SACRIFICE ― 血塗られた杖 2 ― 目が覚めると、窓から見える太陽はもう高かった。 布団にもぐりこんだままアルファは2、3度目をこすってから、慌てて飛び起きた。 時計を見て顔を青くする。 バタバタと身支度を整えると勢い良くリビングのドアを開けた。 「ごめん寝坊した!!」 「いえいえ、大丈夫ですよ」 てっきり罵声が飛んでくるものだと思って、身構えていたアルファは拍子抜けして目を丸くした。 それを出迎えたダウはクスクス笑いながら、席に付くようアルファを促す。 頭に疑問符を浮かべながらも素直に従うアルファにダウはコーヒーを渡した。 「出発って今日じゃ・・・・・・」 「はい、問題です。 今日は何日でしょうか」 言われてアルファはカレンダーを見る。 そして自分の失態に気付いた。 「疲れが取れていないようですね。 フィーネさんもまだお休みですし、もう一眠りしても構いませんよ」 「いや、夜眠れなくなるかもしれないから僕はいいや」 「それではご飯を持ってきますね」 静かに台所へ消えていくダウの姿はまるでメイドのようだ。 けれど彼は召使いでもメイドでも、ましてやコックでもない。 5人の中で一番年上の魔術師だ。 本人は26だと言っていたがあまりにも整った顔立ちのせいで20以下にも見えるし、 その落ち着いた雰囲気からそれ以上にも思える。 「朝食兼昼食ということで少し重めにしたんですが、食べられます?」 「うん、ありがとう」 なぜ女性もいるのにダウが家事を引き受けているか。 それは単純にして明快。 ダウの趣味だからだ。 レガートが仕事に出てからまだ4日しか経っていない。 本人は今日には帰ってくると言っていたが、その気配は一向にないまま太陽が西へ傾く。 フィーネが起きてきたのは太陽がすっかり沈んだころだった。 今まで寝てたとは思えないほど顔がスッキリしている。 半日以上寝ていれば当然だが。 「ユンレン、眠り姫が目を覚ましましたよ」 「えっ!?」 ダウの言葉を聞くや否や、ユンレンは顔を輝かせてフィーネに飛びついた。 フィーネは微動だにしないでユンレンを受け止める。 喧嘩相手が不在のため暇を持て余していたユンレンにとって、 実の姉のように慕っているフィーネの起床は嬉しいものだった。 「おはよー、フィーネ!」 「おはよう」 子犬のように擦り寄ってくるユンレンに柔らかな笑みを返して、フィーネは部屋を見回した。 その視線に気付いたアルファが口を開く。 「レガートはまだ帰ってきてないよ」 「そう・・・長引いてるのかしら?」 レガートが所属しているギルドは王宮直属のもので、 騎士団が表立って行動できない時など裏で暗躍したりする。 そうそう滅多に召集などないのだが、あった時は馬車馬の如く働かせられる。 「今日中に帰ってこないときは出発を延期したほうがいいかもしれないわね・・・」 「・・・・・・変な事に巻き込まれて無いよね?」 ぎゅっと服の裾を握ってくるユンレンをフィーネは優しく抱きしめた。 普段痴話喧嘩にも等しい事をしているが、 その実誰よりもレガートを気にかけているのはユンレンなのだ。 加えて極度の心配性なため予想外の出来事には情緒不安定にもなったりする。 そんなユンレンの気持ちを一番理解してるのが、フィーネだった。 「大丈夫よ。 レガートが強い事、ユンレンが1番知ってるでしょう?」 「うん・・・・・・だけど、何か胸騒ぎがするの」 いつもの明るい表情を引っ込めてユンレンの顔がくしゃっと歪んだ。 涙はない。 けれど、唇をかみ締めて必死で堪えている。 「ユンレンはレガートの事が好きだから、心配で堪らないだけですよね」 場を和ませたダウの一言に赤面したユンレンが否定するより早く、玄関が乱暴に叩かれた。 それぞれが動作を一斉に止めて顔を見合す。 玄関に一番近かったアルファが用心しながら、けれどすぐに扉を開ける。 「た、助けて下さい!!」 4人の目に飛び込んできたのは血まみれの盗賊達。 いずれも致命傷ではないものの、酷い怪我をしている。 鋭いもので引っかかれたような切り傷。 炎で焼かれた肌。 清浄だった部屋の中の空気が一瞬にして怪我人の匂いで一杯になる。 「貴方達は確か盗賊ギルドの・・・・・・」 「まず傷の手当てが先だわ。 皆を中へ」 服が汚れるのも構わず、フィーネは一人の盗賊に肩を貸して家の中へ運んだ。 警戒を緩めないアルファも素早く手伝う。 ダウは急いで治療の準備を始めた。 ただ一人、ユンレンだけは不安が拭えないでいた。