暁の魔術師〜第3話〜


"暁の魔術師"・・・・・・
その人のことを、俺はよく知っていた。

"暁の魔術師"と呼ばれた男がいた。
この半世紀において、宮廷魔術師の長以外で、称号を貰った、ただ一人の男。

"太陽の魔術師"カルディスの戦友にして、
唯一、それと比肩しうる魔力を持っていた男。

数々の功績を記録に残し、称号を得た男は、
その称号を、自ら誇る事はなかった。

なぜなら、その称号は、その男の死後に与えられた物であったから・・・・・

その人から、俺は、魔術の基礎を教えられた。

その人の死後、その弟子であった俺は、
カルディス師に引き取られ、この王宮で腕を磨いた。

カルディス師は、俺にとっては、祖父の位に年が離れている。
だが、引き取られた俺は、カルディス師の事を"おじいちゃん"と呼んだことはない。

俺にとっての"おじいちゃん"は、世界にただ一人
最初の師であり、実の祖父であった"暁の魔術師"のみだから・・・・

ぼんやりと、窓から外を眺めながら、
俺は昔の事を思い出していた。

かつての師の事。今の師の事。
それぞれと暮らした時間。

かつて目の当たりにした、モンスターと、人間の大きな争いの光景。
その中で、きらめく魔法の数々。

そして、目の前で倒れる、実の祖父の姿・・・・・

太陽はずでに、大地を離れ、東の空の低くを漂っていた。

「や〜〜〜っぱりレイクだった!!」
図書館のドアを開けると、セリスさんが立ち止まって言った。
そのまま、何も言わずに立ちすくんでいるセリスさん。

"ドアの前に立たれたら、お師匠様が見えないよ"

セリスさんの背中を一瞬睨んでから、私は、その横をするりと抜けた。

「お師匠・・・・・様?」

お師匠様は、太陽の見える窓を見つめながら、机に座っていた。
なぜか、いつものお師匠様じゃないような気がした。

その背中は、泣いているようにも見えた。
声を掛けてはならない時に、声をかけてしまったような気がして、

渡しと、セリスさん、そして、サリーさんは、
ドアのところに立ちすくんでしまった。

「何だ、みんな起きてきたのか?まだ朝食には早いぞ?」

こっちに身体ごと向けながら言ってくるお師匠様。
その目に涙はなくて、一瞬感じた不思議な雰囲気もなくなっている。

"気のせい?"

「”早いぞ”じゃないわよ。まったく。
 傷が完全に消えてないって言ったの、忘れちゃったの?」
振り返った俺に、一瞬の間を置いてから、セリスが言ってくる。

「悪い。
 急いで調べたい事があってな・・・」

「調べたい事?」
無言で近づいてきて、そのまま俺に癒しの魔法をかけるセリスの代わりに、
サリーが聞いてくる。

セリスの魔法によって、身体中が暖かい光に包まれる。
その心地よい光に包まれながら、俺はサリーに答えた。

「ああ・・・・昨日見つけた、ディグバンカーの古代文字をな。
 気になることがあったから・・・・・」
「まさか。全部終わらせたとか?」

机の上に置かれた、俺のメモを見つめながら、
驚いたような声をあげる。

"本来なら、10人がかりでするようなことだしな・・・・"

分かってはいたのだが、これだけは、他の奴にさせるわけにはいかないと感じた。

それは、ただの勘だったが、実際に内容を解読すれば、
その勘が正しかった事ははっきりとしていた。

俺が、自分で書き写してきた、古代文字の書かれたメモ帳と、
その翻訳をしたメモ帳とを、眺めていたサリーは、
翻訳した方を手に取ると、中を読んでみようと、手をかけた。

「きゃっ」
声を上げ、メモ帳を取り落とすサリー。

「ちょっと!なによこれ!!」

お師匠様のメモ帳を落としてから、お師匠様に非難の声を上げるサリーさん。

サリーさんが、メモ帳を開けようとした時に、
本から、光が出ていたのに、私は気がついていた。

「そこにかかれている内容が、禁呪に値する事を含んでたんでな。
 同じく、そこにかかれていた、古代の呪法を使って、封印しといた。
 キーワードを唱えてからじゃないと、
 開けようとした力に比例する雷撃が、そいつを襲う・・・・ってなのをな」

「なによそれ!!」怒りに燃えるサリーさん。

「ちなみに、原本の方にも、同じ呪法かけてあるから、
 おまけに、遺跡の方は、障壁の呪法復活させといたし、帰る前に」

「あ・・・・・あの時、そんな事してたんだ」
治療が済んだのか、椅子の一つに座りながら、セリスさんがいった。

「何かしてるのは気がついてたけど、そんな事とは思わなかったな」
「そんな事って!!
 あのねぇ、それは、古代文明を解明しようという、
 宮廷魔術師の理念に反してるの分かってる!?
 私の夢が、どんな事か、レイクだって知ってるでしょ!!」

私は、セリスさんの隣の椅子に座って、
お師匠様を怒鳴りつけているサリーさんと、
困ったような表情を見せる、お師匠様とを見比べていた。

"サリーさん、古代の知識を、
 世界中の人が知ることができるようにするのが夢だって言ってたっけ?"

サリーさんが、古代文字を教えてくれる事になった次の日。
古代文字がそんなに大事なのかと聞いた私に、
サリーさんは、その夢を聞かせてくれた。

"古代文字のままでは、ほとんどの人は理解できないよね。
 でも、それを調べる人がいなかったら、世界中に埋もれている大切な知識が、
 役に立たなくなる。
 だから、私たちが、一生懸命勉強して、
 世界中の人が、その知識を活用できるようにしたいの"
そう言って、照れたように笑ってたっけ・・・・

私が思い出している間にも、サリーさんの怒鳴り声は続いていた。
私は全部聞き流してるけど、お師匠様はちゃんと聞いてるみたい。
ふと、お師匠様が、サリーさんに手をかざして、その声を止めさせる。

「サリー、お前の夢は知ってる。
 けど、そこに書かれていた物は、他のものとはわけが違うんだよ。
 その気になれば、世界を滅ぼすことだってできることが書かれていた。
 だから封印したんだよ」
ふと、表情を曇らせながら言うお師匠様。

サリーさんは、
「それは、あなたの想像でしょ?
 今までだって、文面からは、とてつもない事を起こせそうな魔法はいくつもあった。
 けど、そのほとんどは、心配するに値しない物だった」

そう言って、なおも睨みつける。

お師匠様はというと、
いっそう暗い表情をしながら、それに答えた。

「かつて、俺がカルディス師に引き取られた事件の顛末、お前も知ってるよな。
 あれが、ココにかかれた呪法を用いた"ファイアアロー"だったと聞いても、
 そう言えるか?
 俺は、あの場所にいた。
 そして、使い手がどうなったか、周りがどんな風になったか、
 それを目にしてるんだ。
 だから、封印した。
 それじゃ、不満か?」

そう言って、メモを睨みつけるお師匠様の目には、

今度こそ、涙が光っていた。