12th quest 賭して手にするもの


「あんたがゲイオスバートだったのか」

ゲイオスバートは禿げた頭を軽く撫で、義手をみしみし鳴らせた。

ゲイオスバートはあの巡査部長(?)であった。

拙者はフサムの遺体から、ゲイオスバートの禿頭に視線を移した。

もはや、驚きはしなかった。

この禿頭はもともと怪しい素振りを見せていたし、何より悪人面だ。

「あんた、フサムとどういう関係だ?」

拙者らの中ではこの禿頭は一瞬で敵と認識された。

スルトが拙者の代わりに率直に聞いた。

「私が君たちにそのことを話すメリットは?」

…釣ってみるか。

「貴様が欲している情報を与えよう」

スルトが一瞬戸惑いの表情を浮かべる。

しかし、拙者の顔を見て考えを察したようだ。

スルトは馬鹿だが、頭は悪くない。

真の馬鹿はフサム立て籠り事件の時の野次馬みたいな奴だ。

「本当だろうな」

疑い深い男だ。

禿げた原因はこれではないのか?

「あぁ、本当だ」

こればかりは信じてもらうしかない。

「わかった。
条件を呑もう」

…意外とあっさりと決まってしまい、拍子抜けした。

「まぁ、こっちが話すことにデメリットはないからな」

そういえば、『えぇー』という口癖はどうしたのか。

あれも周りの人間を欺くための手段の一つなのかもしれない。

「フサムと出会ったときのことからが適切だな」

禿頭は何の躊躇いもなく話し始めた。

「あいつと出会ったのは五年前のことだったな。
その頃の私はとある魔術学院大学の助教授でね。
教授になるために必死だった。

何か、魔術における功績を残せば教授になれると考えていた。
しかし、魔術という学問はもうほとんど極みに達していた。

そこで考えたのが、魔術を使った魔物の統率だ。

どこかの魔術師が古代魔術を甦らせ、その魔術で死者を操り、軍を作ろうとしたが失敗したらしい。
しかし、私の研究は軍を作ることが目的ではない」

「御託はいい。
拙者が聞きたいのは貴様とフサムの関係だ」

拙者は思わず口を挟んだ。

「まぁ、大人しく聞け。
私の研究の目的は教授という地位を獲得するためだった。

だが、この研究を進めていくにつれて、いつのまにか私の目的は変わっていた。

この研究を魔物の被害に悩まされる人類の未来に活かすことができるはず、と。
時を同じくして、この研究は大きな壁にぶつかった」

「………」

皮肉なものだ。

誰かのために何かしようとした途端に拒まれるとはな。

「私の研究は学会の人間にとっては賛否両論だった。

確かにそれは人類の大いなる未来に貢献できるかもしれない。
しかし、それは自然界の生体系バランスを崩す可能性がある。

人はそうして何かを犠牲にして、歴史を刻んできたのに何を今更、というのが私の正直な感想だった」

「それは…違うんじゃないか?」

今度はスルトが口を挟んだ。

「数え切れないほどの過ちを犯したから問題ない、ってわけじゃないだろ。
罪は重なる分だけ重くなる―
その事実に真っ向から向き合おうとしなかったから今の歴史があるんじゃないのか?」

珍しくまともな意見を言うスルトを禿頭は鼻で嗤った。

「御立派な理想論だな」

「………」

スルトは無言で禿頭を睨め付けた。

「無味乾燥な真実を羅列しただけでは、人は変われない。
人は感情を持ってしまったために、他の生き物より臆病になった。

哀れなものだよ。
そうやって、理想論を述べて、現実を変えようとした人間は腐るほどいた。

しかし、世界はどうだ?
廃れていくばかりじゃないか。

それならば、せめて短い栄光の時くらい与えてやってもいいだろう」

この男は尻窄みになっていく、この星の未来を予知しているのか。

哀れなのはこの男も同じだろう。

暗躍の未来だけしか考えず、希薄な今だけを見ている。

そして、考えは認められない。

この男は誰のために、何のために存在しているのか。

同じ“考える”でもこの男の場合は一線越えた地での行為なのだろう。

「話がずれたな。
そこで、私は自分が正しいことを証明するために協力者を必要とした。
人間ではダメだ。
そこで―」

「モンスターか」

スルトが小さく呟いた。

しかし、禿頭の耳には届いたらしい。

手を叩きながら言った。

「ご名答。
そう、モンスターが私の行いを認めてくれれば、それでいい話だ」

拙者はこの話が見えてきた。

だが、認めたくなかった。

現実からは眼を背けたかった。

「そんなある日、私はある商人から一つの話を聞いた。
スオミの森に、人間の金品を奪い、生活をしているカプリコ族がいる。
彼らは知性に長け、人間に憧れているという。
そんな話だった」

恐れていた現実が今、曝け出されようとしていた。

拙者は体が震えるのを止められなかった。

「私にしてみれば絶好のカモだ。
早速、私はスオミの森に向かった。
そして、私は見つけた。
夢中で肉にかぶりつくカプリコの姿を。
人間の武具を装備したその姿はまさに私が求めていたものだった。
私はゆっくりと近づき、こう言った。
『人間になりたいか?』」

答えはわかっている。

「そいつは面をあげ、その質問に答えた。
『なれるのか?』
私は返答した。
『なれるさ。
大事なのは容姿じゃない。
人間になろうとする心だ』」

「フサムはこう言っただろう。
『教えてくれ』」

「そう、そんな感じだ。
私の返答はこうだ。
『いいだろう。
人間とは醜い生き物だ。
もちろん、良い面も合わせ持つが、悪い面がどうしても目立つ。
そこで、まず必要なのは思いやりを捨てる心だ』」

「『わかった。
いいことを聞いた。
仲間にも教えてやろう』」

「『待て。
それはダメだ。
人間とは欲が張った生き物だ。
人間になるのは君だけでいい。
栄光を独り占めできるのだぞ』」

「『それが人間なのか?』」

「『そうだ』」

「『でも、これは俺たち三人が必死で追いかけた夢なんだ』」

「『思いやりは捨てろ、と言ったはずだ』」

「『しかし…』」

「『私の眼をよく見るんだ。
人間になりたいのだろう?
栄光を独り占めしたいだろう?』」

静寂が訪れた。

スルトは訝しげに拙者を見た。

「どうして、聞いてもいない台詞がわかるんだ?」

「…それだけ心を許した親友だったのだ」

拙者は一息吐くと、拙者をまじまじと見る禿頭に視線を巡らせた。

「全く。
まるで、今までその光景を見てきたかのようだな。
貴様は本当にフサムに似ている」

「だが、この後フサムがどのような行動をとったかはわからぬ」

わからない―それは本当だ。

現実に眼を向ければ自ずと真実は見えるだろう。

しかし、拙者はフサムを信じたかった。

ゲイオスバートの言葉には従わなかった、と。

「ならば、教えてやろう。
それでも迷うフサムに痺れを切らした私は彼にマインドコントロールをかけた」

な…に…?

「今…何と言った…?」

「フサムにマインドコントロールをかけたのだよ。
思えば最初からそうしていればよかった。
私にとって精神を操るのは容易いこと。
増して、相手が葛藤状態だからな」

………。

「しかし、ここにきて、トラブルが発生した。
仲間が帰ってきたのだ。
剣士風のカプリコは状況を瞬時に判断し、私を敵と判断した。
そして、疾風迅雷の勢いで肉薄し…―」

ゲイオスバートは手で義手を断ち切る動きを見せた。

「おわかりいただけたかな?
そいつのせいで私の腕はこうなった。
その剣でな」

ゲイオスバートは忌々しげに拙者の右手に握られている得物を一瞥した。

「私は撤退を余儀なくされた。
しかし、腕を断たれた恨みは大きい。
そこで、操り人形となったフサムにそのカプリコを襲わせた」

フサムとエイアグの犠牲に上に立つこの男を拙者は睨め付けた。

涙は枯渇していた。

鼓動は凄まじい抑揚を刻していた。

「そうか…貴様がやはり全ての元凶か」

フサムは何も悪くなかったのだ。

スルトは魂が抜けたように呆然とする拙者を心配そうに見つめながら、口を開いた。

「で?」

「そのままだ」

「そのまま?」

「さっきこいつがフサムの命を絶つまで、マインドコントロールはかけられっ放しだったってことだ」

「ひでぇ…」

ゲイオスバートはただ嗤うだけだった。

「しかし、お陰様で私は立派な研究室をもらうことが出来た。

そして、生体系のバランスを崩すことになる実験体の第一号として
スレシャーパンプキンやテュニキャリアー、テュニを生み出すことに成功した。

違う環境で生きられるようにすることで、その地の食物連鎖はかなり変わる。
それは魔物を滅ぼすことになるだろう。

しかし、またも問題が発生した。
研究に必要なマナが枯渇し始めたのだ。

そこで、眼を付けたのが人工太陽。
人工太陽を打ち上げるには多大なマナを要するのだ。

だが、人工太陽を打ち上げるために開発されたであろう魔術書は隠蔽されてしまっていたのだ。
ま、これだけ話せば私があの姿に扮していた理由もわかるだろう」

………。

脳がある指令を送った。

“コイツヲブッ飛バセ”

「さ、教えろ。
出血大サービスで、近況報告までしてやったのだぞ」

“コイツヲブッ飛バセ…!”

「人工太陽の魔術書は…」

拙者はずたぼろになった精神を取り繕い、言った。

「拙者が飲み込んだ。
見たければ拙者の腹を割って取り出すんだな」

スルトが言った。

「大罪を犯した者を平気でのさばらしておくほど、俺は優しくないぞ」

両刀を構えた拙者と[おぉぶ]を装備したスルトを見て、ゲイオスバートも言った。

「そうか。
それなら、ありがたくいただくとしよう」

雌雄を決するときはもうそこまで迫っていた。