Please sing your name for me.W


 俺が準備を終え、一階の食堂へと続く階段を下りているとプリス達の会話が耳に入って来る。


「ねぇ、プリス。あんなののどこが良いわけ?無愛想だし、顔怖いし、それにぜんぜん笑わないじゃない」

「そこがいいの! あの冷たい瞳で見つめられただけでゾクゾクゥってきちゃう……」

「あんた、ヘンタイでしょ……」

「違うよ!」

「えー! プリスちゃん変態なんだー!」

「違うってば!」

 アストラとファナの笑い声が聞こえる。どうやらプリスは友人二人に遊ばれている様だ。


「でも彼って団長の弟子でしょ。団長は彼以外に弟子なんて取らないし……」

「うんうん。将来性は大だよねー」

「でもあんた、勝ち目無いじゃない。死んだ昔の女なんて」

「えっ。それは……」

「死んだ昔の女! 最強よー! デムピアスより強いに決まってるわぁ!
 永遠に彼の中で美化され続けるのよ!」

「アンタは黙ってなさい……。もう五年も経つんでしょう?
 それでもまだ忘れられないなんて、よっぽどいい女だったのねぇ」

「プリスちゃん、勝つ自信あるの?」


「うぅ……」


「ふむ。やはりここは強硬手段に出るしかないわね」

「そうだー! 既成事実を作るんだー!」

「えぇっ!?」


 そろそろ助け舟を出してやるか……。

 この場合、わざとらしく咳でもしてやるのがお約束なんだろうが、俺はそこまでお人好しじゃない。
 しかたなく俺は足音を立てて歩き始めた。

「なぜに盗賊の俺が足音立てて歩かねばならん」
 ため息を吐きながら俺はゆっくりと階段を下りる。

 プリスが俺を好いてくれているという事は、彼女の態度を見れば明らかだった。
 だが俺は彼女の気持ちに応えてやることは出来ない――。

「すまん、プリス。俺のすべては彼女に捧げてしまった」
 心の中だけでプリスに謝罪する。

「俺はもう誰も愛せない……」



 ルアスの宿屋「青い瓦亭」はその名の通り真っ青な瓦屋根――
 もっともルアスの建物はほとんど青い瓦屋根なのだが――をした宿だ。

 一階が食堂兼酒場、二階三階が宿になっている典型的な冒険者向けの宿屋だ。

 そこは今、実質「F」団員の貸切りとなっている。
 義賊団「F」。団長であるルシェルとセットで語られることが多いため、
 それこそマイソシアで知らない者は居ないとさえ言われる集団。

 ルシェルが若干二十歳で創設し、今やその団員数は千を越えるとも言われている。

 義賊団でありながら団員は盗賊に限らず、
 プリスのような吟遊詩人、戦士や修道士、聖職者に魔術師まで所属している。
 果てはルアス騎士団の騎士も幾人か秘密裏に所属しているという噂だ。

 俺は師に弟子入りしたときに、誘われるまま入団し、
 今では創設時から居る古株として他のメンバーから一目置かれる立場だった。

 「F」の活動は多岐に渡り、義賊団に相応しく悪徳な金融業者を粛清することもあれば、
 団員総出でルケシオンダンジョンのゴミ拾いをすることもある。

 団員たちはそれぞれ普段の生活をしながら、必要時だけ「F」として活動する。
 そのために実質の人数は誰も把握しておらず、毎回顔ぶれも違う。

 ただ団長のルシェルだけがすべての団員を知っているという。



 食堂では総勢数十人の団員が朝食を取り、賑わっていた。
 席はほぼ満員。

 そんな中で俺はプリス達三人と共に朝食の並んだテーブルを囲んでいる。

 俺の左側の席に座る、大人びた雰囲気をかもし出すハンドマスティを着た修道士がアストラ。
 対面の、常に笑みを絶やさないバイティスを着た魔術師がファナ。
 二人とも「F」のメンバーだ。

 俺が食堂に下りたとたんぴたりと会話を止めた二人は、
 気を使ってか――大きなお世話だが――プリスを残して席を立とうとしたが、
 プリスが二人を引きとめ、都合四人で食卓を囲むことになったのだ。

「ご飯は大勢で食べた方が美味しいんだよ」とプリス様が仰せになられたのだ。

「で、アストラはどんな男の人が好きなの?」
 とプリス。どこから繋がって「で」なのだろう。

 危うく飲んでいたお茶を噴出しそうになるアストラを尻目に、俺は食事を始めることにした。

「いただきます……」


「んぐっ。……っと。私は、その、……、えぇと……、だ、だっ――」
『だ?』

 プリスとファナの声がハモる。
 今日の朝食はミルレス産の麦を使ったパンと、上質なノカン肉のハムを使用したサラダ。

「だ、だっ、……」
 めずらしい。いつもクールな印象なアストラだったが、こんな一面もあるのか。

『だ?』
 俺はティーカップを手に取る。この香りはセイジリーフのハーブティーだ。

「だっ、団長……みたいな人が……」

 危機一髪。
 俺は危うく噴出しかけたお茶を何事も無かったように飲み込んだ。

 よし、平静を保つことに成功。そのまま無関心を装う。
 しかし……、いつもながら渋くて変な味だ……。

「えー! りゃ、略奪愛ですか!? アストラさん」
 ファナが身を乗り出しながら言う。

「ばっ、馬鹿。声が大きい!」
 そう、団長はすでに結婚しているのだ。

「と、いう事は、敵はエステルさんかぁ。女神様に挑戦するとはアストラも強気だね」
 さっきのお返しとばかりにプリスが攻める。

「むっ、むぅ……」
 言葉に詰まるアストラ。
 しかし……。こうゆう話は女性だけでするものじゃないのか?
 もしかして俺へのあてつけか?

「エステルさん美人だもんねー。しかも高位聖職者ときたー」
 ファナが何時にも増して楽しそうだ。

「べ、べつに私は、団長“みたい”な人が好きなんであって、誰も団長が好きだとは言ってな――」
 その時、宿の扉が開いた。

 硬直するアストラ。

 扉の向こうには話題の主エステルさんと団長の姿。
 さり気にレディーファーストで奥さんを先に通す辺りがお師様らしい。

「おはよう」
「おはようございます。みなさん」

 アストラは挨拶するのも忘れ、硬直を続けていた。