夢見る少女 エピローグ


・・・・・・サァァァァァァ・・・・・・サァァァァァァ


ルケシオンの海辺。

沈みかけている夕日が、広大な海を紅く照らしていた。

波の音は穏やかで優しい。

二人の男女が、細長い影を落として座っている。

ナシス「・・・・・・良かったのですか?」

リエル「・・・・・・何がだ?」

ナシスの言いたいことは分かっていた。

しかし、あえて聞く。

ナシス「あの男のことです」


なぜ殺せなかったのだろう。

・・・・・・もう暗殺者ではなかったから?

・・・・・・いや、少年だ。

少年が昔の自分とダブっていた。

あの男を殺したら、少年は自分と同じ道を歩む。

そんな気がしてならなかった。

しかし、リエルは口には出さなかった。

リエル「・・・・・・殺せなかった。

この10年間、あの男を殺すことだけを考えてきたのに・・・・・・殺せなかった」

独り言のようにつぶやくリエル。

リエル「・・・・・・ナシス」

ナシス「はい」



それは、あの時、言えなかった言葉。



リエル「わたしは・・・・・・・・・・・・間違っていたのか?」

夕日を見つめるナシス。何を考えているのだろうか。

リエル「答えてくれ! ナシス!」

ナシス「それは私にもわかりません」

ニコッといつもの笑顔で答えるナシス見て、リエルは下をうつむく。

リエル「そうか・・・・・・」

リエル「ルアスへ戻ったら、わたしは戦士を辞めようと思う。・・・・・・もう、戦う理由がない」

ナシスが立ち上がった。

海に向かって数歩歩き、クルッ振り返る。

そして、リエルにとって思いがけない言葉が返ってきた。

ナシス「聖職者になられてみては?」

リエル「えっ?」

リエルは一瞬、目を丸くする。

・・・・・・それは、幼き頃の夢。

・・・・・・父と母に憧れ、慕ってきた日々。

しかし、リエルの表情はすぐに曇った。

リエル「・・・・・・無理だ。わたしは今まで、復讐の障壁となるものは全て斬り捨ててきた。

たくさんの命を奪った・・・・・・。そんなわたしに聖職者となる資格があるはずがない・・・・・・」

リエル「そう、なれるはずがない。復讐のために全てを捨てたんだ。

・・・・・・その復讐も終わった。わたしにはもう、何もない」

自分に言い聞かせるようなリエルに、ナシスは反論する。

ナシス「私はそうは思いません」

ナシス「あの時、あなたはあの男を殺さなかった・・・・・・。

それだけで充分だと私は考えます。・・・・・・あなたには慈愛の心があります」

リエル「・・・・・・」

しばしの沈黙。

サラサラと心地良い風が二人を撫でた。



リエル「・・・・・・わたしに・・・・・・できるだろうか?」

ナシス「?」

リエルの声が小さすぎたらしい。

リエルはナシスの目を見て、訴えかけるような表情で語気を強める。

リエル「わたしは、聖職者になれるだろうか?」

ナシスは少しだけ意外そうな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

ナシス「ええ、なれますとも。ルアス王国司祭、ナシス・クレメンスが保証しますよ」

再び、目を丸くするリエル。

そう、彼は、彼女の「夢」そのものだった。

ナシス「そうですねぇ。問題があるとすれば・・・・・・」

リエル「・・・・・・すれば?」

ナシス「もう少し、女性らしい言葉遣いをしていただければ」

ニッと笑うナシス。

リエル「なんだとっ」

とっさに立ち上がり、腰に手をやる。

いつもあるはずのものがそこにはなかった。

リエル「ぁ・・・・・・」

脱力し、ペタリと座りこむリエル。

キョトンとしているナシスと視線が合う。

二人は見つめあい、そして笑いあった。

ナシス「さあ、参りましょうか」

手を差し延べるナシス。

少女はコクリと頷き、差し延べられた手をキュッと握り締める。




波の音はどこまでも優しい。




司祭の手はどこまでも温かい。




少女の 夢は、再び、動き始めた。




          
〜夢見る少女〜  完