夢見る少女 D


ここは、ルケシオン近くの山岳地帯。

すでに日は暮れ、辺りは闇に包まれていた。

今日はここで野宿ということになり、二人は焚き火を囲んで座っていた。

ナシス「いやぁ、野宿なんて今回の旅で初めてしましたよ」

リエル「・・・・・・そうか? わたしは任務の時によくしたぞ」

ナシス「私は教会の神父ですから。狩りにもほとんど行きませんし」

リエルは焚き火を見つめながらつぶやいた。

リエル「・・・・・・ほんとに、何でお前なんだろうな・・・・・・まぁ、誰であろうと関係ないが」


ナシスが突然、読んでいた本を閉じ、横に置いた。

リエルはそばに置いてあった剣に手をかけた。

リエル「囲まれてるな・・・・・・」

ナシス「そのようですね。モンスターではありません。人間です」

リエル「この距離で気配に気づかれているようでは、たいしたこともないな。

わたしがやる。手出し無用だ」

ナシス「・・・・・・わかりました」

リエルはアメットを装着し、剣を取り、立ち上がった

リエル「何者だ! 居るのはわかっている、でてこい!」

凛とした声が闇に響いた。


闇の中の声「ちっ、勘のいい奴らだ。久しぶりの獲物だってのに・・・・・・」

声と同時に、10人ほど闇の中から姿を現した。

戦士、盗賊、修道士、魔術師・・・・・・

これからダンジョンにでも入ろうかという感じのパーティだ。

ナシス「なるほど。最近、この地域で多発してる冒険者狩りグループ・・・・・・

山賊とでも言うべきでしょうか」

戦士「はっはっは。勘も良ければ、物分かりも早いな。その通りだ。

可哀想だが、お前らにはここで死んでもらう」

グループのリーダー格と思われる戦士の男は、久しぶりの獲物に機嫌が良さそうだった。

リエル「御託はいい。さっさとかかってこい」

剣を抜き、構えるリエル。

再び、本を開き視線を落とすナシス。

戦士「・・・・・・なんだ、兄ちゃん。なめてんのか?」

ナシス「私も彼女を手伝いたいんですけどね・・・・・・。少しワケありでして」

ナシスは苦笑しながら、頭をかいた。

ナシスの言動げんどうが完全に頭にきたらしく、戦士が叫ぶ。

戦士「だったら、このお嬢ちゃんがやられていくのを見物してるんだな!

てめえもその後、血祭りだ!!いくぞ、野郎ども!!」

一斉に襲いかかる山賊の前衛達。

リエルは低く身構えつつ、素早く剣を鞘に納めた。

リエル「はあっ!!」

烈迫の気合と共に、剣を振り抜くリエル。

「ぐっ・・・」

リエルの前方から襲いかかった3人が吹き飛んだ。

息つく間もなく、マントを翻し、長い金髪をなびかせて死角を振り向くリエル。

剣はすでに鞘に納まっていた。

「ひっ!!」

ピタリと立ち止まる前衛達。

リエルは相変わらずの低姿勢からの構え。

辺りは時が止まったかのような静寂に包まれる。

リエルの殺気が場を支配していた。



リエル「どうした。もう終わりか?」

吹き飛んだ3人は全く動かなかった。もう死んでいるのだろう。

「つ、強え・・・・・・」

山賊達は、目の前の出来事とリエルの殺気にあてられて完全に萎縮してしまっていた。

ナシスは本を読みながらも、いつでも動けるように横目で戦況をうかがっていた。

もう大丈夫だろう、と安心してページをめくろうとした次の瞬間だった。


 ・・・・・・カシャンッ


殺気漂う静寂の中、無機質な音が響く。

何かが落ちた音だ。

反射的に音の出所を探すナシス。

すぐに何が落ちたか理解できた。

・・・・・・剣だ。

リエルの手から鞘に入ったままの剣が落ちていた。

・・・・・・様子がおかしい。

構えが崩れ、足元もおぼつかない。


リエル「・・・・・・お父さん?・・・・・・お母さん?・・・・・・」


リエルの発した言葉にナシスは耳を疑った。

リエルの視線の先には誰も居ない。

いや、そもそもリエルの両親が居るはずもない。

リエル「お父さんっ!リエルだよっ! お母さんっ!そこにいたんだ!」

何かを掴もうとしているのだろうか。

リエルは必死に手を伸ばすが、その手は空をきっていた。表情は歓喜に溢れている。


「なんだ、コイツ・・・・・・」


その場に居る全員があっけにとられ、リエルを見つめる中、一人だけ笑う者がいた。

魔術師「ククッ、この小娘、ウデはかなりのものだが、心のほうは相当に病んでいるようだな。

この幻術にここまで深くかかる奴も珍しい。ククッ」

盗賊「なんだ。おまえの仕業だったのか。やるならやるって言えよなぁ」

魔術師「すまん、コイツがあまりにも早業だったからな。

・・・・・・それにしてもいい眺めだと思わないか?クククッ」

戦況が完全に逆転した。と理解できた山賊達は、すでに勝った気でいた。

仲間が死んでいるというのに、気にも止めていない。

リエル「ねえ! ねえってば!! リエルはここだよっ!!!」

リエルの表情が徐々にゆがんできた。

リエル「待って!! 置いてかないで!! 一人にしないでっ!!」

さらに取り乱すリエル。

その表情は戦士ではなく、まだあどけなさの残る少女となっていた。

リエル「うぅ・・・・・・お父さん・・・・・・お母さん・・・・・・ぐすっ・・・・・・」

とうとう、リエルは座りこみ、両手を地につけて泣き始めた。

ナシスは身を乗り出した。

修道士「ひゃはははっ、おもしれー。所詮はガキか。・・・・・・おらよッ!」

 バキッ!!

修道士がリエルの顔面を蹴り上げた。

装着していたローズアメットが吹き飛び、転がる。

しかし、蹴られたことに対するリエルの反応は無かった。

口元からは血がつたっている。

ゲラゲラと笑う山賊達。

ナシス「リエルッッ!!」

ナシスはリエルの元に駆け寄り、抱きかかえた。

額に手をかざし、魔力を込める。

ナシス(・・・・・・!? プレイドーンが効かない・・・・・・)

ナシス「リエルッ 気をしっかり持ちなさい!

あなたの父上と母上はもういないのです! リエルッ!!」

リエル「一人はやだよぉ・・・・・・」

ナシスの声は届かない。

リエルはガクガクと震え、ただ泣きじゃくるのみだった。

修道士「おっとぉ、聖職者様の登場かぁ」

盗賊「そろそろ俺たちも仕事しないとな」

不気味な笑みを浮かべ、盗賊の男が歩み寄る。

ナシス「・・・・・・ここから立ち去りなさい」

ナシスはリエルを抱きかかえ、ローブの袖でリエルの口元の血を拭いながらつぶやくように言った。

呆れたような表情で、盗賊が言い返す。

盗賊「おいおい、命乞いならもう少し言葉を選べよ。お前一人で何ができるってんだ?」

ナシス「私一人では・・・・・・勝てないでしょうね」

確かに聖職者であるナシスには、これだけの人数相手に戦う術はなかった。

ゆっくりと顔をあげ、まっすぐに山賊達を見据えるナシス。

風がでてきたのだろうか。

辺りの木々がざわめき始めた。