Please sing your name for me.W


「ああああああああああああああああああああああっ!」

 俺は絶叫を上げ、跳ね起きた。

「はぁっ、はぁっ……」
 夢だ。
 ワルイユメ。

 俺はベッドから出、洗面所へと向かった。
 冷たい水で顔を洗う。

 手探りでタオルを掴み、顔を上げた。
 鏡に映った自分の姿が目に付く。

 いつもと変わらない、烏の濡れ羽色の髪、凍った湖のような冷たい青灰色の瞳。
 生まれつきの目つきの悪さに加え、頬に傷跡さえある。
 道端で目が合っただけの子供に泣かれることさえある。

 アルベルト=マキナ。俺の名。
 俺は今日も俺として存在している。
 俺は鏡の中の俺自身を見つめながら、あのときのことを思い出していた。


 彼女が息を引き取った後。
 さらに俺を殺そうと近づいてきたウッドノカンを、俺は、半狂乱になって殺しつくした。

 技も何も無く短剣を突き立て、切り刻み、返り血で血塗れになりながら。
 そして俺は彼女の身体を抱き、高位聖職者を探して辺りを走り回った。

 しかし、見つからない。
 
 いつもなら冒険者たちに無償の癒しを与え、失った命すら取り戻してくれる彼らが、
 その時は誰一人居なかったのだ。

 そしてそれは起こった。

 突然、彼女が光を放ち始め、
 俺の腕の中で彼女の姿が徐々に光の粒子に分解され、
 そしてその光は中に散り、彼女は……

 消えてしまった。


「くそっ」
 俺は思い切り壁を殴っていた。
 俺は信じる神に祈りを捧げる。

「早く。早く彼女を復活させてください。『ネクロ様』」
 ――そう、俺はネクロ教徒だ。


 彼女を失った後、浮浪者のように各地を転々としていた俺は、あるときサラセンにたどり着いた。
 そこで聞いたのだ。今は亡きムタシャ様の言葉を。

「ネクロ教を信じれば。来世で復活できる。狩りをして供物を捧げろ。
 さすればネクロ神が復活を約束する」

 俺は問うた。「すでに死んでしまった者を復活させることはできるのか」と。

 そのネクロケスタは言ったのだ。
 「より多くの。より強大な魔物を贄に捧げ祈れば、必ずネクロ様が復活させてくださる」
 俺はネクロ教を信奉することを決めた。

 そして殺した。
 自分に倒すことの出来る魔物はすべて殺し、神に捧げた。

 だが足りない。
 もっと強力な敵を求めた俺はネクロ教徒であることを隠し、師に弟子入りし力を求めた。
 今やマーダーパンプキンでさえ誰の助けも借りずに倒すことが出来るようなった。

 だが、それでも足りない……。
 残るは―――

「アルー。ご飯だよー」
 考え事を振り払うかのように俺を呼ぶ声が聞こえた。

「入るよ」
 ノックの後、間髪入れずにドアが開く。

「なんだ、起きてるんだ……」
 俺の姿を見て心底がっかりしたように彼女は言う。
「ああ」

「せっかく私が優しく起こしてあげようと思ったのに」
 そんなことを言いながら彼女はカーテンを開ける。

 ツインテールにした彼女の蒼い髪が朝日を受けてキラキラと輝いた。

 二つ縛りにした長い蒼の髪と同じ色の瞳。
 真っ白なシャアロットドレスを身にまとったその姿は、紛れも無く吟遊詩人のものだ。
 彼女、プリステル=テリオス。

 彼女とは「F」に入団したときからの付き合い。現在の俺のパートナーだ。

「みんなもう起きて下に集ってるよ」
「ああ、今行く」
 俺は着替えようと寝巻きを脱ぐ。
 そこで、じっとこちらを見ているプリスの視線に気づいた。

「なにか用か?」
「えっ! いあぁ……。べ、別になんでもないよ!」
 顔を真っ赤にしながらしどろもどろに弁解する彼女。

「それじゃ、早く来てね!」
 そう言って早足に部屋を出て行ってしまった。

「ふむ」
 俺は自分の姿を確認する。

「そういや、プリスは見たの初めてか」
 数多の傷跡が残る上半身。この姿を見たものは誰もが息を呑むだろう。

 その凄惨さは拷問を受け続けた囚人にすら匹敵する。
 自らに刻まれた幾多の戦闘の記憶だ。

 それを隠すように、俺は真新しいソールハンターロブに袖を通した。