Please sing your name for me.U


 轟!
 重量感のある風切り音を響かせながら、太い丸太が俺の頭上を横殴りに通り過ぎる。

 大振りに振られたその一撃を避けてしまえば、その出っ張った大きな腹はがら空きだ。
 俺は即座に間合いを詰める。

 敵はこちらを視界に捕らえてはいるものの、
 振り切った丸太の重みと遠心力で次の攻撃に移ることが出来ない。

「がぁぁっ!」
 渾身の力を込めて短剣を突き出す。ぞぶりと刃が肉に沈む感触が手に伝わる。
 すかさず俺は手首を捻る。

「えぐり」――突き刺した短剣に捻りを加えることで傷口を開かせ、大きなダメージを与える技。

 敵、ノカンおじさんは苦悶の表情を浮かべ丸太を取り落とした。
 俺は短剣を引き抜き後ろへ下がる。
 おじさんは傷口を両手で押さえながら、どうと前のめりに倒れこんだ。

「はぁ、はぁ」
 俺は肩で息をしながら、その最期を見届ける。
 ノカンの戦士はこちらを射殺すような、殺意の篭った視線を俺に向け、憎悪をたぎらせたまま事切れた。

 対する俺も満身創痍だった。幾多の傷と疲労でそのまま膝をつきそうになる。

 その時、背後で彼女の祈りの声が聞こえた。

「すべてを赦したもう慈愛と休息の神イアよ。この者の傷を癒し給え――。リカバリ!」

 祈願の言葉が発せられると同時に俺の周りに神の光が放たれる。
 その光が、俺の傷と疲れを瞬時に癒した。
 嘘のように軽くなった体を軽く確かめながら、俺は短剣に付いた血糊を振り払う。

「ありがとう。ルティア」
 俺は彼女を振り返り、礼を言った。

「どういたしまして」
 そう言って、彼女は微笑んだ。

 胸元に十字をあしらった青い法衣を着た、細い金の髪と深い黒の瞳を持つ少女。

 彼女には失礼かもしれないが、
 その笑顔は美しいと言うよりも可愛らしいと言った方がしっくりくるだろう。

 聖職者ルティア=ミルトニア。
 数ヶ月前、俺がノカン相手に四苦八苦しているところを助けられて以来、
 共に旅するようになった俺のパートナーだ。

「そろそろ休憩しましょう。私ちょっと疲れちゃった」
 そう言って彼女は額の汗を拭う。
 俺がノカンおじさんと戦闘を繰り広げている間、彼女は祈り続け、俺を回復していてくれたのだ。

「ああ、そうしようか。ミルレスに帰ろう」
 俺はリンクを取り出そうとポケットに手を入れた。

 その時だった。

 彼女が短く悲鳴を上げる。

「どうした!?」
 俺はポケットから手を抜き、彼女に駆け寄った。
 見ると彼女は左脚から血を流している。そこにはニュクノカンが放つ吹き矢が深々と刺さっていた。

 俺は慎重に矢を抜き、傷口を確かめる。

「大丈夫。毒は塗ってないみたいだ」
 そうしている間にもさらに吹き矢が彼女を狙い、飛来する。

 鋭い音が俺の耳元を通り過ぎた。

「早く手当てを。俺はあいつを倒す」
 吹き矢の飛ぶ方向から俺は敵の姿を捉える。

「分かった」
 ルティアは短く答え、祈り始める。
 ニュクノカンは俺たちからかなり離れた場所から吹き矢で彼女を狙っていた。

 俺は呪文を唱える。

「地を吹き荒びし風よ。わが身を運べ。疾く、疾く――ウィンドウィク」

 風が吹き始める。唯、俺の周りだけに。
 俺は走り出す。疾風のごとく。

 風に乗り、俺は一瞬にしてニュクノカンに接近。
 あまりの速さにニュクノカンは目を剥き、驚愕に後退りする。

 だが――

「遅い……」
 肋骨の隙間を狙い、俺はニュクノカンの心臓に短剣を突き立てる。
 敵は断末魔を上げることも出来ず、一瞬にして絶命した。

「ふっ」
 無意識に止めていた呼吸を再開する。
 俺は彼女の無事を確かめようと振り返った。

「もうだいじょう――」
 その瞬間、言葉を失った。

 彼女の真後ろ。大木の陰からウッドノカンがのそりと姿を現したのだ。
 彼女は気づいていない。俺を癒すために祈りをあげている。

「逃げろ!ルティア」
 俺は走り出した。
 ウィンドウィクはまだ効果を失っていない。

 俺は腰に手をやる。だがそこに掴むべき物は無い。
 爆弾は底を突いていた。

「くそっ」


 ウッドノカンがルティアの頭上に丸太を大きく振り上げているのが、俺の眼にははっきりと捉えられた。

「間に合わせてみせる」不吉な考えを振り払いながら俺は歩を進ませる。


 だが、大気が粘りつくようにして俺を前へ進ませない、そう感じられるほどに時が進むのが遅く思えた。

「間に合わない」俺の中の常に冷静な部分がそう告げている。


 ルティアが後ろを振り返り、ノカンの存在に悲鳴を上げる。

 丸太が頂点に達する。

 彼女がこちらに駆け出そうと身を捻る。

 丸太がゆっくりと、だが明確な殺意を持って動き出す。

 ウッドノカンの両腕により初速を与えられたその武骨で原始的な武器が、
 重力加速度を伴って速度を増す。

 彼女はやっと一歩目を踏み出したところだった。

「あと七歩」
 彼女の視線と俺の視線が絡み合う。

「あと四――」
 そして――

 鈍い音が響いた。

 彼女が背中に丸太の一撃を受け、前のめりに吹き飛ぶ。

「ルティアァァァァァっ!」
 俺は足を止め、目の前に倒れこんだ彼女を抱き起こした。

「――――」
 彼女が俺の名を呼ぶ。
 それきり彼女は――

「ああああああああああああああああああああああっ!」