SACRIFICE ― 血塗られた杖 3 ―


 

幻のネクロスタッフ。





いつごろからかそんなアイテムの存在が噂されるようになった。
誰も見つけられない幻の杖。

噂とはこうである。
一般的に出回っているものとは違って驚異的な力を秘めている。
ネクロケスタが落とすのではなく、サラセンダンジョン最下層のどこかに封印されているらしい。

その力は絶大にして絶対。
どんな杖よりも、神聖でおぞましいもの。

多くの人は馬鹿にした。
そんなのがあるものか、と。
多くの人は信じた。
こぞって探し回ったが、誰一人として見つけられなかった。


けれど、もし見つかったら?


噂どおりの品物であったなら。
それが一般の手に渡るなら、まだいい。
悪意あるものが手にすれば世界はどうなるのか、自ずと想像はつくだろう。

悪用されるのを恐れたルアス王は盗賊ギルドに命令を下した。
ネクロスタッフを回収しろ、と。





「はじめの内は我らの方が圧倒していました。 
けれど瞬く間にネクロケスタが沸いてきて・・・・・・!」

そのときの事を思い出したのか、盗賊の一人が肩を震わせた。

あれ程傷だらけだった身体はフィーネのリカバリによってすっかり癒されている。
いずれも致命傷で無かったのは、レガートがいたからだろう。

「レガート殿は我らを逃がすため、囮に・・・・・・っ」

ユンレンは拳を机に勢い良く叩きつけた。
上にあったコップやら皿やらが宙に浮いて甲高い音を奏でる。

「皆してレガートを見捨てた訳っ?!」

「それが彼の命令だったからだ!!! 
そうでなければ、この命を捨ててでも彼を守りたかった!!」

盗賊の目から零れてくる涙にユンレンは自分の失言に気づいた。

彼らがどんな思いでここまで来たのか。
その事を気遣ってやれず、八つ当たりじみた態度を取った自分が恥ずかしい。



「ユンレン」



名前を呼ばれると同時に頭を軽く叩かれた。

アルファだ。
アルファは何も言わずユンレンに笑いかけた。

その顔を見ていると、なぜだか高ぶった気持ちが静まる。
なんの根拠も無いのに、安心できた。

(そうだ。 レガートはきっと大丈夫)

アルファの手の暖かさを感じながら何度もそう思うと、
不思議にさっきまでの苛立った気持ちが穏やかになった。

「それで、レガートは何て言ったんですか?」

「貴方達を連れてきて欲しい、と」

ダウはふむ、と顎に手をやると少し考え出した。
本来ネクロケスタはディグバンカーのように、大量に沸いたりはしないはずだ。

沸くことは沸くのだが、倒せない数ではない。
それが最近になって異常繁殖しているのだ。

現に、つい先日フィーネとアルファが同じく探しに行った時は、
最下層の入り口付近から先に進めなかったという。

今までは普通に進めたのに。

と、言う事はだ。

誰かがあそこに細工をしたのだろう。
何かを守るために。

きっとそれは。



「行きましょう。 レガートを助けなきゃ」

フィーネはそう言うと席を立って、傍に立てかけておいた杖を手に取った。
続いてアルファも立ち上がる。

「レガートに来いって言われたんじゃ逆らえないしね」

「それにユンレンが心配しすぎて倒れかねません」

ダウの含みのある言葉に、
ユンレンは顔を真っ赤にして否定しようとするが、思い当たる事があって口を閉ざした。

「どうか、レガート殿を助けて下さい!! 彼は、我らにとっても掛け替えのない人なのです・・・」

「彼は落ちこぼれだった我々をここまで鍛えてくれた」

「レガート殿がいなければ、今の我らはいなかったに等しい・・・」

涙を零す事はない。
けれど、その瞳は沈痛さに満ちている。
盗賊達のそんな様子にユンレンは口元を綻ばせる。

「私達に任せておいて! 大丈夫、きっと連れて帰るわ」

ユンレンは顔を赤くしたまま力強く胸を叩いた。
あんまり格好良くはなかったが、盗賊立ちはほっと息をついた。
確証は無いけれどあのレガートが連れてきて欲しいと言ったのだ。

きっと、信頼できる。

「貴方達は王宮に戻って事の詳細を報告して置いて下さい。 援軍はいりません」

「はっ!」

ダウの言葉を聞いた瞬間、盗賊達は礼もそこそこに家から飛び出していった。
あっという間に音もなく闇に消えていった。

それを見送ってダウは扉に鍵をかける。

「好かれてますね、レガート」

「良い事だわ」

フィーネは杖を持って意識を集中させる。
目を閉じれば自然に頭の中でイメージが固まる。

一瞬フィーネが光に包まれたかと思うと、今までの普段着から真っ白な法衣を纏っていた。
魔力を具現化させる事で身につけているものを変えるというのはフィーネの編み出した魔法だ。

このメンバー内では結構重宝されている。

「ダウ、ユンレン。 準備はいい?」

更に水色の羽帽子を被り、ビジョップスタッフを持った姿は神々しくさえ見える。

「もちろん!」

赤い修道服に白いゴーグル、手には愛用のフックナックルをつけて、
ユンレンはいつもの可愛らしさを微塵も感じさせない。

なりは幼くとも、一人前の修道士だ。

「アルファはどうです?」

フィーネと同じ魔法で金に光り輝くローブへ着替えたダウ。
黒い羽帽子と肩の上に浮かばせたカンジャラオーブが良く似合う。
相変わらず優しい色を湛えた瞳はアルファを見つめる。

アルファは重たげな鎧を身に着けて、そばにあったアメットを静かに被った。
アメットの奥で隠れた瞳が鋭く輝く。





「行こう!」