月の魔術師〜第三話〜


”何よ何よ何よ!!”

私は、机の上で頬杖を突いて、心の中で、あの人を罵った。
私はルーシア。魔術師になるための勉強をしている、一人の女の子。

頭に描く相手は、私のお師匠様。

私に、”人を救う術を教えてやる”なんてかっこいいこと言っておきながら、
私のことは、サリーさんに任せて、自分は冒険に行っちゃうお師匠様。

さっきは、ちょっと話し掛けただけで、すっごく怒られたし・・・・

”早くお師匠様帰ってこないかな〜〜〜”

私は、少し前まで、魔術師の街”スオミ”にすんでいた。

湖に囲まれた。静かで、綺麗な街。
お師匠様とは、その街で出会った。

”ジョカ”って言う、ものすごく強いモンスターに襲われてたところを、
お師匠様に助けてもらった。

それが縁で、私は、お師匠様に弟子入りした。
最初の数日は、スオミの街や、その外に広がる森で、魔法を教えてくれてた。

でも、お師匠様の住んでいる町は、スオミじゃなく、今、私がいる”ルアス”の街だった。

だから、お師匠様に出会ってから、数日で、
私は、住み慣れたスオミを離れて、このルアスに引っ越す事になった。

お師匠様にいろんな事を教えてもらって、早く一人前の魔術士になるために・・・

ルアスの街は、この大陸を治める”王様”のいる街だ。

街のはずれには王様の住む”王宮”があって、
石畳が敷かれた街には、たくさんの人が住んでいる・・・・

そういうことは、前に本を読んで知ってたんだけど、
実際に来て見るとビックリ!!

石でできた家がいっぱいあって、道を行き交う人たちは、いろんな服を着てて、

そして何より、あの広場!!
どこを見ても人・人・人。

お師匠様たちとはぐれないようについていくのがすっごい大変だった。
(実際、何度かはぐれたけど・・・・・)

スオミ以外の街を見たことがなかった私には、何もかもが面白かった。

一日かけて街の中を案内してくれたお師匠様は、
一番最後に、王宮への道を歩き始めた。

街に入ったときから、すっごく大きなお城が見えていたけど、
実際に間近で見ると、あまりの大きさに声も出なかった。

”白くて、綺麗なお城・・・・・”

私が見とれていると、お師匠様が、声をかけてきた。

「何ボーっとしてんだ。置いてくぞ?」
私が慌てて追いつくと、お師匠様は、すたすたと歩いていく。
遅れないようについて行きながら、私は不思議な光景を見ていた。

門番をしていた槍を構えた兵士さん。

すれ違う、すっごく綺麗なローブを着た魔術師さん。

一目で、王宮騎士だとわかる服装をした人。
(騎士様って、見たことなかったけど、一目で”騎士様”だと分かる服だったの)

高位の聖職者のみが着る事の許されたローブを着た人。

目に付く全ての人々が、”お帰りなさい”と声をかけて、お師匠様にお辞儀をしていた。
それに、軽く挨拶をしながら歩いていくお師匠様・・・・

”どうなってるの???”

不思議に思いながら、お師匠様について行くと、王宮の中の一室に案内された。


そこは、まっさらなシーツが敷かれたベッドと、

いろんな本が置かれた本棚。(半分も埋まってなかったけど・・・)

おっきな机と、クローゼット。


それだけ物があっても、全く狭く思わないくらいの大きさをした部屋。
私がお師匠様を見上げると、お師匠様が言った。

「今日からココが、お前の部屋だ」

数秒間の沈黙・・・・・・・・

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
お師匠様の言葉の意味が分かると、思わず大声を出しちゃった。

「なんだ、不満か?」
私の声にビックリして、問い掛けるお師匠様。

「そうじゃなくって〜〜〜」
不満なんてあるわけない。

スオミに住んでたころの部屋は、ココの半分もなかったし、
この部屋には、立派な家具もある。

「ココって、王宮でしょ??」
「あたりまえだろ?」
キョトンとした顔で、答えてくれるお師匠様。

「どうして、王宮に私が住む事になるの???」
あたりまえだけど、王宮には、身分の高い人しか入れない。

街ですれ違った魔術師の人が、”早く王宮に入ってみたい”といっているのも聞いた。
その人は、私なんかと違って、立派なローブを着ていた。

それなのに、お師匠様と一緒にいた私は、
誰にも止められる事もなくこうして入る事ができた。

その上、ココに住む???

「あ・・・・・・言ってなかったっけ?
 俺の師匠が、宮廷魔術師の長をやってるって。
 セリスも、王宮付きの聖職者をやってるし、
 サーディアンは、近衛兵団の一員だし、
 ルークは、王宮お抱えの盗賊ギルドに入ってる」

あっさりというお師匠様の言葉に、私は何もいえなかった・・・・

その後、お師匠様は、

”この部屋は自由に使っていいから。
 初級の魔術書もそろえておいたから、それも勉強しろよ?
 あと、俺の部屋は隣だから”

そう言って、すぐに部屋を出て行った。

何がなんだかわからない私は、ベッドに腰をおろして、
お師匠様の言葉を一生懸命理解しようとしていた。

宮廷魔術師の長の弟子?
王宮付きの聖職者?
近衛兵団の一員?
王宮お抱えの盗賊ギルド?

何度考えても、信じられない言葉を一生懸命考えて、
私は、いつの間にか眠ってしまっていた。

次の日は、王宮の中をいろいろ案内してもらいながら、
いろんな人に挨拶をした。

近衛兵団の団長さん。
聖職者を束ねる司祭様。
ルアスの街の市長さん。
盗賊ギルドのえらい人。

覚えきれないほどたくさんの人に挨拶をして、
最後に、王宮の中にある図書室に連れてこられた。

「この部屋には、大陸の歴史をつづった本や、
 発見された、全ての魔術書が収められているんだ。
 遺跡から発掘された、古代の魔術書の含めてな」

「じゃあ、ここにある魔術書を全部覚えたら、
 一人前になれる?」

お師匠様の言葉を聞いて、嬉しくなった私が言うと、

「全部”読めたら”な」
そう言って、お師匠様は笑った。

「あ〜〜!!
 ずっと見ないと思ったら、やっと帰って来た〜〜。
 お帰りなさい。”月の魔術師”様」
そう言って、意地悪な笑みを浮かべたのは、魔術師のローブを着た、綺麗な人。

「その呼び名はやめろってば。
 まだ、正式に称号を貰ったわけじゃないんだしさ」
苦笑を浮かべるお師匠様。

「”太陽の魔術師”様の弟子なんだから、決まったようなもんじゃないの」
「月の魔術師??太陽の魔術師??」

聞きなれない単語を聞いて、お師匠様を見上げる私。

「あ・・・はじめまして。
 レイクに弟子入りしたって言う女の子って、あなたね?」
そう言って、ニッコリ笑う女性に、私は慌てて、お辞儀をした。

「そうだよ。ダメだって言ったのに、無理やり師匠にされた。
 この人が、この図書館の管理をしている”サリー”。
 お前の部屋の家具や、本を用意してくれたのが、彼女だよ。
 で、こっちが、俺の弟子になった”ルーシア”
 まだ、魔術の基礎を覚えたばかりだし、サリーからもいろいろ教えてやってくれ」

私と、サリーさんと指差しながら、紹介してくれるお師匠様。

「いいわよ。
 実際に魔術を使うとなると、”太陽の魔術師”の弟子には敵わないけど、
 知識だけなら、私の方が上ですもんね〜〜〜。
 よろしくね。ルーシアちゃん」

言われて、ぽりぽりと頬を掻いているお師匠様。

「よろしくお願いします。
 あの・・・・太陽の魔術師って?」
お師匠様が教えてくれないので、サリーさんに聞いてみる。

「ああ・・・それはね。
 今の宮廷魔術師長、カルディス様・・・・レイクのお師匠様なんだけど、
 その人が、王様からいただいている称号なの。”太陽の魔術師”っていうのは。
 で、その弟子のレイクには、
 ”月の魔術師”って言う称号が用意されてるのよ」

「まだ、貰うと決まったわけでもないのに、そういうこと言うなよ」
「あら?でも、ほとんど決まったようなもんじゃない
 宮廷でも、カルディス様に次ぐ魔術師なんだから、あなた」

「あのなぁ・・・・・」

困った顔をするお師匠様と、
明らかにからかっているサリーさん。

魔術の勉強は、翌日からという事で、その日は部屋に戻った。

”そして、次の日に急に出かけちゃうんだもんな・・・・お師匠様・・・”

ウェルナ様って言う聖職者の司祭様に頼まれごとをされたとかで、
(正確には、セリスさんが。。。だけど)
お師匠様は、ディグバンカーという洞窟に出かけていった。

「どうせ、上位の魔法は古代語が読めないと使えないんだから、
 俺がいない間に、サリーから古代語を教えてもらえ」

そうお師匠様に言われた。

実際に、図書館にある本の大半は古代語で書かれていて、
サリーさんの話では、そのうちの半数は、まだ解読もされていないらしい。

最初の日は、はじめての古代語で、楽しかったけど、
それが、3日続くと飽きてきた・・・・

”おまけに今は私一人だし・・・・・・”

さっきまで、サリーさんが隣で教えてくれていたけど、
お師匠様が、頼まれていた仕事を終えたと言ってきたので、
それを、司祭様に報告に行っている。

”たまには外で思いっきり魔法使いたいな・・・・・”

ぼんやりと窓の外を眺めていたら、ふと、そんな事を思った。
そして、考えたら、どうしても試してみたくなった。

”新しい魔法も、覚えたしね・・・”

お師匠様に教えてもらったものの中には、まだ実戦で使った事のない魔法もある。

”ちょっと遊んでこよ”

私は、机に広げていた本を元の場所に片付けると、
お師匠様から貰った装備を取りに、部屋に戻る事にした。