うと、ゲイオスバートは義手の先を拙者らに向けた。

何をするつもりだ?

「一瞬だ。
恐怖する暇もないだろう」

おしゃべりな悪役だ。

次の瞬間、義手の部品が入れ替わり、銃口のようなものが姿を現した。

銃口のようなものは突如光を発し、目映いそれは拙者らの視界を奪い去る。

「ぐ…見えねぇ…」

スルトの呻き声とゲイオスバートの号令ほぼ同時だった。

「充填率百パーセント!
ブラスター発射!」

刹那、銃口から不可視の―否、不可視ではない。

しかし、具体性には欠ける何かもやもやとしたものが発射された。

例えるなら小さな太陽が楕円を象って飛来するような感じだ。

スルトも驚愕を隠せないらしく、顎が落ちていた。

馬鹿っぽく見えるから、せめて口を閉じろ。

なんて辛口批評を述べている暇はない。

拙者は弾丸の如く飛来するそれを本能的に危険なものと認識した。

間一髪。

棒立ちになっているスルトを突き飛ばし、身を捩らせて躱した。

標的を捕らえきれなかったそれはゆっくりと高度を落とし、拙者らからかなり離れた地点に墜落した。

その瞬間、その地点からまるで水面に水滴を落としたように面積を広げながら円状の余波が発せられた。

余波は拙者の鼻孔に、熱風を送り込む。

全身の毛がざわっと毛羽立ち、冷たい汗が顔を滴り落ちた。

「嘘だろ…。
地球滅ぼすぞ…」

スルトの顔が畏怖に彩られたのも無理はない。

大爆発が起きた地点には隕石が落下したかのような大穴が生まれていたのだ。

辺りを覆っていた針葉樹の原生林は消え失せ、雪は完全に蒸発していた。

生命の息吹など微塵も感じられない、極めて無機質な大地がそこに広がっていた。

これなら『岩石弾(ハードインパクト)』の猛攻を切り抜けたのも納得できる。

「恐怖で動けないか?
躱さなければそんなもの覚えずに済んだのにな」

既にゲイオスバートは義手―というより兵器を構えていた。

「このギミックアームの開発はフサムが行ってくれたのだ。

それに貴様の仲間のエイアグとかいうカプリコが、
私の腕を断ち切ってくれなければこれは生まれなかっただろうな。

運命とは皮肉なものだな、アジェトロ。
かつての貴様の仲間たちが、今貴様に牙を向いているのだからな」

そろそろ充填が終わる頃だ。

畏怖で強ばった体を動かそうとしたが、完全に機能が停止している。

足が竦んでいる…?

拙者の足が…?

動け、動いてくれ!

「明らかに顔に焦燥が浮かんでいるぞ。
己の運命を呪うことだな」

「『ファイアボール』」

スルトの苦し紛れに放った魔術はあっさりと躱された。

「子ども騙しのつもりか?」

「ぐ…」

スルトはそれでも鋭い目付きで睥睨した。

拙者はそれすらも出来なかった。

恐怖の鎖で雁字搦めにされた拙者の体はただただ鼓動を打つだけのものと化していた。

「さぁ、ショータイムだ」

そして、辺りが閃光で包まれた。


*      *      *

金属が打ち合う音が鼓膜を刺激した。

圧倒的に拙者らが不利なこの状況では考えられない音だ。

何事か。

眼をゆっくりと開けると、そこには[ぎみっくあぁむ]を押さえたゲイオスバートがいた。

否、ゲイオスバートだけではない。

そこにある小さな影。

お前は誰だ?

「悪戯が過ぎたんじゃねぇか?
ハゲ」

その声はまさか!

次の瞬間、体は雁字搦めの束縛から放たれた。

そして、先刻までそこで横たわっていた人物に見入った。

スルトも解放されたらしく、奇妙なまでに拙者と同じ行動をとっていた。

「なぜ、お前が…」

ゲイオスバートの声は掠れている。

「ちょっと寝ていただけだろ?
いいじゃねぇか、別に。
な、アジェトロ?」

その人物―フサムは拙者を一瞥した。

その手に握られた小太刀は深々と[ぎみっくあぁむ]の付け根に食い込んでいた。

「あぁ、そうだな」

拙者はそれだけしか言えなかった。

「ったく、らしくないぜ?
恐怖で動けないだなんて。
あのまま死んだら誰が俺たちの理想を捕まえるんだよ。
誓ったんだろ?
エイアグにも、俺にも。
そうなったら、契約破棄で地獄行き決定だ」

フサムはゲイオスバートに視線を刺したまま、説教した。

「悪かった。
記憶が残っているのか?」

「まぁ、ある程度はな」

その時、完全に置いてけぼりをくっていたスルトが口を開いた。

「つもる話は後にしよう。
ともかくこいつをぶっ飛ばさなきゃ、虫の居所が悪い」

凛としたその口調は禿頭に冷や汗を流させた。

「あぁ、確かに。
さて、ここでお前が選べる選択肢は二つだ。
一、許しを請う。
二、反撃に出る。
選べさせてやる」

言い終わると同時にフサムは[ぎみっくあぁむ]をゲイオスバートの体から切り離した。

凄まじい量の出血が迸る。

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!」

「ただ、二には条件がある。
ギミックアームの使用は禁ずる」

そして、フサムは[ぎみっくあぁむ]を踏み潰した。

ばちばち、と火花を上げ、[ぎみっくあぁむ]はその存在意義を無くした。

「くくく…」

ゲイオスバートは静謐の中で不気味な笑みを洩らした。

「許してください、なんて言うと思っているのか?」

痛みを押し殺しながら、ゲイオスバートは立ち上がった。

「許してください、って言えばとっておきの決め台詞を用意していたんだけどな。
選択肢は与えたが許すとは言ってない、ってさ」

「愚の骨頂だな、フサム。
貴様はこのスイッチの意味を知っているだろう?」

ゲイオスバートは懐から何かの機械を取り出し、作動させた。

『緊急事態発生!
緊急事態発生!
全モンスターは所定の配置に就くように!
緊急事態発生!
緊急事態発生!
全モンスターは所定の配置に就くように!
緊急…』

無機質な機械音が地の底から聞こえたかと思うと、

廃屋があった場所からぞろぞろとたくさんの[もんすたぁ]が現れた。

なぜあんな場所にフサムがいたか、なぜゲイオスバートが突然現れたか、それらの謎が一遍に解けた。

おそらくはあの廃屋の地下に奴の研究室があったのだろう。

[もんすたぁ]たちは瓦礫を踏み越え、拙者とスルト、フサムを包囲した。

「あんたの地獄行きを決定するスイッチだろ?」

「相変わらず、減らない口だな。
行け、モンスターたちよ!
一人残さず叩き潰せ!」

どの[もんすたぁ]も生体改造を受けているのだろう。

極寒の地―カレワラでは生きられないポン族もいる。

その数、延べ百五十体。

勝算を確率化するとすれば二十割だ。

すなわち、勝利は確実。

負けるわけがない。

根拠のない予測をして、拙者は叫んだ。

「参る!」

スルトがはにかみながら言う。

「応!」

フサムは不敵な笑みを浮かべて言う。

「承知……」

誓いの号令は今、ここに復活した。


*      *      *

唐竹割りに放った一撃は生き残った最後の[もんすたぁ]に断末魔の叫びを残させて、命を奪った。

「そんな…馬鹿な…」

累々と横たわる屍の中に立つ拙者ら三人を見て、ゲイオスバートは何を思ったのか。

喜悦でないことだけは確かだ。

拙者らも勝利を手にしたものの体はぼろぼろだった。

くっきりと[もんすたぁ]の歯形が残った手を広げて差し出し、拙者は言った。

「さぁ、どうする?
禿頭。
最後の抵抗をしてもいいんだぞ?」

ゲイオスバートは脱力したように頭を垂らしたまま言った。

「もうどうにでもしろ…。
人類の暗い未来に花を添えたかっただけなのに、邪魔をされるとはな…」

「貴様はそれを正義と考えるのか?」

自分でも意外なほどに熱っぽい口調だったと思う。

「………」

「誰かを救うために誰かを犠牲にするのは正義だと思うのか、と聞いている」

「私は…私は…ただ…」

それ以上の言葉は続かなかった。

やがて、くぐもった嗚咽が答えを否定するかのように広がり始めた。

「ったく、いい大人が情けねぇな」

フサムが呆れたように頭を掻いた。

「この野郎、カッコつけやがって」

スルトが拙者の頭を小突いた。

そして、拙者たちは笑いあった。

これが拙者の旅の目的の全てが終結した時のことだった。

終結―その言葉の真意を汲み取り、認識するまではまだかかりそうだ。

しかし、本当に終わったのだ。

旅の歴史はここで途切れ、新たな歴史が刻まれようとしている。

新たな歴史がどこまで続くのかはわからない。

でも、拙者は行けるところまで、限界まで突き進もうと思う。

終結させるためではなく、可能性を広げるために。

それが万物が存在する意味なのだから。